異界へ


 それはバイクに乗った人だった。その人はどうやら郵便局に勤めている人みたいだ。赤いバイクといかにも郵便局員だとわかる格好のその人物はバイクから降りた。

「えっほえっほえっほえっほえっほえっほえっほえっほ」

 と、郵便局員はつぶやいている。

「お前が審議会か?」

 俺はほむらを下がらせて、そいつに尋ねた。

「えっほえっほ違います。えっほえっほホームレス様にお届けものです」

 と、郵便局員は言った。

 俺は彼から小包を受け取った。受け取ると、郵便局員はまたバイクに乗ってどこかへ走っていった。

「開けるぞ?」

 俺はほむらに聞いた。ほむらは黙って頷いた。

 小包を開けると中には携帯電話が入っていた。

 そして、ピリリリリリリリリリリリリと携帯電話がシンプルな機械音を発した。なんの変哲も無い機械音はかえってほむらの恐怖心を煽った。恐怖を感じない俺は携帯電話をスピーカーホンにすると電話に出た。通話相手は男性だった。

「俺と話がしたいって?」

 と、審議会の議員らしき人物が答えた。その声は無機質で冷たかった。だけど、いつかどこかで聞いたことのあるような声だった。


「お前が審議会のメンバーか?」

 と、俺が聞いた。

「ああそうだ。お前はユウで後ろにいるのがホームレスだろ?」

 と、審議会のメンバーが言った。間違いない。こいつには俺たちの姿が見えている。

「ああ俺がユウだ。聞きたいことがある」

「手短にな」

 と、審議会のメンバーが言った。


「お前は誰だ? ここはどこだ? 俺たちはなんの目的でここに集められた?」

 と、俺が聞いた。

「俺は審議会のメンバーだ。そこは死後の世界。最後の質問の答えは自分で探せ」

 と、審議会のメンバーが言った。どうせ追求してもこいつは何も答えない。次の質問に移ろう。

「ホームレスはなんで変な名前なんだ? 俺たちのクリア条件はなんだ? この戦いで転生権を獲得できるのは上位何人までだ?」

 と、俺は矢継ぎ早に聞いた。

「ホームレスの本名は後で教えてやる。お前たちのクリア条件は言えない。自分で探してくれ。最後の質問は絶対に何があっても答えられない」

 と、審議会のメンバーが言った。

「ホームレスは病気も無いのに、非常に強い能力を持っている。どうしてだ?」

「答えられない」

 と、審議会のメンバーが言った。

「そうか。まあいい。俺の携帯電話に書かれていたメモ、あれは本当か?」

 と、俺は聞いた。彼の反応をよく観察しつつ、次の質問に移った。

「悪いがお前が何を言っているのかわからない。さあもういいだろ。俺はお前の質問に答えることができないんだ。悪く思わないでくれ」

 と、審議会のメンバーが言った。

「いや、いろいろなことがわかったよ。ありがとう」

「最後に、ホームレスの名前とユウの死因を教える。本当はお前たちの頭の中に直接通知が行くはずだが、せっかくだし俺の口から言うよ。まず、ホームレス。君に本当の名前は無い。次にユウ。お前の死因は、失血死だ。じゃあもう切るぞ? 健闘を祈る」

 そう言うと審議会のメンバーは電話を切った。

「おい! 待てっ!」

 と、俺が悪態をついた。

「チッ! 切られた。携帯電話持っていなかっただろ?」

 と、俺は乱暴に携帯電話をほむらに渡した。

「この世界のことあんまりわからなかったね」

「いや、かなりいろいろな情報を得られた。まず、あいつは俺たちの味方だ」

「え? どうして?」

「根拠はいろいろあるけど、『最初に審議会のメンバーか?』 って聞いただろ? あれは審議会がグループであるかを確認する役目の質問だったんだ。審議会に通話をしたいって言って、電話がかかってくれば、通話相手は審議会に決まっているだろ? そして、あいつは『審議会のメンバーか?』と言う質問に正直に答えた。おそらくあの時、あいつは一人じゃなかった。後ろに他のメンバーもいたんだろうな」

