俺たちの戦いはまだ終わらない(MF文庫のコンテスト第十六回にて一次審査突破作品!)

大和田大和

ファンタジーストーリー最終回


序章 ファンタジーストーリー最終回


 この物語は打ち切りになった物語の続きから始まる。


 俺たちの戦いはまだ終わらない。そういって人気のない物語は打ち切られる。あたかも打切り以降も物語が続いていくかのように物語は終わる。だけど、現実は違う。現実に打ち切りはない。途中抜けは許されないのだ。どれだけ辛くても、苦しくても戦い続けるしかないのだ。

 ウサギ小屋を後にした俺は、最後に思い出した。母親との妹との友達との楽しかった日々を。全部嘘だった。信じていたもの全てに裏切られた。

 その日、俺の平凡な日常は崩れ去った。信じていた友人、先生、母親、妹、全部全部何もかもなくなってしまったのだ。

 だけど俺はわかってる、俺達の戦いはまだ終わらないんだ。


[その日の朝]


「お兄ちゃーん! 朝だよー! 起きてー!」

 妹のあやが毛布を剥ぎ取る。瞬時に毛布を剥ぎ取り返し防衛する俺。本能が告げる。あと五分寝たい。毛布に巻き込まれ妹も一緒に布団の中に入ってきた。

「ぎゃっ! お兄ちゃんのシスコン! 遅刻しても知りませんからね!」

 そういうとあやは布団から出て階下へ降りてった。妹のあやは兄の俺がいうのもなんだがすごくできのいい子だ。頭も良くてとっても可愛い。俺と母さんと似ない栗色の綺麗な髪の毛とブラウンの優しい瞳。そんな妹のことを考えながら惰眠を貪った。死ぬほど気持ちがいい。だけどその幸せは長くは続かなかった。


「はー。学校行かなきゃ」

 そう言って俺は二度寝した。流石に三度寝はまずいので、五分後しぶしぶ布団から出てリビングに降りていった。そこにあやの姿はなかった。もう学校へ行ったのだろう。

「あんたいつまで寝てんの? 遅刻するわよ? 朝ごはん冷めちゃうから早く食べちゃいなさい」

 と母さん。母さんはすごく優しい。理想の母親だ。髪の毛は俺と同じ交じりっ気のない完全な黒色。瞳の色のグレーと良く合っている。時には優しく時には厳しく。教科書通りの完璧な母親だ。『理想の母親になるためには』といった子育て指南本でも呼んでいるのだろうか。怒るときは怒り、褒めるときはしっかり褒めてくれる。俺の家庭はどこにでもある普通の家庭だ。朝ごはんを食べるとそんなどこにでもあるような普通の家を後にした。俺はいつも通り通学途中、幼馴染のかなと道であった。


「おーい。まもる! 待ちなさいよー」

 かなは相変わらずだった。ボサボサの髪と眠たそうな目。綺麗な赤毛が勿体無い。しっかりと整えてきちんとすれば絶対に可愛いのに!

「かな。お前いつになったら寝癖直すんだよ。もう高校生だろ」

 俺はため息をつきながら言った。

「でもいつもまもるが直してくれるでしょ! 今日も学校に着いたらお願いね」

 にこりと、かなは笑って恋人みたいに腕に寄りかかってきた。

「おい! あんまりくっつくなよ! また『同伴出勤ですか? 仲がよろしいですね! 結婚式はいつですか?』とか言われるぞ!」

 俺はかなのことが好きだ。小さい頃から一緒に通学して、隣の家でずっと暮らしている。なぜか席もずっと毎回隣だった。かなが俺に向ける視線は恋人や憧れの人に向けるようなものではない。可愛い弟を見ているようなそんな視線でいつも俺を見つめてくる。それが原因で、いつまでも友達以上になれない気がする。


そして、俺はずっと告白できないでいる。かなが俺のことを好きでいるか自信がないのだ。

いやダメだダメだ。毎度毎度自分のヘタレ加減に嫌気がさす。でも高校を卒業する時になったら勇気を出して告白しよう。今は、この幸せな毎日を壊したくない。学校に着いた俺はいつも通り一番前の席に、かなの隣の席に座った。そこには先に来ていた俺の親友たちがいた。

