群青色のカーテン


「殺人能力(キリング)を作り出した? おい、いい加減にしろ。時間稼ぎのつもりだな? 訳のわからんパフォーマンスで仲間を逃がす気だな」

ジャックの言葉を無視して俺は続けた。

「この殺人能力(キリング)には大きな疑問点がある。異世界の事情だからこういう能力があると思っていた。だけどおかしい。コストを支払って能力を発動するところまではいい。理にかなっている。だけど回復能力を二人の間で交互に連続で発動できなかったり、一定の制限があるのはおかしいんだよ。これじゃまるでゲームのキャラクターに強い能力をつけすぎたクリエイターが慌てて能力を調整したみたいだろ? それに、レベル二とレベル三の能力の習得難易度の差はなんだ? 明らかに差が大きすぎる。これはレベル三の能力が本来の使い方を無視して俺たちが勝手に使っているからだ。この世界に当たり前のように存在する殺人能力(キリング)。これは元々は違う能力だったんじゃないのか? そう。例えば救済能力とか。人々が人を傷つけることに使ううちに違う名前になった。だけど俺は人を救うためにみんなをまもるためにこの能力を使ってやる。これがお前のやりたかったことなんだろ? これがお前が殺人能力(キリング)を作り出した目的なんだろ?」

 あっけにとられて黙って聞き入るジャック。

「俺は殺人能力(キリング)にコストを支払わない。俺は俺と仲間たちの未来を担保にして能力を発動する。さあ手を貸せ。俺に能力を今すぐ発動させろ!」

「何を訳のわからないことを言っている。黙って聞いてりゃ意味不明なことばかり。これは他人を裏切って傷つけるために作られた能力なんだよ。さあ諦めて死ね! 殺人能力(キリング)本来の使い方でてめえを殺してやるよ!」

こちらに剣を構え突進してくるジャックを無視して俺は続けた。

「殺人能力(キリング)は決して汚れた力じゃあない。使う人間の邪な心がそうさせているだけだ。殺人能力(キリング)は残酷なものではない。あなたは残酷な能力を生み出してしまったんじゃないんだ。使う人間の心が汚れているだけだ。今からでも間に合う。一緒に世界を変えよう。元に戻そう。みんなが協力し合う素晴らしい世界にしよう。俺ならうまく使える。みんなをまもるために使うんだ! 信じろ!」

その時だった。ピロリン。メールが携帯電話に届く時のような着信音とともに目の前にポップアップウィンドウが表示された。

『わかった』

と、一言だけ書かれていた。誰からのメッセージなのかわからない。だけどその一言だけで十分だった。

次の瞬間すざまじい轟音とともに辺りの空気が引き裂かれた。大きな台風が召喚されたみたいだ。そしてその中心には俺がいた。台風の中誰一人として動ける者はいなかった。巨大な生きたエネルギーが回転して周囲を抱いて包んで弾ける。轟音は、これからの戦いが激しいものとなることを暗示しているようだった。だけど、それが不思議と心地よかった。

そして台風は次第に弱まり消えた。辺りを暗く覆っていた黒雲は消え清々しい陽のひかりが俺のことを照らしている。

俺は中心でただじっと立っていた。

「いけるんだな」

ぼそりと自問自答した。

「やれるんだな。いややるんだ! 俺がみんなをまもるんだ!」

「殺人能力(キリング)いや、救済能力(メサイア)レベル三発動【モードチェンジ スプラッターモード】!」

¬¬ その瞬間、俺の体がどういうわけか陰ってきた。日食の時のようにもう一人の俺の影が俺の体を覆っていく。だんだんと暗い部分が増えてついに俺の体を影が完全に包み込んだ。

そして、影は姿を変えた。

 大きく膨らみ空に浮かぶ大きな球体になった。真っ黒なその球体となった俺は二本の足を生やして地面に降り立った。そして大きな翼が生え、手が生え、牙が生え、爪が生えた。人間の形はもうしていない。獰猛な肉食獣のように喉を鳴らして威嚇している。美しい絵本の中に出てくるような大きな龍となった俺が澄んだ宝石のような青い瞳でまっすぐ敵を見つめていた。そして真っ黒だった体表にルビーのような赤い色がまるで炎が燃え移るように灯った。