 と、俺が言った。

「そうね。確かに。監視されていたから情報をほとんど渡してくれなかったのね」

 と、ほむら。納得した様子で頷く。

「そうだ。そして、他にもわかったことがある。『俺たちはなんの目的でここに集められた?』と言う質問に対して『自分で探せ』とあいつは言った。あいつは俺たちに自分で探して欲しいんだよ!」

「まあ、『答えられない』で済むはずなのに、わざわざ自分で探すように言ったものね」

「そして、最も重要なのが『この戦いで転生権を獲得できるのは上位何人までだ?』と言う質問に対する返事だ」

「あいつは、『絶対に答えられない』と言っていたわ。と言うことは裏を返せばこのゲームの根幹を揺るがすような重要な情報なのよ!」

 と、ほむら。どこか嬉しそうだ。

「ああ。間違いない。おそらく、非常に少ない人数しかクリアできない。もしくは、そもそも誰一人としてクリアできない」

 と、俺が言った。


「もともと誰もクリアできないか。考えられなくはないけど」

 と、ほむら。

「ま、ただの予想だ。そんなに気にするな」

「そうそう。あなたが言っていた携帯電話がどうのこうのって何?」

 と、ほむら。当然の質問だ。

「ああ。あれはなんでもないよ。それより、ほむら! 君の素性がどうしてもひっかかる。君は重い病気どころか、風邪の一つも引いていない。なのに見たこともないくらい強い能力を最初から持っている。さらに、前世での名前がない。これは一体どう言うことだ?」

 と、俺が言った。

「そんなの私が知りたいわよ。何か気づいていないだけで重大な病気にかかっているのかもしれないわね。あなたの無痛覚みたいに」

 と、ほむら。確かにほむらの言う通りだ。無痛覚のように気づきにくいなら、なおさら早く把握しておきたい。

「そうだな。ひとまず俺の死因とかは置いておいて次に進もう」

 そして、俺たちは次の目的地に向かった。


 俺たちはひたすら砂漠の中を歩いた。砂漠の中心部へはほむらの能力を使って瞬間移動したが、そこからは歩きだ。なぜなら、その場所は肉眼でしか探せないからだ。

「見えてきた。あれじゃない?」

 ほむらは砂漠の中に不自然に存在する建物を指差して言った。

「これは?」

 俺は、ほむらの方を見た。俺たちは目を見合わせた。

「入ろう。俺が先に行く。危険がなかったらほむらも来てくれ」

 と、俺が言った。

 そして、俺は砂漠のど真ん中にあるコンビニエンスストアの入り口に立った。それは、乾いた大地と、黄金色の砂の中に不自然に建っていた。まるで、砂漠で遭難した人が見る幻覚のようだ。喉が渇いて渇いて死にそうな時に、目の前にコンビニエンスストアがあったら入るだろうか? きっとどんなに怪しくても、罠だと思っても入ってしまうだろう。恐怖を感じない俺はコンビニエンスストアに足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

 女性の店員が気さくな挨拶をする。俺は、店員に軽く会釈をすると店内を一回りした。なんの変哲も無い普通のコンビニエンスストアだ。

 レジの横には新聞が売っていて、その隣に食品売り場。食品売り場の横にはお菓子の棚。店の一番奥には飲み物コーナー。驚くほど普通のコンビニエンスストアだ。だけどその普通さがどこか気持ち悪かった。

 俺は店の外にいるほむらを呼んだ。

「ほむら! 来ても大丈夫だ」

「ねえ。これ一体なんの店?」

 と、ほむら。

「どこの系列ってことか? さあ。コンビニには詳しくないからわからないな」

 と、俺が言った。

「コンビニ? コンビニって何?」

 と、ほむらが俺に尋ねた。こいつコンビニがわからないのか? どうして?