「同伴出勤ですか? 仲がよろしいですね! 結婚式はいつですか?」

 とニヤニヤしながら総一郎。ほら見たことか。

「よう。今日も夫婦仲いいですな」


 光太郎が茶化した。

「結婚式には呼んでくれよな」

 冗談なのか本気なのかわからないけど、倫太郎は多分本気だ。

「「やめろよお前ら!」」

 俺はかなと同時に喋ってしまった。その瞬間目が合う俺とかな。みんなには笑われて俺は机に突っ伏した。

 だけどみんなには見えないようにこっそり笑った。本当は少し嬉しかったんだ。俺はいつまでもこんな幸せが続けばいいなと思った。いつまでもいつまでも。普通の大学を出て、普通の会社に行って、普通にかなと結婚して、普通に子供を作って、普通に孫に囲まれて死にたい。ごく平凡でというよりもやや落ちこぼれな俺にはそれで十分だ。


 この時の俺はこんな馬鹿げたことを夢見ていた。できることならこの時に戻りたい、戻れるのなら死んでもいい。そう思った。普通でいるということがどれだけ難しいことか。


[その日の午後、現代文の時間]


「よし。じゃあ続きをまもる君。読んでくれるかな」

 先生に俺が指名された。木元秋先生はすごく優しい。生徒のことを下の名前で呼ぶ。フレンドリーで俺の進路相談の時にすごくお世話になった。おまけに美人だ。

「はい。太郎は風のように走る。走って走って走って走った。そして、ついにたどり着いた。城のドアを叩くと中から窶れた門番が出てきた。そして、門番は口を開いた」


 俺は『走れ太郎』の一節を音読すると、目を疑った。そこに書かれているはずのない一言が書かれていた。

「まもる。逃げろ」

 教室は静まり返った。俺は何度も確認したがそこには俺の名前が書かれていた。

「まもる君。そこは、『あなたはもしや風の国の使い様?』でしょ? 教科書にそう書いてあるでしょ。なんで『走れ太郎』にあなたが登場するのかな?」

 いいや、教科書には俺の名前が書いてある。多分なんて次元じゃない。間違いない。絶対に俺の名前だ。まるで教科書が俺に話しかけているようだ。俺は先生を無視して、黙って教科書を見つめていた。ざわつき出す周囲。笑っている人もいた。

「もうそこはいいから早く続きを読んで」

 呆れ顔で木元先生が言った。

「何をしている! いいからはやく逃げろ!」


 俺は続きを読んだ。

「何かの冗談のつもり? 冗談だとしてももう少しマシな」

 木元先生が言った。今度は少し怒っているみたいだ。

「冗談じゃないです! 誰かが俺の教科書にいたずらしたんだ。じゃなきゃこん」

 俺は先生に怒鳴りながら、教科書を見た。さっき読んだところの続きにはこう書いてあった。

『これは誰かのやったいたずらじゃないし、先生が言うような冗談でもない。俺はまもる、お前に教科書を通して話しかけている。今すぐ逃げろ。お前はみんなに騙されている。その教室にお前の味方はいない。学校の屋上に助けが呼んである。鍵を壊して屋上に出ろ。走れ』

 そして俺の普通の大学を出て、普通の会社に行って、普通にかなと結婚して、普通に子供を作って、普通に孫に囲まれて死ぬという夢は消えてなくなった。


「ねえ。まもる。大丈夫?」

とかな。心配そうにこちらをみている。かなだけじゃない。クラス中のみんなが黙って俺を見ている。

「何が起こっているか誰か説明してくれ! 今すぐ逃げろって言われた。俺はみんなに騙されているって!」

 その瞬間クラスの空気が凍りついたのがわかった。明らかに変わる周囲の視線。もう冗談でもいたずらでもなんでもない。本物の恐怖を体の底から感じている。つま先から頭のてっぺんまで氷付けにされたように悪寒が身体中を舐めた。


「先生たちがまもる君を騙しているですって? なんで騙さないといけないの? あなたが何を言っているのかわからないわ」

と明らかに動揺している先生。だがさっきまでと表情は違う。さっきまでは心配して俺をまっすぐ見ていた。だけど先生の冷たい目から感じるものは焦りと緊張だ。俺が何を言っているのか理解しようとして助けようとしていない。嘘を言って何かをごまかそうとしていることは確かだ。この女は何かを隠そうとしている。


