ふしぎの国の伝説
水原麻以
ふしぎの国の伝説
魔王がサーミ―王国を侵略した。王女クラニカは悪を倒すためワンダーアドベンチャーワールドに赴く。
サーミ―王国、ワンダーアドベンチャーワールド。
ふたつの世界を旅する壮大な物語がスタート!!
▲映画『ワンダーアドベンチャー』(作・原作)に登場する『ワンダーライバル』のキャラクターのぬいぐるみが登場。ほかに、クリスマスシーズンにちなんで、クリスマスマーケット・キャンペーンや、プレゼントがもらえるキャンペーンも開催します」
というポスターの前で倉田仁香は「あっ」と驚いた。前世の記憶を一気に取り戻したのだ。サーミ―王国は悪の魔王ワンダーに支配されていた。王家はどうにか落ち延びていた。自分は王家再興のため魔王に挑んだのだが転生の術をかけられてしまった。今は平凡なアルバイト倉田仁香として書店で週三回の勤務をしている。ワンダーはよく考えている。
クラニカがいくら自分の正体や魔王の陰謀を主張しても周囲は本の宣伝だと解釈してしまう。
店頭にはそのような魔王や異世界に関する物語が平積みされていた。そして魔王の忠実な右腕であるワンダーライバルがぬいぐるみとなってレジに置いてある。あれは本物だ。クラニカを監視している。そして魔王は映画の形をかりてこの世界に勢力を拡大しようとしている。
ワンダーアドベンチャーは娯楽映画なので最後はハッピーエンドになるお約束なのだが、倉田仁香にとってはバッドエンドになってしまう。何故なら映画そのものが魔王に支配されているからだ。サーミ―王国は物語や観客の心の中で生き続けるのだろうがそれは傀儡だ。
倉田仁香がクラニカの意識にめざめどうにかしてこの世界で体制を立て直そうとしても徒労に終わるだろう。
「どうする?」
ぬいぐるみが魔王の声色で尋ねた。
このままではワンダーアドベンチャーは王国の発展を阻む存在となる。お前は出版業界の一角に関わっている。映画を潰そうと思えば不可能ではないだろう。そのような形でクラニカを殺せばそれはお終い。しかしお前は映画の中の自分を殺すことになる。どうすればいい? と迫る魔王に対して……。
「クラニカの正体が何であれ、彼女が魔王を倒すことに変わりはなく、物語はまだ始まったばかり。そして魔王を倒したクラニカたちは、映画の外で新たに魔王を倒す人物が必要になる。映画会社、プロデューサー、シナリオライター、俳優、どこかに必ず潜んでいるであろう現実世界担当のワンダーを。そこでクラニカが自分の正体をさらけ出し、そこに自分の前世を見つけるのだ。だがそれはすぐにばれてしまう。実はクラニカの正体ってそうなんだよ。きっとあのぬいぐるみの姿は変装だ!」
と、倉田は言った。
「何をバカなことをいっている?」
ぬいぐるみは首をかしげた。
「お前はクラニカよ。ワンダーライバルだと思い込まされているだけ」
倉田はぬいぐるみの設定を勝手に書き換えた。これはこの世界だからこそできる、誰にも備わった魔法だ。市販のぬいぐるみに名前をつけ背景ストーリーを作るなどありふれた行為だ。
「私が王女だと?」
「そうよ。そういうことにしたの」
そしてクラニカは、ワンダーライバルがクラニカに自分の正体を知られてしまわないようにするために、ぬいぐるみは「サーミー王国の王女」と名乗り、そしてクラニカの正体を知ったワンダーはさらに怒りを強めるわけだ。
「そういうわけでクラニカは悪の国に逆らうことになった。それにクラニカの正体を知ったワンダーライバルもますます怒りを買ってしまう。そしてクラニカが魔王を倒すことにより、この映画の世界は発展する……。」
「何を勝手な事を。ワンダー様の映画はそう簡単にはいかないぞ」
ぬいぐるみは抵抗する。
「もうすでに映画の内容はクラニカの誕生を描いている。もちろんクラニカの誕生もクラニカが自分の正体を知ったことによる」
と、映画の最後を言うと倉田仁香は映画の魅力を語った。
だがクラニカがクラニカの正体を知らなければその物語は最後には進まぬのだ。
原作ではそういうバッドエンドになる。
「げ、原作だと?」
ぬいぐるみにとって寝耳に水だ。そうだろう。倉田は書店員だ。だから、ワンダーの知らない在庫も把握している。
いや、たったいま、原作が存在するという事実が発生した
つまり、イベントフラグの成立である。
だって倉田は書店員だ。そして今は倉田のターンともいえる。何しろ映画も原作もすべて現実世界の表現媒体に立脚していると言えるのだから。
魔王勢は倉田の、換言すれば出版業界いや人類を代表するプレイヤーの対戦亜相手である。
そういうわけで、元からあったのか、たった今しがた、倉田の自由意志によって降ってわいたのか区別がつかない原作本とは違った展開になる・
この映画で、クラニカは自分の過去にまで迫る。
「お前はワンダーライバルの化身じゃないの。サーミ―王女クラニカよ」
倉田は改めて告げた。
「ううっ…」
魔王の宮殿でワンダーライバルが唸った。
「どうしたのか。魔王ワンダーの右腕ともあろう者が」
「ま、魔王様、ぬいぐるみの自我が揺らいでおります」