「うっ!」

 その瞬間、ほむらは頭を押さえて呻いた。

「おい! 大丈夫か? どうした?」

 俺はほむらの肩に手を当てて言った。

「いいえ。なんでもないわ。それよりなんで砂漠の中にコンビニがあるのかしら?」

 と、ほむら。言っていることが矛盾している。

「お前さっきコンビニを知らないって言っていなかったか?」

 俺は戸惑いながら聞いた。

「え? コンビニくらいわかるわよ? 馬鹿にしているの?」

 と、少し怒ったほむら。

「いや。わかるならいいんだ」

 おかしい。何か変だ。

 その時だった。

「お客様?」

 と、俺を呼ぶ店員の声。

「ん? なんですか?」

 と、俺が店員に聞いた。

「あそこから入れ」

 と、店員は従業員用入口を指差しながら言った。先ほどと違ってかなり強い口調だ。緊張感が空気を凍らせる。

「なんで砂漠のど真ん中のコンビニに普通に店員がいるのよ? 不自然よね?」

 と、ほむらが俺に小声で尋ねる。

「ああ。だが。今は奥に進もう。罠ではないはずなんだが」

 と、俺が小声で返した。

 そして、俺とほむらは店員に言われるがままに従業員用入口から店奥へと進んだ。


 扉を開けるとそこは大きな空間があった。その空間は色とりどりのカラフルな遊園地のアトラクションでいっぱいだった。明らかに物理法則を無視している。あんな小さな店の中にこんな大きな空間入りっこない。

「これって?」

 と、ほむら。

「ああ。遊園地だ。わけがわからない」

 遊園地の中には、ジェットコースターやコーヒーカップなどのたくさんの乗り物があった。もちろん俺とほむら以外には誰もいない。だがアトラクションは独りでに勝手に動いている。誰もいないのに誰もいないジェットコースターが勝手に動いている。ジェットコースターの空気を切る轟音が虚しく、空の遊園地に響いている。

「いかにも罠って感じだが、心配ない。俺に任せろ」

 俺はほむらにそう言った。だけど、本当は弱気な自分に言い聞かせていた。俺がほむらを守るんだ。

「わかったわ」

「まずはあれに乗ろう」

 俺は赤いコーヒーカップを指差した。

 そして、俺とほむらはコーヒーカップに警戒しながら乗った。人っ子一人いない不気味な遊園地でなければデートみたいなのにな。俺はそんなことを思いながらあたりを見た。誰も人がいないこと以外は普通の遊園地だ。現世に生き返ることができたら、普通に行きたいな。

 コーヒーカップから降りると、次は、青いメリーゴーランドに乗った。

 最後に、緑のジェットコースターに乗る。乗る直前ほむらは俺に尋ねた。

「これなんて言うの?」

「え? これってジェットコースターのこと? ジェットコースターを知らないのか?」

と、俺が聞いた。変だ。ジェットコースターに乗ったことがないならまだしも、ジェットコースターというものの存在を知らないのか。

「へージェットコースターって言うんだ! 楽しみね!」

「そうだな」

 俺はぶっきらぼうに返事をすると、ジェットコースターに乗り込んだ。俺たちの不安をよそにジェットコースターは通常運転だった。乗っけているものの気持ちなんて関係ない。機械はただ与えられた任務を端的に遂行した。

 ジェットコースターが終わると俺たちは降りて近くのベンチに座った。

「楽しかったわね」

 と、ほむら。

「ああ。また来ような」

 と、俺が言った。もちろん嘘だ。全く楽しくない。ほむらは、こんな不気味な場所でよく平気だな。

「私、遊園地に来るの初めてなの!」

 と、嬉しそうなほむら。笑顔が溢れている。

「そうなのか。まあ珍しいことじゃないだろ」

 と、俺が言った。

「遊園地だけじゃなくて、コンビニエンスストアにも入れたし、今日は新しいことをたくさんできてとっても楽しかったわ」

 と、ほむら。彼女はとても嬉しそうだ。まるで初めて遊園地に連れて行ってもらった子供のようだ。

「ん? コンビニも入ったことがないのか?」

 と、俺が聞いた。

「ええ。ないわよ? どうして? 変?」

 と、首をかしげるほむら。

「いや、入らないといけないわけじゃないし。そういう人もいるだろ。いや、でもやっぱりコンビニに入ったことがないのは変かな?」

 と、俺が言った。絶対に変だ。遊園地だけならまだしもコンビニに入ったことは誰でもあるはずだ。こいつは外国で暮らしていたのか? いや、外国にもコンビニくらいあるはずだ。俺は、そんなことを考えていた。