「まもる。みんなあなたの味方よ。私たちを信じて。私たち友達じゃない?」

信じられるのは幼馴染のかなだけだ。そう思ってかなの方を向くと、その冷たい目と表情のない顔から、かなが味方ではないことがはっきりとわかった。なんで? 俺たち幼馴染だろ? 小さい頃からずっと一緒だったろ? でもいつからだ? いつからかなと一緒だった? 思い出せない。俺に小さい頃の記憶はないんだ。

「おい! まもる何か悩んでいるなら聞くぜ? 俺たち親友だろ?」

光太郎が言った。だけどその目は氷のように冷たかった。もうそこには親友はいなかった。明確に敵意を持っている得体の知れない誰かだ。

「木元先生。俺体調が悪いみたいなので保健室に」

俺の言葉を木元先生が遮った。

「ダメよ」

冷たく木元先生が言い放った。


「教室の出入り口に近いあなた。今すぐ扉を閉めて鍵をかけて! 早く!」

先生は怒号を放った。そして教室の出入口に近いやつが扉を閉めようと立ち上がった。俺は命の危険を感じてダッシュで教室から駆け抜けた。目指すは屋上。俺は無我夢中で走った。続々と血相を変えた俺の元友達たちがクラスから飛び出てくる。木元先生はどこかに電話している。

 きっと俺のことをだれかに報告したに違いない。だが誰に? なんで?

 俺は息を切らしながら階段を走った。三段飛ばして上がっていく。心臓が張り裂けそうだ。一生で一番早く心臓が動いている。緊張と焦りから手と足の感覚がない。どうやって走っているのかも頭で理解できていない。足が冷たい血を全身から抜かれたようだ。でも足を止めるわけには行かなかった。そのとき頭に一つだけ浮かんだのは、追いつかれたら確実に死ぬという事実だった。


 屋上に向かう間、走馬灯のように過去の思い出が蘇った。親友との思い出、幼馴染に抱く淡い恋心そして、楽しかった平凡な日々。そんな思い出をあざ笑うかのように聞こえてくる。

「早くペットを捕まえろ!」

とかなが叫んだ。誰だ? ペットって? 俺のことを言っているの? 俺はペットじゃない。君の友達じゃないか。そして気づいた、いつものかなの視線は可愛い弟を見るような目じゃなかったんだ。自分の飼っている猫を見るような目で俺を見つめていたことに。

「殺してもいい! 逃すな!」

と光太郎。殺すって誰を? 俺を殺すの? 俺たち親友だったろ? もう違うの? 俺はお前にとって一体なんなんだ?

 かつてないほどの緊張と焦りがこれは現実なのだと告げている。足の感覚も手の感覚もない。そして、激しい焦りが俺を駆り立てる。夢なんかじゃない。そして俺は屋上へ出る扉の鍵を壊すと外へ飛び出た。


 そこには小さいホバーボードのような乗り物と小さな女の子がいた。女の子は俺と同い年くらいに見える。金髪金眼で外国人に見える。女の子の背は低いけど一メートル近い黒い剣を背負っている。剣は刃物の部分と柄の部分に境目はなく、鍔もない。黒い十字架をそのまま武器にしたようだ。あんな物で人を切ることができるのだろうか? 剣というよりは鈍器に近かった。腰にはカラフルな手榴弾のようなものが携えられている。

「え? なんで? 予定より早い! でも考えている時間がない。こっちへ! 早くっ!」

女の子が叫んだ。声のトーンから伝わる緊迫が俺をより一層焦らせた。

「あなたは魔導車へ早く乗って! 私は足止めを!」


女の子は叫んだ。ホバーボードは魔導車というらしい。魔法で動く車かなにかだろうか? だけどそんなことはどうでもいい。

「君は誰だ? どうして?」

俺は震える声で尋ねた。

「言われた通りに! はやくっっっっっ!」

俺の言葉を遮ると女の子は扉に向かって走った。

 そして、【簡易魔法(インスタントマジック)】と叫び水色に光る手榴弾のようなものを扉に投げた。手榴弾はカラフルに光りながら扉に飛んでいきゴチンと音を立ててぶつかった。すると次の瞬間扉は突然現れた巨大な氷によって覆われた。俺は動揺して何もできずにじっとただ立ち尽くしていた。焦りから一秒が一時間に感じた。そして、女の子がこちらへ走ってきた。俺の手を掴むと無理やり魔導車の方へ引っ張って言った。