すると、ワンダーは少し考えこんで𠮟りつけた。
「馬鹿者っ! セキュリティーが甘いわっ。ぬいぐるみはお前の分身であろうが。構造的に乗っ取られる脆弱性を考慮しておかんかっ」
そんなやりとりを知ってか知らずか、ぬいぐるみはすっかりサーミ―王女になりきっている。
倉田はワンダーアドベンチャーのファンだという。
そんな映画が好きだと言われたのはこのほとんどはクラニカにとって初めてだったのだ。
見どころは映画という世界でクラニカ自身が成長する瞬間だと、倉田仁香は言う。
「ぬおおっ! もうよい。役立たずは下がりおれ」
魔王は業を煮やしてワンダーライバルを不連続な時空へ追放した。
そして自ら人間の姿に変身した。こうすることで倉田と同じステージに立てる。
「業務連絡。倉田さん。事務所にお越しください」
店内放送に呼び出された。
何事かと駆け付けると天井人がいた。
「か、監督さん」
紹介記事でしか見たことのない有名人が応接セットに座っている。
しかし、その口元に不敵な笑みが浮かんでいた。
「ああ、皆までいうな。魔王っていうネットミームもなかなか気に入っている。書かれているように俺は魔王だよ。映画という魔術で人々を翻弄する」
そういうと手を差し伸べた。「よろしく頼む」
倉田も従業員という立場上、無礼をするわけにもいいかない。
「こちらこそよろしくお願いいたします。」
握り返す。
監督は熱心な書店員の存在を聞きつけてわざわざ訪ねに来たという。
どういうわけかマスコミの取材も来ていて、そのまま対談が始まった。
「この映画を見たことある方にぜひこの映画の結末を聴いてほしい。物語が進むと、クラニカは悪の魔王として悪の国に現れて悪の国を滅ぼすのだ。ゲームだとしたら物語が進むごとに物語は進んでいくのだが、この映画はそれ以外の場面(シーン等)を持たないのだから、そこがクラニカにとっての映画の流れなのだろう。映画を見たくて、この映画のことを調べた人がここにいないのならば、この映画には映画の流れは出ない」
それを聞いたとたんに、監督のキャラクターへの嫌悪、クラニカに対する憎しみからの悲しみといった心が溢れ出して来た。まるでクラニカを自分のせいだと言っているかのような心の乱れと悲痛な表情に倉田仁香は涙が溢れそうになったのだ。
儂のターンだ、と魔王は内心ほくそんだ。倉田の現実がゆらいでいる。もっともっとバイアスをかけてやろう。
曲がれ、曲がれ、暗黒面に近づけ。
ワンダーは力の限り念じた。
「…これが、私の人生で最高の映画だと思っている映画でした。クラニカ役の人が病気で亡くなったのはもう少し後か数カ月後だろうと思っていたんですが、その年の正月映画公開期間中にクラニカ役が亡くなってからしばらくは、クラニカにとってこれ以上の映画は作らないと言われそうな、映画の内容も悪い映画だったんです」
『ああ、クラニカの最後の映画はどんな内容だったのだろう』
と、監督が言う。ハッピーエンドの作品をみごとバッドエンドであると歴史改変できた。その成果を倉田本人の口から聞きたい。
本人目線で語ることで事実が確定する
さぁ、どうするのだ。魔王は心を躍らせた。
「映画のタイミングと、クラニカに起こったことと、映画の内容を見てみたい。だから、今は物語の続きを見てみたいのです。今はまだ映画を見ないため、そのあとはクラニカが亡くなった時点で見てみようと思います」
倉田仁香はそう言いながら、立ち上がると、事務所を出て行った。しかし、どこに行ったかも言わない様子だった。
「ちょっと、どこに行った?」
監督が訪ねると、
「えー、何でもない」
店長が行く手を阻んだ。
「あれを出してきます」
そう監督に聞こえない程度の声で倉田仁香は言った。
「もしかして映画コーナーか? だったら百聞は一見に如かずだ!」
彼もそう言いながら席を立つとスタジオを出て行った。
それから数分後、監督が戻って来た。入り口で倉田と鉢合わせる。
「どうだった?」
「映画は最高でした」
そう答えた倉田に監督はどう言葉を掛けていいのか分からず、
「それはよかった。もう一度、映画の方を見てみなさい。見たことがあるような場面も思い出補正といって都合よく書き換わってる。あれはバッドエンドなのだ」
監督は倉田の満足げな表情を憎々しげに睨む。
「ご一緒にいかがです?」
ぬいぐるみがひょこひょこ歩み寄った。
「お、お前は?」
ぎこちない動きでDVDパッケージを机に並べた。
『ワンダーアドベンチャー・シリーズ109 VS 魔王監督。クラニカ姫の大勝利』
一目見るなり監督は椅子から転げ落ちた。
「そ、そんな…」
くずおれる魔王にぬいぐるみが諭した。
「私めを放逐なさったでしょう? そこで私はこの世界のメディアを手中に収めたのです。貴方はもはや一監督です。きりきり働いて下さいよ。シリーズはまだまだ続かせます」
「ぬぉおおおおおおお!」
魔王の絶叫が響き渡った。
ふしぎの国の伝説 水原麻以 @maimizuhara
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