「ねえ」

 と、ほむら。

「ごめん、考え込んじゃって。ほむらはコンビニがない遠い外国から来たのかもしれないし!」

 と、俺が言った。

「違うの。誰かがこっちを見ている」

 と、俺の背後の方を指差してほむらが言った。目は真剣そのもの。声は少し震えている。

俺は指差した方向をゆっくりと向いた。そこには黒いフードで顔を覆った人物がいた。じっとこっちを見ている。

「おい。ほむら。ゆっくりと立て! 俺が合図をしたら逃げるぞ?」

 俺は、ゆっくりと立つとほむらの方を見た。そこにはもうほむらはいなかった。代わりに同じように黒いフードですっぽりと顔を覆った人物がいた。俺の横に座ってこちらを見ている。さっきまでほむらがいた場所だ。こいつは誰だ? ほむらはどこへ行った?

「おい! 誰だお前! ほむらをどこへやった?」

 と、俺は怒気を飛ばした。だが、相手は何も答えない。

「ほむらに指一本でも触れたらタダじゃおかない! 全員殺してやる!」

 と、俺は怒号を放った。そして、俺は後ろからなんらかの特殊能力をかけられて気絶した。


 目を覚ますと俺はベッドに横になっていた。体は縛られてはいない。というか部屋に鍵すらかかっていない。どうやら敵に捕まったわけではないようだが。俺は体を起こすと部屋から出た。

 部屋から出るとそこはなんだか見覚えのある場所だった。どこかはっきりとは思い出せないけど、知っている場所。ここは一体どこなんだろう? 俺は廊下を進むと、突き当りの部屋の前に来た。中から人の話し声がする。俺は勢いよく扉を開けた。普通の人なら怖がるのかな? 震える手を黙らせて、悲鳴を押し殺して入るのだろうか? 俺には“普通”がわからなかった。


 部屋の中には、大きな長テーブルが一つあった。そのテーブルを囲むように、椅子が配置されている。一つの最奥の椅子のみ誰も座っていない。椅子に座っている人たちは俺の顔を見ると安心したような表情を浮かべた。

 椅子に座っている女性が立ち上がり俺の方へ近づいてきた。

「おかえりなさいませ。ご主人様」

 と、女性。おかえりなさいませだと? じゃあ俺はここにきたことがあるのか? だけど、今は話を合わせないといけない。俺が記憶を失っていることを感付かれたら、何をされるかわからない。

「ああ」

 俺は、そっけない返事をした。

「さ。いつもの席へ」

 と、女性が言った。いつもの席? なんの話だ? だが空いている席は一つ。消去法でそこしかない。そこが俺のいつもの席だ。

 俺はその席に向かう途中様々な思考を巡らせた。あたりがスローになる。時間の流れがわざと焦らして俺を弄ぶ。俺は、たくさんの死んでいった仲間のことを思い出した。キャンディー。ヤーコプ。ヴィル。そして俺が作ったグループの名前も知らない仲間たち。その全員が死んだ。

 敵対グループに殺されたんだ。バラバラされて、爆殺され、正体不明の黒いスライムに襲われて、解体され、圧殺され、轢殺され、畜殺された。残虐の限りを尽くされた。

 俺は、携帯電話に残されていたメモを思い出した。


『レジスタンス壊滅後、敵対グループの基地に行ってもらう。敵対グループの構成員は二十二人だ。砂漠の中にある店を訪ねろ。場所は肉眼で探せ。店に入ったら、赤、青、緑の乗り物にその順番で乗れ。必ず赤、青、緑の順番だ。そのあとは成り行きに任せろ。罠ではない。安心しろ。それと、ホームレスには気をつけろ。彼女の弱点は、お前だ。五人目の使者より』


 そう。この場所はその敵対グループの基地だ。あの遊園地の中で黒フードの集団は俺を攻撃しにきたんじゃない。俺のことを助けに来ていたんだ。

 俺は、再奥の椅子に座った。俺の作り上げたグループと敵対グループのリーダーは同一人物だったのだ。そして、そのリーダーとはこの俺だ!