「何だ、それは? 肉体強化の能力か? でも違う生物になるなんて見たことも聞いたこともない」

ジャックは目を見開いている。

「ゴォォォォォォォォォォオオオオオ」

大地を揺るがす咆哮を放った。そして俺の全身の赤い鱗の隙間から辺りに血液が飛び散った。どくどくと流れてくる。

「仲間は、みんなは俺がまもる!」

俺の声は太く低く人間のものではなくなった。

「なんだ? なんの能力を使った? それになんで突然出血した? まあいい。すでに三十人の生贄の寿命をコストとして支払っている。こちらが負ける道理はない。お前は連れ去るまでもない。今ここで殺してやるよ。お前を殺したら。お前の大好きな仲間は一人残らず奴隷にしてやるよ! 諦めて死ね!」

巨体に怯むことなく突進して行くジャック。狙うは俺の喉。どんな生物であれ体のどこかに弱点はある。ジャックの構えた劔が光った。敵の喉を引き裂き、溢れる血を浴びたいと叫んでいるようだ。

「そんなことさせる訳ないだろぉぉ!」

 心臓は驚くほど速く鳴り、鼓動は鐘の音のように響き渡りそうだ。巨躯の全身を血が激流となって流れているのがわかる。負ける気がしない! 勝つんだ。勝って俺が仲間を! 街を! 国をまもるんだ! 一度は消えかけたこの国の希望のひかりを消させやしない。

空気を切り裂いて、ジャックの劔が喉笛に迫る。その瞬間、本能が俺に告げた。躱すな。そして俺は喉笛に劔を根元まで突き刺された。血に飢えた劔は首を貫通し反対側に突き出ている。

「なんで躱さない? そうか体が急激な変身で戸惑っているんだな。残念だったな。今から劔を引き抜かずに一周お前の周りをくるりと回ってそのでかい首を切断してやる!」

そしてジャックは異変に気づいた。剣が動かない。というか動かせない。そしてジャックが攻撃したのではなく、俺が攻撃させてあげたことに気づいたようだ。木の幹より太い首の筋肉に力を込めて剣を筋肉でつかんだ。

俺は右手の爪を構えた。人間の腕ほどある長くて頑丈そうな爪。獲物に食い込ませて真っ二つにするための武器だ。こちらの意図に気づいたジャックはとっさに距離を取ろうとする。だが、全身の筋肉を使った巨体の音速の攻撃は、人間の瞬発力では躱せない。努力なんかじゃどうあがいてもひっくり返らない生物としての壁があった。

そして、俺の右腕がジャックの体を切り裂いた。だがジャックの体には傷ひとつなかった。その代わり俺の全身から血が雨のように辺りに降り注いだ。

「なんだ? どういうことだ? 今確かに攻撃を食らった。それも一撃死級のものを。間違いなく死んだはずだ。それになんだ? 体の調子が良くなっているのがわかる。俺の体力が回復したのか?」

何が起こっているのかわからず戸惑う彼を無視して俺は二撃目を叩き込んだ。渾身の力を込めた右ストレート。

だが、ジャックの目からは恐れも戸惑いも恐怖も油断も消えてなくなっていた。まっすぐこちらを見ている。先ほどまでの油断は消えた。本気で来る。

「仕方ないな。やるしかない」

辺りにまばゆい光がほとばしる。小さな太陽が眼前に現れたかのような。見覚えある能力だ。

「【選ばれしもの(ジハード)】発動」

 俺の右ストレートは黒色の刺々しい鎧に突き刺さった。拳に指すような痛みが走り、血が流れる。拳を鎧の棘から引き抜いた。

「まさかここまで追い込まれるとはな。でもこれで終わりだ。お前の能力、なんらかの制限か不便な効果があるんだろう。今の右ストレートも躱さなくても俺は死ななかったはずだ」


