隠蔽された事実

第三話

「ここが……未来の日本だと?」


「そーじそーり? 総理は、日本にいた時のことをどれくらい覚えていますか?」

「さあ。よく覚えていない。記憶が曖昧なんだ。戦争が始まって、気づいたらこの世界にいた。サヨク、お前がわしを野原の真ん中で見つけてくれたんだ」

「その時不自然なことがたくさんございましたよね?」

「ああ。体は痩せ細り、死にかけの老人のようだった。特に気にも留めなかったが、日本語が通じ、ファンタジーの魔法が使えた。肉体を強化し、魔法で熱線を放てる」

「本当にそんなことができるとお考えですか?」

「どういう意味だ?」

「あれはすべてナノマシンによるただの科学技術です。あなたは極度のストレスから病気になった。当時の技術では、あなたの病気は完治不能でした。だからコールドスリープさせて、技術が進歩するのを待ったのです」

「だから最初あんなに痩せ細っていたのか」

「ええ。あなたを糾弾する人はたくさんいました。だけどあなたのことを評価し、信じている国民もいてくれるのでございますよ?」

「だがわしは大きなミスを犯した」

「ええ。みんな知っているのでございます。総理もただの人間、ミスをすることはあります」

「そうか。そして、わしをコールドスリープから蘇らせて、異世界転移したように見せかけたのだな? だがなぜそんなことをした? なぜそんな回りくどい方法を?」


「なぜってそうするように頼まれたからです」

「頼まれただと、誰にだっ?」


「総理……あなたにです」


「わしに……?」

「はい。コールドスリープ前に、総理はそうお願いしました。コールドスリープ後は、記憶が曖昧になるので、徐々に事実を突き付けなければならないのでございます」



「日本は滅んでいなかったのだな?」

「ええ!」

空気が震える。


「ここが日本なのだな?」

「ええ!」

空が鳴いている。


「わしはまた日本で総理をできるんだなっ?」

「ええ!」

声が燃えるように飛ぶ。


だが――

「そうか……それは残念だ」


「えっ? どうしてでございますか?」

「もうわしの愛した家族はいない。もう日本にこだわる意味がないのだ。わしはすべてを失ったのだ。わしは『日本を家族に看取られて死ねるような国』にしたかった。だが自分の娘の最後すら看取ることができなかった。家族は……もういないんだ」

「それは違います。総理の家族ならいます」

「どこにだ?」

「あなたの目の前にいます。総理……いえ、ひいお爺様」


その瞬間、総理の脳内を電気信号が駆け巡った。

ここが日本だったこと。

ナノマシンで魔術のようなことができること。

サヨクが自身のひ孫だったこと。

すべてが混じり、脳の中に嵐を生み出す。


総理の心にパズルピースが次々と埋め込まれていく。

カタカタと音を立てて、空っぽになっていた心が満たされていく。


人の心を失い、羅刹のようになっていた総理は、徐々に人に戻りつつある。

ピースは心を組み立てる。少しずつだが人間に戻っていく。


だがパズルは完成しなかった。

一つだけピースが足りないのだ。


胸の中心に開いた穴は大きかった。

総理の心に眠る最も大きな後悔。

最も辛い事実。


だが人は、事実に向き合わないといけない。


そして、一生で一番重要な質問をした。


「ひ孫がいるということは…………わしの娘は死ななかったのだな? あの後、京香は生き延びていたんだな? 京香はわしの判断のせいでは死ななかったのだな?」


「ええ。娘さんは右腕ごと鎖を切り落とし、脱走していたのでございますよ。いかにも総理の娘さんらしいですよね」

「最後はどうやって死んだ? ベッドの上で家族に看取られて死んだか? 娘は……幸せに死ねたのか?」

総理は矢のように質問を浴びせる。心臓は高鳴り、『はい』という返事を待ち望む。


だが――

「いいえ」


「そうか……そうだろうな。テロリストと交渉した総理の娘だ。辛い余生を送っただろうな。娘はどういう風に死んだんだ? 教えてくれ……」

総理は顔を俯き、辛そうに言った。


だがサヨクは笑顔になり、

「娘さんはまだご存命です」


「娘がまだ生きている?」


「ええ。今から会いにいきましょう」


「会えるのか?」


「もうすでにあなたと会っていますよ?」


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