「「「「お帰りなさいませ! 我が主よ!」」」」

 と、敵対グループのメンバーが俺に言った。全員が目を輝かせている。信頼と尊敬の眼差しだ。誰もが俺のことを崇拝している。誰もが俺のことを信じている。

「ああ。ただいま」

 俺は仲間に向ける優しさと、ほんの少しの敵意を込めて言った。


 俺は自分の部屋に戻るとベッドの上で考え事をしていた。

 先ほどの会議室では、仲間から報告を受けた。どこで何人殺しただとか、こちらは何人死んだとか。ヤーコプとヴィルの話も聞いた。俺がいない間にこのグループに加入して、六十七人殺したらしい。だがその後消息不明となったということになっている。俺が殺したことはまだバレていないようだ。

 このグループの名前はアンチレジスタンス。キャンディーたちがいるグループがレジスタンスっていう名前なんだろう。

 ほむらも無事だった。アンチレジスタンスに新人を連れてくる時は、一報を入れるルールらしい。俺がそのルールを無視して勝手にほむらを連れて行ったから怪しまれて、俺もほむらも拘束された。だが、俺の命令一つでほむらの拘束具は外された。ほむらには、今現時点でわかった情報をすべて伝えた。俺がここにいるのは潜入任務だということにした。少し不安そうだったが納得してくれたみたいだ。

 俺がこれからどうするかを考えていると、部屋に淡白なノックの音が響いた。小さく二回だけ、申し訳なさそうな音だった。

「どうぞ」

 俺はぶっきらぼうに返事をした。正直早く休みたい。

 扉を開けると、先ほど俺のことをご主人様と呼んだ女性が入ってきた。背は低く、かなり若い。女性というよりお嬢さんといったほうが正しいかもな。

「リサです。失礼します」

 と、お嬢さんが言った。なるほどリサという名前か。ここではリーダーをしっかり演じないといけない。全員の名前を何とかして入手しなければ。

「どうしたリサ?」

 俺がリサに尋ねた。

「あの。久しぶりに、タリアがユウ様と話したいと申しております。今扉の外に待たせています。彼女とお話ししていただけないでしょうか?」

 と、リサ。タリアが誰だかわからないが、拒む理由はない。というか、タリアが直接くればいいだろ。そう思ったが言わなかった。

「ああ。もちろんだ」

 と、俺が言った。

 すると、リサは部屋の外に出た。なんだ? タリアを呼ぶんじゃないのか? 何でわざわざ部屋の外に出た? 何かおかしいな。いや、考えすぎか。

 そして、リサと入れ替わりに、一人のお嬢さんが部屋に入ってきた。

「おひさー!」

 と、お嬢さんが言った。だが、その声質には聞き覚えがあった。

「ん? リサか? タリアを呼ぶんじゃなかったのか?」

 と、俺が言った。なんとリサはタリアを呼ぶといってもう一度俺の部屋に入ってきたのだ。

「私がタリアだよ!」

 と、リサが言った。頭が混乱してきた。どういうことだ?

「いや、お前はリサだろ? さっき自分でそう言ったじゃないか?」

 と、俺が言った。意味不明だ。

「いいえ! タリアよ! 何を言っているの? まあ挨拶しにきただけだったからいいんだけどね。じゃあ次は勇気に変わるね」

 と、タリアと名乗るお嬢さんが言った。

 そして、彼女は部屋から出るとまた入ってきた。なんだ? この女は何がしたいんだ?

「こんばんは。ユウ兄が久しぶりに帰ってきてくれて嬉しい!」

 と、リサが言った。なんだ? なんで今度は男口調になった? なんなんだこの女は!

