滅びゆくアヴニール
第二話 滅び行くアブニール
アブニールは炎に包まれた。隣国が攻めてきたのだ。
紫の夜空に、炎の渦が螺旋を描く。トグロを巻く火の粉は、まるで一匹の竜のようだった。
「総理! 隣国の戦争部隊が攻めてきました! いかがされますか?」
「もちろん迎撃する!」
「フォーメーションは?」
「前陣速攻でいく! わしに続け!」
総理は、心の中で思った、『日本と同じようにはさせない。絶対に守って見せる! 家族に看取られて死ねるような国にするんだ!』と。
総理は戦場に着くと、その怪力を遺憾無く発揮した。
敵兵士をちぎっては投げ、ちぎっては捨て、荒れ狂う暴れ馬の如く無双した。
敵兵士の一人が、
「あいつらは内閣騎士団(キャビネットナイツ)だ! アヴニールの精鋭部隊兼行政トップの殺戮部隊!」
[説明しよう!]
内閣騎士団(キャビネットナイツ)とは白銀総司が作り出した部隊。
“最前線での戦闘”と“その指揮”を自ら行う部隊だ。戦闘者イコール指示者なため、命令の伝達が速く、伝令ミスが起こりえない。
またリーダーが自ら最前線に立つため部下の士気が下がらない。
「なんだあいつ、つえーぞ! こちらは完全武装の部隊なのに、なんで丸腰で突っ込んでくるんだよ! 殺されるのが怖くないのかっ?」
「な、なんだあのじじい! あいつこの国のリーダーじゃないのか? なんでリーダーがこんな最前線にいるんだよっ!」
リーダーが最も危険な前陣にいる。それは一見愚かな行為に見える。
だが……愚かな行為ではない。
愚かどころか愚策中の愚策なのだ。
リーダーの首が落ちれば戦争は終わる。なのにリーダーが前陣で拳を振るう。矛盾する戦闘態勢は、狂気から生まれるものだ。
総理は、自身の過去を思い出す。
[過去の回想 日本にて]
総理は内閣のメンバーに、
「前陣速攻など愚策中の愚策。ここはもっと慎重に検討してからだ」
総理は、誰よりも慎重だった。なぜなら総理のミス一つでたくさんの人の人生が変わってしまうからだ。それほどに総理の発言権は大きいのだ。
だからすべての事案に対して、最新の注意を支払うのだ。税率、法律、条例、何もかもが国民の生活に直接影響を与える。
総理の目標は、『日本を家族に看取られて死ねるような国にすること』だ。総理は全身全霊をかけて邁進した。努力し、工夫し、立ち向かい続けた。だがその目標が達成されることはなかった。
[現在 アヴニールにて]
総理は左手を前に向ける。
「魔力覚醒発動!」
左手に紋章が浮き上がり、夜の闇の中で輝く。
「やばい! ふせろっ!」
「もう遅い! 死ね!」
そして、左手は魔力を解き放った。総理は左手で戦場を右から左へとなぎ払った。
暴走する魔力の束は、暗闇を引きちぎり、闇を光で塗りつぶす。
夜の闇は一文字に切り裂かれ、腹に亀裂を刻まれた。
「「「ぐあーーーーっ!」」」
敵兵士の阿鼻叫喚がこだました。
「この国はわしが絶対に守る! 日本と同じ目には遭わせない!」
そして、瓦礫の中から一人の敵兵士が総理の前に躍り出た。
「俺が相手だっ!」
身長190ほどあり、筋骨隆々。
装備はフルアーマーで魔法耐性が施されているようだ。
総理はその男に、
「今の攻撃に耐えるとはな、まだ向かってくる気か?」
「当たり前だ! 敵国の大将が俺の目の前にいるんだ! 倒せば俺の手柄となる!」
「そうか……なら全力で叩き潰す」
「ふん! やれるものならやってみやがれ! お前のようなヨボヨボのじじい、俺一人で十分――」
言い切る前に、
「御託はいい……かかってきなさい」
[過去の回想 日本にて]
「これで完全に日本は孤立しました? いかがされますか総理?」
「くそっ! どうしてこうなるんだっ?」
「日本以外のすべての兵器保有国が日本に宣戦布告をしています。今まさに核の標準が日本に合わさっています。総理、どうすればいいですか?」
「総理、ご指示を?」「総理、責任の所在を明確にしてください」「総理、テロに巻き込まれた遺族の方々に何か一言を」「総理、あなたの判断で今日これだけの人が死にました」「総理?」「総理?」「総理?」「総理?」「総理?」「総理?」…………
すべての国民が総理に判断を仰ぐ。
総理はどうすればいいのかわからなかった。
だけど、
「わしが全部なんとかする!」
そう言うしかなかった。
日本が窮地に陥ったのは、単純な理由からだった。
白銀総司は第122代総理大臣。彼が総理を務めるこの時、日本は西暦3700年。
機械技術は限界まで向上していた。
極限まで小型化された機械は、ありとあらゆることを可能にした。
ガンの手術、人工手足、人工網膜、人工視神経など。