「いい? 時間がないから簡単に説明する。あなたはこの学校で飼われているペットなの。学校の教育カリキュラムの一部なのよ。クラスでうさぎや豚を飼って責任感を学ばせるのと一緒。あなたは、授業の一環でここに捕らえられている」

 俺は唖然とした。嘘のような話だが冗談をいう雰囲気ではない。

「ちょっと待って、言っている意味が全然わからない。じゃあ何か? 俺が成長して大人になったら食うのか?」

俺は呆れながら言った。

「ええ。残念ながらその通りよ」

女の子は冷酷に言い放った。

 皮肉のつもりで言ったのに、俺は心臓が止まりそうになった。一体何なんだよ!

「まあ正確には食べられることはないわ。殺処分されるだけよ」

女の子は淡々と説明を続けた。


「次に、あなたはこの世界の住人ではないの。別の世界の地球というところから来たの。この学校で地球人はあなた一人だけよ。あなたにとって、ここ(ネバーランド)は異世界ということになるわね。そしてあなたはここを自分の世界だと思い込んで、いや思い込まされて過ごしていたの」

「どこだよ地球って? それに地球からきたってことは、俺は異世界でずっと生活していたのか? 異世界人と一緒に?」

「ええ。そういうことになるわね。そして私はこの残酷な制度をなくすために作られたレジスタンスの一員よ。さあ、今できる説明は以上よ。私を信じて一緒に来て」


 女の子は手を差し出した。真剣な目で俺の目を覗き込んでいる。その金色の瞳からは強い自信と意思が感じられた。この子についていけば俺は助かる。絶対にそう思えた。この子に助けてもらえばいい。そして俺は黙り込んだ。

「何をしてるの? 早く。殺されるわ。もう魔法も溶ける! 早く!」

「俺は今まで騙されていたのか」

俺は呟いた。

「そうよ。だから早く乗って」

「かなも親友も先生も裏切って俺を笑ってたのか」

「だからそう言ってるじゃない。死にたくないなら早く!」

ガシャーン! その時バリケードが壊された。魔法が溶けたのだろう。俺の友達たちが我先にとこちらへ走ってくる。みんな目が本気だ。まるで狩りをする猟犬のように、こちらへ全力疾走してくる。


「分からず屋っっっ!」

女の子は俺の手を無理やり掴むと魔導車に載せようとした。

 そして、俺はその手を振り払った。


「あいつらは俺の友達だ。君の言っていることは悪いけど信じられない。俺は君とはいかない。友達を、俺のいままでの人生を疑いたくないんだ」

女の子は唖然としていた。

そして俺は友達たちに取り押さえられた。女の子はこちらを悲しそうな目でみると乗り物に乗って何も言わずにどこかへ飛んで言った。


[八時間後]


 俺はいま自宅にいる。捕まった後は驚くほどあっさり家に返してくれた。木元先生も友達も一言も口を聞いてくれなかった。それどころか目も合わせてくれなかった。

「ええ。はい。よく言い聞かせます。ええ。ええ。申し訳ございません」

母さんが誰かと電話している。きっと木本先生だろう。

 俺の不始末を謝るのはいつだって母さんだった。うちはお金がないから遠出したことはいままでで一度もなかった。それでもいままですごく楽しかった。普通の家庭、普通の両親、普通の生活。

「ええ。わかりました。そうします。では」

ガチャリ。電話を切った。

 母さんが俺の部屋に近づいくるのが足音でわかる。

「ママー。お兄ちゃんどうしたの?」

と心配そうなあや。

「なんでもないのよ。あやは部屋に行って鍵を閉めていなさい」

母さんがあやに言った。

そして俺の部屋の前まで来ると、コンコン。ドアを叩く音。

 俺は無言で、部屋の隅に座っていた。ノックには応じなかった。

「入るわよ」

と母さん。

ガチャリ。ドアが開いて母さんが入って来た。

「まもる。今日学校で会ったこと先生たちに聞いたわ。先生もお友達もすごく心配してたのよ。一体何が会ったのかお母さんに聞かせてちょうだい」

 俺は何も答えなかったが、母さんの声を聞くと安心した。喧嘩して泣いて帰った日も母さんだけは優しくしてくれた。だけど俺は人と話す気分じゃなかったしこの歳になって母さんに相談事をするのも照れ臭くて黙ったままでいることにした。なるべく目を合わせないように部屋の電光カレンダーの文字をじっと見ていた。