「ああ。俺も勇気に会えて嬉しいよ」

 と、俺は当たり障りのない返事をした。今は下手に刺激しないほうがいいな。

「ごめん。勇気。俺、今日は疲れているんだ。話なら明日ゆっくり聞かせて!」

 と、俺が言った。正直気味が悪いから、早く部屋から出て行って欲しい。

「うん。邪魔しちゃってごめんなさい。じゃあリサお姉ちゃんに変わるね!」

 と、勇気と名乗るリサが言った。

 そして、また同じように部屋から出ると、またすぐ入ってきた。

「みんなと話してくれてありがとう。じゃあ今日はお休み!」

 と、リサが言った。先ほどのメイドのような口調はなぜか消えている。

「ああ。お休み」

 と、俺が言った。リサが部屋から出て行った後俺は途方にくれた。一体何がどうなっているんだ。


[数週間後]

 あれから、数週間が経った。俺もほむらもこのアンチレジスタンスにだいぶ溶け込んできた。

 だが、五人目の使者は俺に一体何をさせたいんだ。ここで何をどうしろというのだ。

 俺は、アンチレジスタンスのメンバーの名前を覚えた。完璧にリーダーとして振舞えている。当分はバレずに過ごすことができるだろうが、用心はしよう。このまま現状維持で何かが起きるのを待つことにしよう。

 そんなことを考えてベッドで横になっていた。突然目の前にパソコンの画面のようなものが開いた。空中に浮かぶウインドウには文字が浮かんでいる。もちろん触れることなんてできない、きっと主催者側からの通達だろう。

『あなたに二つ目のヒントを差し上げます』

 と、書かれていた。しばらくその画面を見ていると文字はだんだんと薄くなっていって消えた。

 そして、次の文字が浮かんできた。

『あなたの父親の名前は、甲斐谷俊介。母親の名前は如月あかりです。今回のヒントは以上になります』

 そして、文字もウインドウも消えた。

 俺は急いでほむらの部屋に行った。


「二度目のヒントがきた。お前にもきたか?」

 と、俺が聞いた。

「ええ。両親の名前だった」

 と、ベッドに腰掛けていたほむらが言った。

「お前もか? 俺のヒントもだ。甲斐谷俊介、如月あかり、この名前に聞き覚えは?」

 と、俺が矢継ぎ早に聞いた。

「ないわ。宮野竜介、早乙女光、この名前に聞き覚えはある?」

 と、ほむらが俺に尋ねた。

「ないな。残念だが今回のヒントは何の役にもたたなさそうだな。ヒントってクリア条件を達成するヒントじゃないのかよ!」

 と、俺が言った。少し苛立ってしまった。

「落ち着いて。ヒントをもらえたということは、順調に旅が進んでいるということ。このままこの調子で生活しましょう」

「そうだな。それと、気になったことが一つだけ。俺もお前も両親が離婚したってことだよな?」

 と、俺は聞いた。根拠は両親の名字の不一致。

「でしょうね。ならここは両親が離婚して病気になった子供達の世界ってこと?」

 と、ほむら。不思議そうな顔をしている。

「まだ何とも言えないな。もっと情報を集めないと」

 と、俺が言った。

「ええ。頑張りましょう」

 と、ほむら。


[さらに数週間後]

 あれからずっと基地の中で生活していた。来る日も来る日も統計データを見たり、仲間の報告を受けたり、リーダーって結構退屈なんだな。

『現在のゲーム参加人数百六十七人。そのうち重大な病気にかかった人数は百三十九人』

 俺は統計の書かれた紙から目を離した。

「あーもう飽きた。俺、外に行ってくる」

 と、俺が言った。

「え? 大丈夫ですか? 護衛いりますか?」

 と、リサ。

「いやいい。一人になりたい」

 と、俺が言った。

「ボス! 気をつけて!」

 と、マックス。マックスはこのアンチレジスタンスの幹部の一人だ。あんまり特徴はないけど、明るくていいやつだ。ロールプレイングゲームに出てくるモブキャラクターのような見た目だ。まるでとってつけたかのような平凡な男性だ。

「ああ。心配するな! すぐ戻ってくる」


 そう言って俺は、三日間戻らなかった。


 ポーカーのルールは単純だ。五枚のトランプを山札からランダムに配る。そして、その中から決められた役を作るんだ。役の出方は全部で二百五十九万八千九百六十通りだ。

 そして、決められた役が出る確率は最初から決まっている。

 ツーペアなら二十一分の一。

 スリーカードなら四十七分の一。

 ストレートなら二百五十分の一。

 フラッシュなら五百分の一。

 フルハウスなら七百分の一。

 フォーカードなら四千分の一。

 ストレートフラッシュなら七万分の一。

 そして、最強のロイヤルストレートフラッシュなら六十五万分の一だ。


[三日前]