人はほとんどの病気で死ななくなり、怪我は一秒で感知する。生まれつきの障害ですらも治すことができるようになった。
機械技術により、世界は平和になったのだ。
そして、人類はその技術を戦争に使ったのだ。自らの手で平和を捨てたのだ。
怪我や障害は無視され、人を殺す兵器を作り続けた。その気になれば、平和なんて目の前にあるのに、いつだって平和はすぐそこにあったのに。
人類はいつまでも核兵器を手放さなかったのだ。
そして、テロは起きた。日本人が起こしたのだ。温厚で武器を持たないはずの日本人も、兵器を手に入れた瞬間に変わってしまった。
外国の宰相の家族を誘拐し、ビデオに取りながら殺しの実況中継をする。
残虐なビデオは六時間にも及んだ。
ビデオの最後では死体を解体し、その一部を郵送で親の元に送りつけるのだ。
いくら技術が進歩しても人間そのものは進歩しないのだ。何千年経っても愚かな人類は、愚かなままだった。
総理は会見で、
「テロの犠牲になった方には深くお悔やみを申し上げます。ですが我々日本人はこのようなテロには断じて屈しない! 私は総理大臣として――」
その時記者会見中にもかかわらず部下が駆け寄り、
「総理?」
「なんだ? 見てわからないのか? 今、大事な記者会――」
「総理。娘さんがテロリストに人質に取られました」
[現在 アヴニールにて]
ゴッ! ガッ!
打撃音だけが静寂を壊す。
ゴキっ! バキッ!
ボロ切れのようになった敵兵士の頭部に、総理の拳が叩きつけられる。
総理の顔はもう返り血で真っ赤に染まっていた。
そこに、
「もうやめてください! 総理!」
サヨクが駆けつけた。総理は拳を止めることなく、ちらりとだけ彼女の方を見た。
「どうしてここまで冷酷なことをするんですかっ? もうその人とっくに動けなくなっているのに!」
「どうして? おかしなことを聞くな。わしが総理だからだ! わしが冷徹な判断を下さなければ、国民が死ぬんだよ!」
「だからってこんな前線に出て直接、敵を叩きのめさなくても……」
「わしが後陣で躊躇していたから日本は破滅した! 日本は消滅させたのは……このわしなんだ!」
「確か総理のご判断が原因で、第三次世界大戦が起きたのでしたね? 娘さんがテロリストに人質に取られて、総理はテロリストの言いなりになった。そうおっしゃいましたね?」
「そうだ……」
「総理は、父親として大事な娘さんの命を守ったのでございます」
「違う……」
「え? 娘さんを救うか、戦争を止めるかの二択を迫られたんですよね?」
「そうだ。わしはあろうことか娘の命を優先させた。そして、戦争が始まった」
「なら娘さんのことは、助けたのでございましょう?」
「いいや、戦争を止められなかった上に、娘を失ったのだ」
[過去の回想 日本にて]
総理は、自宅に届いた段ボール箱を開けた。そこには、一本のビデオテープと“娘の右腕”が入っていた。
テロリストは、要求を飲んだ総理に対し、最も卑劣なことをした。娘を返すという約束を破ったのだ。
そして、戦争は始まった。武器を持たない日本が負けることは自明だった。
[現在 アブニールにて]
「わしは、国民を愛していた。誰よりも自国の国民を愛し守ろうと努力した。だけど、国民は総理大臣を愛してくれないのだ。
政策でミスをすれば、すぐに糾弾される。やることなすことすべて誰かに責められる。常に、誰かに憎まれて、恨まれる。
それが総理大臣だ。それがこのわしの役目だ」
「…………」
サヨクは口の端をキュッと結び、黙って総理の話を聞く。
「全部わしが悪いんだ。わしのせいだ。わしが後陣で躊躇なんてしていたから。前陣に出るべきだったのだ。テロリストを即刻皆殺しにすべきだった。
わしが弱いのが悪かったんだ。わしは日本を救えなかった。弱い人間なんだ。わしのせいで……日本はなくなったんだ。このわしが日本を滅ぼしたんだ!」
総理の悲痛な叫びが空にこだました。
サヨクは総理の肩に手を当てて、
「いいえ……あなたは日本を滅ぼしてなんかいない」
「どういうことだ?」
「日本は滅びなかった。日本は国名を変えて、しぶとく生き残った。戦争には負けなかったのでございますよ!」
「日本は消えてなくなったんじゃないのか? それになんでサヨクがそんなことを知っている?」
「なぜなら今は西暦3780年! ここは異世界なんかじゃない。あなたは異世界転移などしていない。あなたが今いるここアヴニールこそが、日本なのでございます!」
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