童貞を殺す剣(童貞を奪われるシーンあり!)

大和田大和

ど、ど、ど、ど童貞ちゃうわ!

野生の童貞が飛び出してきた!


そして、童貞との戦闘が始まった。


第一章 童貞を殺す剣



街から少し離れた雑木林の中、粘つく空気は静寂を孕んで私たちの頭上に横たわる。


巨大な空の群青色は、木々が織りなす陰影に切り取られて見える。

その不完全な情景は完全な一枚絵よりもどこか美しかった。

「おねー! そっちにいったよ!」

「まっかして!」

体を木々の間を縫うようにして駆動させていく。


「ばぶーばぶー!」

私の後ろを四女の花子が必死でついてくる。

「きょうちゃん! あいつの告白経験を調べて!」


「我が信者の力よ! 我にあの童貞の告白経験を告げよ! 

ビビビっ! あいつの告白経験はゼロなり!」

きょうちゃんは右手を前にかざし、目の前の童貞の恥ずかしい経験値を暴露した。


「がってん! なら完全童貞ね! 高ポイントが狙える!」


「よせー! 来るなっ!」

童貞は追い詰められて、最後の抵抗のようなものを始めた。

右手と左手を私に向かってポカポカ振り回す。ふふっ。可愛い。


「エックス! 童貞の交際遍歴をあぶり出して! 

あいつの恥ずかしい非モテっぷりを大声で言ってあげて!」


本当は大声など出す必要はないのだが、嫌がらせだ。

ちなみにボイスレコーダーで録音もしている。

まるで名探偵が殺人犯に殺人の自供をさせているみたいだ。楽しい。


「いいだろう! 私のフォースよ! バリバリバリー! ビリビリビリー! 

エクスカリバー! ドッカーン! あの童貞の交際遍歴はゼロよ!」


次女のエックスは効果音のようなものを口でわざわざ言いながら、目の前の童貞の恥ずかしい経験値を暴露した。

私たちは完全に童貞を四方から囲んでいる。

もうこの輪から童貞の一匹すら這い出る隙間などない。完全包囲だ!


「お次は私の番ね! 能力発動! あなたの好みのタイプを教えてちょーだい! 

うんうん! なるほど! あなた童貞を銀髪ヒロインに奪ってもらいたいのね!」


「何っ? お、俺何も言っていないぞ! なんでそんなことがわかるんだ?」


「銀髪ヒロインが好きなら今回は私の出番みたいね!」

私は後ろにたなびく銀髪をこれ見よがしに翻す。

木々の間を吹き抜ける風が私の髪の毛を拐おうとする。

だが風は私の髪の毛を少し揺らしただけだった。


「最後に一応確認しておくけど、あなた。童貞でしょ? 答えてっ!」

童貞の口からも一応聞いておきたい。


「ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」


黒髪の地味目の男の子が言った。彼の全身からは緊張感と罪悪感が湯気になってこぼれ出ている。

「あなた嘘が下手ね。その反応。間違いなく童貞でしょ?」

「俺は決して童貞なんかじゃない!」

「童貞でしょ?」

「ど、童貞などではない!」

「童貞でしょ?」

「童貞じゃない!」

「童貞でしょーがっ! もうバレバレなのよー!」

私はしびれを切らして怒号を放つ。


「はい! 童貞です!」

「ふん。やっぱりね! ちゃんとがあるじゃない!」


「そんな、罪だなんてひどい! 俺たち童貞がいったい何をしたっていうんだ!」

「あなたたち童貞は何もしていない。それが問題なのよ」


「俺たちのことを放っておいてくれ!」

「ダメよ! !」


「危険ってなんだよっ? 別に何もしないだろっ!」

「だからダメなのよ!」


「お前たちは童貞だとわかると嘲笑して、俺たち童貞を笑い者にする! 