 俺は建物の外に出た。この建物も入り口と出口が違うらしい。と言っても、最初に拉致されてから外に出ていないから入り口がどこかわからないけどな。

 俺は久しぶりの外の空気を胸いっぱいに大きく吸い込んだ。

 そして、臭いガスの匂いでむせた。

「ゲホっごほっ。うわっ。くさっ。何だこの汚れた空気!」

 俺は一人で悪態をついた。

 次の瞬間、前から歩いてきた人にぶつかった。肩に衝撃を食らって俺は体勢を崩した。

「あ、ごめんなさい」

 俺はそう言ったが、ぶつかってきた男は無視して早足で歩いて行った。

「何をあんなに急いでいるんだ?」

 と、俺は独り言を言った。

 そして、今度は背後から誰かとぶつかった。

「おい! ぼーっとしないでくれ」

 と、サラリーマン風の男が言った。

「ごめんさない」

 俺は、その男を見た。スーツを着ていた。死後の世界で仕事をしているのか?

 俺は辺りを見渡した。そして自分がどこにいるのかようやく気がついた。

 右にも左にも前にも後ろにもスーツを着た人間の群れがいる。どいつもこいつも同じような格好で同じような顔をしている。だけど、そんなことはどうでもよかった。ここは死後の世界じゃない。

「ここ現世か?」

 俺は迷い込んだ元の世界に、異様なまでの不安を感じた。


「くそっ! 何で現世に通じている? どうやって帰るんだ?」

 焦りが喉を通って口から出た。落ち着け落ち着け落ち着け。自分にそう言い聞かせた。

 現世に戻るためのゲームのはずだった。だから俺がこのままここにいていいとは考えにくい。だがもし、何らかの間違いで俺がここにいるのなら? このまま逃げればいいんじゃないか?

 別にあの世界に戻って戦うメリットはない。やるだけやってみよう! あの世界から逃げようとしてみる。無理ならあの世界に戻って正規ルートで現世に帰るまでだ。

 だが、どうする? 行くあてなんてない。

「そうだ! 甲斐谷俊介と如月あかり」

 俺は、実の父親と母親の名前をつぶやいた。俺のつぶやきは空にこだまして、ビルの群れの中を反響していった。


「すいません。道に迷ってしまったんです! 携帯電話を少し貸していただけませんか?」

 と、俺は道行く人に聞いた。これで九人目! 頼むいい加減親切にしてくれ。

「あら。大変ね。それなら私のを使っていいわよ」

 と、裕福そうなおばさんが携帯電話を貸してくれた。サラリーマン風の男に聞いても全然相手にしてもらえなかった。なんて冷たいやつらだ。

 俺は携帯電話をひったくると急いで検索した。

『甲斐谷俊介』

 で、検索した。頼む! 助けてくれ父さん! だが、検索しても何一つ出てこない。やはりダメか。

『如月あかり』

 で、検索した。母さん俺を助けてくれ! だめだ。また何も出てこない。やはり名前を検索したくらいじゃ何もわからないな。いや、待てよ。俺は最後の可能性に賭けた。

『甲斐谷あかり』

 頼む! これでダメなら、もうお手上げだ。

『検索結果一件』

 よかった。俺は検索結果を読んだ。それは、会社の紹介ページ。その中に彼女がいた。俺は会社の住所をメモするとおばさんに携帯電話を返した。俺は住所を頼りに、警察に道を聞き、会社へ行った。会社へ着いて、息子だと言うと、甲斐谷あかりの昔の友達らしき人が出てきた。