【モードチェンジ スプラッターモード】

効果、自身が想像できうる範囲で最も強い生物(架空、現実の生物かは問わない。)の身体に変身する。変身後、あなたの身体能力はあなたの想像通りのものとなる。ただし自身が敵だと認識する一体または、複数体を直接傷つけることはできず以下のルールのもと戦うことを余儀なくされる。


ルール一、相手に一撃死級の攻撃がクリーンヒットしたと相手と自分が認めた場合相手の頭上に処刑カウンターが一つ乗る。


ルール二、処刑カウンター一つにつき相手の身体能力(視力、聴力、脚力、腕力、体力の五つの能力)が強制的に十パーセント上昇する。なお効果は他の能力と重複することができる。


ルール三、効果発動と同時に自身の全身から出血が始まり、何か行動するたびにさらに出血する。いかなる生物になっても通常通り血液を失うと失血死する。


ルール四、相手に処刑カウンターが三つ乗った状態で処刑宣言すると処刑カウンターは取り除かれ対象は死亡する。



そして、激しい攻防戦が続いた。だが、明らかに俺がジャックを上回っていた。二つ目の処刑カウンターが乗り、ジャックは激高した。自信が確実に追い詰められていることを感じたのだろう。

「クソがああああああああ。もうダメだ。奥の手を使わなきゃ死ぬ。アキ! お前は処刑隊を連れて先に村へいけ。巻き添えを食って全員死ぬぞ」

ジャックは処刑体のメンバーに指示を出した。アキと呼ばれた人物は言う通りに行動した。

「これを使うのは本当に追い込まれたときだけだ。だけどやるしかない。今がそのときだ。まもる。お前は強い。どうやったのかはわからないが、俺よりも強い。ただし今の俺よりだ。今からは俺は絶対に負けない。せっかく頑張ったようだが悪いな。俺の残りの寿命を半分コストとして支払い能力を発動する。【最後の楽園(ファイナルエリシオン)】発動」

かつて俺が殺人鬼マーダラーを殺そうとした時の能力だ。あの時は怖かった。自分が暗闇に飲み込まれてしまいそうになったから。だけど今は違う。相手がどんな能力を使っても負ける気がしない。

 ジャックの体を覆っていた黒い鎧がガタガタと音を立ててざわめき出した。そして、内側に向かって棘が伸び、ジャックの全身を鎧が突き刺した。その瞬間ジャックは顔をしかめた。きっと痛みが強ければ強いほど能力が強化される諸刃の能力なのだろう。鎧の棘がジャックの体を突き刺し鎧とジャックの結びつきが強固になり一体となった。そしてどんどん鎧は大きくなり、巨大な悪魔が封印していた本来の姿を取り戻した。体は巨大化し龍となった俺と同じくらいの大きさにまでなった。全身から木の幹のような黒い棘が突き出てジャックの体を守っている。もうジャックの体はほとんど外から見えない。かろうじてこちらを確認するために顔が隙間から見える。殺人能力(キリング)によって寿命というコストを鎧の強度に変換したようだ。相当な強度と攻撃力があるに違いない。

「なんでこの世界がネバーランドというか知っているか? 決して夢が叶わないからだよ」

吐き捨てるように言ったジャックの顔はどこか悲しそうだった。まるで自分に言い聞かせているようだ。

「決して叶わないからか、悪いが俺はそうは思わない」

「だったらなんだって言うんだよ?」

 俺は返事をする代わりにジャックを睨みつけた。

「まあいい、お前がこのネバーランドで何を思ってもどう行動してもお前は何も変えられない。なぜなら、お前は何者でもないからだ」

「何者でもない? 俺はまもるだ。ウサギ小屋を出てこの世界にきた。そして、この国をお前らからまもるんだよ。それが俺の役目だ」

「そうか。お前、まだ自分が黒崎まもるだと思っているんだな。哀れな奴だな」

青い空は鳴いている、体の下に存在するものの気持ちなんて知らずに。惑星の体表を覆い尽くす空気の塊は、それはそれは蒼くて透き通っていた。群青色のカーテンは、まるで泣きつかれた後に見る日の光のように輝いていた。


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