俺たちは何も悪いことをしてないのに!」


「悪いけど、童貞を!」

私は腰に差していた剣を勢いよく引き抜く。カエルに狙いを定める蛇のようだ。


「私アリシアがあなたの童貞を奪い去ってあげるわ!」

抜き身になった剣は血を求めてその身をギラつかせる。

切っ先は太陽光を弾いて、周囲に撒き散らす。

まるで太陽の光を切り裂いているみたいだ。


「いくわよ! !」


私は持っている童貞を殺す剣をまっすぐに童貞に向ける。

太陽の光が切っ先にぶつかって砕ける。乱れた光は私の顔を明るく濡らす。


私の肌の上で炎が踊る。心臓は激しくその体積を変化させる。

焼け付くような焦燥感が私の肌に張り付いている。

「よせっ! やめろっ!」

私は右足に力を込めた。大地を勢いよく蹴って前に進む。

太ももからふくらはぎに力が伝播する。


そして、


! 死ねっっっっっっっっ!」


童貞を殺す剣を渾身の力を込めて振りかぶった。

血に飢えたつるぎが獲物の体を求める。風が勢いよく吹き抜ける。

空が鳴いている。大地が激しく嘶いている。


世界の全ての分子の動きが停止する。一瞬の刹那は永遠になった。


目の前の童貞の今までの数々の思い出が泡沫の中に閉じ込められて、私の脳裏に浮かんでは消えていく。


まるで早回しに彼の人生を見ているようだ。

楽しい思い出、辛かった思い出、甘酸っぱい片思い、報われなかった努力、人知れず諦めた夢。


それらの全ては彼の人生を彩る花。まるで花瓶に乱雑に突っ込まれた色も大きさも違う花束。

だけどその不完全さはどんな完全な花よりも美しく見えた。


そして、止まった世界は再び動き出す。童貞を殺す剣は真正面から童貞の体を捉え、一文字に切り裂いた。


激しくも優しい余韻だけが私たちの体の上を滑っていく。しばらく切りつけた体勢のままじっと動かなかった。


五秒、いや十秒ほど経っただろうか。人生で最も激しい余韻の後に童貞いや非童貞は草の褥に沈んだ。


熾烈だけどそれと同時に穏やかな死だった。



男は最後の力を振り絞って、

「これで俺も大人の男だ」

そう言い残して目を閉じた。


「これでよしっと!」

私は童貞を殺す剣を鞘に収めた。剣も心なしか満足しているようだ。

『二十六歳の童貞、オスを殺害しました。これによりアリシアに点数が加算されます』

童貞の殺害が完了し、アナウンスが流れた。


「やったー! 今回のは結構ポイント高かったんじゃなーい?」

「ねえねえ! 首尾よく行ったなり!」

と、三女の黒髪ストレートきょうちゃん。ねえねえとは『お姉ちゃんお姉ちゃん!』の略だ。

「えへへ。もっと褒めよ!」

私は得意になって舞い上がった。



「シスター! エクセレント!」

と、次女の金髪青目エックス。手でサムアップ(右親指を立ててグッドのサインのこと)をしている。

キラつく瞳がカッコ可愛い。

「えっへん! もっともっと褒めよ!」

私は絵に描いたように天狗になった。



「ばぶーばぶー! キュポンっ!」

と、口にくわえていたおしゃぶりを外して、四歳児の花子が、

「アリシアさん! 完璧な任務遂行。ご苦労様でした。

アリシアさんの秀でた才を余すところなく発揮できましたね。

私もこの戦いに参加できて至極光栄の至りです。チュポン!」

と、言っておしゃぶりをまた口に突っ込んだ。



「う、うん。ありがとうグラちゃん」

この子四歳児のくせにやけに流暢に喋るのよね。

あと、グラちゃんっていうのはグラシャラボラスちゃんの略よ! 

この子は流行りのキラキラネームをママに付けられたの。


花子と書いてグラシャラボラスと読むわ! 

パパと私たちは大反対したけどママが勝手に役所に届出を持って行ってしまったの。

もう後の祭りね!



グラちゃんが喋ったあと水を打ったように静まり返った。沈黙を切り裂いて、

「よう卒姉様!」

と、きょうちゃん。


「よ、よう卒って言うなっ! 何よ?」

私アリシアの最終学歴はよう卒だ。

と言うより実は幼稚園を卒業したと言い張っているが、本当は留年している。


だから今も幼稚園児だ。ちなみに私は二十歳だ。うう。卒業しておけばよかった。




「そろそろ街に戻りましょう。我は疲れた」

「シスター! レッツゴー!」

「ばぶーばぶー!」

「そうね! 私もちょっと疲れちゃった! なら一旦宿に戻りましょう!」


そして、私たちはを引きずって街に戻って行った。

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