「えっ? あかりちゃんの? 子供がいたのね」

 と、おばさんが言う。

「ええ。お母さんとお父さんが離婚してしまったから、どうしても会いたいんです」

 と、俺が言った。胸が高まる。

「ならあかりちゃんに電話してみるわね」

 と、おばさんが言った。俺の心臓はもうこれ以上早く動くことはできない。これより早く動かすと死んでしまう。俺は生まれて初めて、生きていることを実感したみたいだ。本当はもう死んでいるからそんなことあり得ないけど、それくらい興奮している。緊張と興奮が脳と心臓をそれぞれ鷲掴みにしている。今にも握りつぶされてしまいそうだ。

「はい。どうぞ」

 と、おばさんが言った。携帯電話を差し出してくる。

 俺は震える手で携帯電話を受け取った。

「もしもし」

 俺は震える声をやっとの思いで絞り出した。

「あなたなの?」

 電話の主は俺に尋ねた。

「ああ」

 と、俺は答えた。

「本当にあなたなの?」

「うん。本当に俺だよ」

 俺にはその人物が誰だかわからなかった。母親と言われてもピンとこない。だけど、俺の心の憂鬱の影は、うすあかりに照らされた。


 電話を切ると母さんはすぐに車で会社まで来た。

 黒塗りでスモークが貼ってある高級車が迎えに来た。車のドアが開いて、中から女性が出てきた。かなり若い。どことなくほむらに似ているような気もするが気のせいだろう。

「あなたが俺のお母さんなの?」

 俺はその女性に尋ねた。

 すると、背後から先ほど携帯電話を貸してくれた母親の友達だと名乗る人物が言った。

「あなた誰ですか? あかりちゃんはどこ?」

 と言うことは、この女性は俺のお母さんじゃない? じゃあこいつは一体誰だ?

 次の瞬間、強い力で無理やり車に押し込められて俺は、謎の集団に拉致された。


 目を覚ますと、そこは民家の一室だった。後ろ手に手を縛られている。明らかにあいつらは俺の敵だ。なんで現世に敵がいるんだ? どうなっている? ひょっとしてここは現世じゃないのか? 敵の術中にはまっていたのか?


 そして三日がたったある日、俺を誘拐した若い女性と若い男性が部屋に入ってきた。

「気がついたか?」

 男性が言った。俺はその男性を見たことはない。だけどこいつを知っている。

「なんでお前がここにいる?」

 俺はそいつに尋ねた。

「俺とは会ったことがないだろ?」

 と、男性が不思議そうな顔をした。

「その声だ。聞き覚えがある。忘れるもんか。お前達審議会のメンバーだな?」

 俺の質問に対する答えは、無言の不気味な笑顔だった。


「まさか、現世まできて自分の親を自力で探そうとするとはな」

 と、男性が言った。

「母さんは無事か?」

「もちろん。今頃会社に戻って死んだ息子を探しているよ」

 と、男性が言った。

「俺を今すぐ解放しろ。母さんに会わせろ!」

 と、俺は鋭い目で睨みつけながら言った。頼む! 少しでもいいから怯んでくれ。

「ダメに決まっているだろ。それはゲームをクリアして自分でやれ」

 と、男性は真剣な表情で言った。厳しがどこか優しい声だ。

「じゃあ死後の世界に戻せ」

 俺はそっぽを向きながら言った。

「お! やけに素直だな。正しい選択だ。あれこれ聞いてくるかと思ったよ。『父親はどうしている? なんで現世と繋がっている?』とかな」

 と、男性。白々しいやつだ。

「かなり前に電話で聞いた時も答えてくれなかっただろ? 聞いても無駄だ」

 俺は吐き捨てるように言った。

「そう。俺たちはお前達の戦いに関与できない決まりなんだ。自分で勝手に助かれ! それとこれを渡しておく」

 と、一枚の写真を俺に渡した。そこには、綺麗な女性と可愛い少年が写っていた。

「これが俺の母さんか?」

 俺は写真から目を離さずに言った。でも、なんでこの男が俺の写真を持っているんだ?

「ああ。さ、とっとと帰れ! もう自分の過去を調べるなよ」

 と、男性が言った。そして、俺は建物の一番下の部屋の前に連れてこられた。おそらくここが死後の世界に繋がっているのだろう。俺はゆっくり扉を開けると、黒い靄の中に入っていった。

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