 電光カレンダーは俺が小さい時に母さんがお土産で買って来てくれたものだ。どこに行った時のお土産かはわからないけど。俺はずっと目覚まし時計として使っている。カレンダーは日付、天気、気温、アラームがある優れもの。母さんの話を聞きながら電光カレンダーの天気予報を見ていた。


「まもるはいつも優しい子でしょ。母さんや先生たちを困らせないでちょうだい。普通に学校に行って普通にいつも帰って来てくれればそれで十分だから」

 母さんは続けた。

「思春期の時期は色々悩むことや、ストレスも多いわよね。母さんもそうだったからわかるの。でも」

 その時、電光カレンダーにありえない文字が表示された。

『なぜ魔導車に乗らなかった? 早く逃げろ。その女はお前の母親じゃない』

 俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。もう母さんの話は耳に入ってこなかった。


『これが最後のチャンスだ。この機会を逃すと俺はもう君を助けることができなくなる。その女を突き飛ばして部屋から出ろ! 早く!』

 心臓が早鐘のようになる。呼吸が荒くなる。瞳孔が開く。その様子に母さんが気づいた。俺は母さんの目を見つめ返した。

もう優しい母さんはどこにもいなかった。じっとこっちを見つめる母さんの目は恐ろしく冷たかった。かなや木元先生そして元友達たちと同じ目をしていた。そして電光カレンダーをみる。

『早く逃げろ! その女は後ろに武器を持っている。お前を処分するよう指令が出た。俺を信じろ!俺はお前の』

 ゴキンッ! 鈍い音が頭に響いた。俺はその音が自分の頭部からでたことに気づいた。頭蓋骨が陥没したのかヒビが入ったのかわからないが、俺は床に倒れこんだ。


 母さんは手にハンマーのようなものを持っていた。ハンマーの先端は血で濡れていた。もちろん俺の血だ。辺りに血しぶきが飛び散った。床が赤く染まって行く。だが大量のアドレナリンが出ているせいかあまり痛くなかった。というより痛みを感じている余裕がなかった。

「母さん、模範囚として頑張んないといけないの。悪く思わないでね。家族ごっこができて楽しかったわ」

 そういうと母さんはこちらへ近寄ってかがみこんだ。きっととどめを指すつもりだろう。

「さよなら。私の可愛い息子。とどめよ」

 そういうとハンマーを大きく振りかぶった。一撃で俺を仕留める気だろう。避ける気力も体力も俺には残されていなかった。

俺は後悔した。あの時ホバーボードに乗っていたら。あの時部屋から逃げていれば、違う結果になっていたのかな。

 そして爆発音とともに血が部屋中に飛び散った。母さんは胸と頭部を吹き飛ばされて腰と肩だけになっていた。そして俺の体に倒れこんで来た。俺の体に母さんの血と骨が飛び散る。だけど、どうでもよかった。

「世話を焼かせないでよ。せっかく助けてあげようとしているのに」

 母さんを撃ち殺した声の主が言った。

「この女はあなたの母ではないわ。子供専門のシリアルキラーよ。あなたと過ごしたのはゆがんだ欲求を抑えるための更生プログラムよ。あなたが二十歳になるまで殺人欲求を抑えていれば減刑されるはずだったのよ。まあ、こっそり殺しを楽しんでいたみたいだけどね。この電光カレンダーも殺した子供のものよ」

 淡々と言った。


「さあ今度はどうする? 一緒に来る? それとも死ぬ?」

 女の子の差し出した手を俺は力なく握った。今度は迷わずに。

 そして金髪金眼の女の子に連れられるままホバーボードに乗るとゆっくりと上昇していった。

「しっかり掴まっていて! 今から空に穴を開けるわ!」

「空に、なんだって?」

 俺は空に穴が開くくらいではあまり驚かなくなっていた。というより頭の傷でそれどころじゃない。空でも海でもなんでも好きにしていいから早くここから離れたい。

 女の子が魔導車のスイッチを押すと側面からロケットランチャーのような物騒なものが出て来た。そして何もない空めがけてそれは発射された。

次の瞬間轟音とともに空が割れた。辺りに空の破片が飛び散る。そして空の向こうには、なんともう一つ空があった。よく見ると空の破片は映像を移しているただのモニターだった。壊されて映像が途切れて初めてわかるくらい精巧なつくりだ。

「あなたはペットとして、この人口のドームに閉じ込められていたのよ。十年間の間ずっとね。このドームは通称ウサギ小屋。ドームの中に街を作りその中で学生や犯罪者を教育するの。あなたのようなペットを中に閉じ込めて攫ってきた場所と限りなく同じような環境で飼育するの。ごめんなさいかなりひどい言い方になってしまって」

「遠慮しなくて良いから続けて」

 細かい言い方はもうどうでもいいから催促した。早く真実を知りたい。

「そして、ペットが成人になったら、殺処分してまた次のペットを飼うの。このプログラムの目的はペットを飼育するという共通の目的のために生じる生徒の責任感と連体感の強化よ。素行の悪い生徒や、成績が悪い生徒のために親が依頼するとウサギ小屋に入れるのよ。犯罪者に対しては元の社会に戻れるようにペットと生活させるの。そこで愛情を思い出させるの。大半は失敗に終わってペットは殺されちゃうけど。あなたは運が良かったわ」

「でもそれならそれこそウサギとか亀とかを飼えばいいじゃないか? どうして俺を選んだんだよ?」

 俺はもっともな意見を述べた。

「あなたは元の世界から捨てられたのよ。地球ではよくあるんでしょ。買えなくなったペットを池に捨てたり山に捨てたり。それと同じよ。子供を育てられなくなった。子供がいらなくなった。元から望んでいなかった。育児放棄したり、殺したりしたら問題になるでしょう? だから誰にも見つからない異世界に捨てて行方不明届を出すのよ。家族に捨てられていらないと判断された子供を再利用しているのよ。ウサギや亀でも別にいいのよ。だけど研究によって同じ姿をした生物を飼った方がより効果が高いことがわかったの。よしっと! だいたいこんなとこね何か質問はある? なんでも聞いて!」

 説明するのがおそらく嫌だったのだろう。終わって表情が明るくなった。正直聞きたいことなんて山ほどあるけどまた今度にしよう。

「いや、もう十分だよ」

「それと私の名前はひかりよ。今からあなたを努力の国(エンデヴァー)に連れて行くわね。そこで治療と、ある特別な訓練を受けてもらうわ。あの穴から外へ出たらもう戻れなくなる。戦いの運命に巻き込まれ、生きるか死ぬかの殺し合いしかないわ。最後に確認するわね? あなたにその覚悟は?」

「ある! ひかりちゃん! 俺のことを助けてくれてありがとう。それとごめん。君のことを疑ってしまって。早く行こう」

 俺は思っていることを吐き出した。少し楽になった気がした。

「良いわよ! 礼なんて。ただの任務だし」

 そういうとひかりちゃんは顔を少し赤らめて照れた。


——そして俺たちは空の穴から外の世界へ飛び出した。そこにはもう一つの世界があった。見渡す限りの星空と草原と遠くに見える街。後ろを振り返ると巨大なドームのようなものが見えた。きっとあれが俺が暮らしていた世界なんだろう。ドームに空を投影して現実の世界だと思わせていたんだろう。日本だと思っていた場所だ。俺の故郷だと思っていた場所だ。あそこには親友だと思っていた人たちがいた。母親だと思っていた人がいた。妹だと思っていた人がいた。だけどもうそんな人たちはいない。

 そしてこれから始まるんだ! 俺の異世界生活が! 俺たちの戦いはまだ終わらない。


〈ファンタジーストーリー 完〉


 こうしてこの物語は完結した。なんで打ち切りになったのかって? さあ? なんでだろうな? 製作費の高騰、人気の低下などなど理由はいくらでもあるだろう。でもこの物語はこれでおしまい。終わりだ。もう語られることはない。ストーリーの登場人物の役目は終わり。そしてお決まりのセリフ。俺たちの戦いはまだ終わらない。そのはずだった。終わるはずだった。

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