アフターケアも大事だと先生教えたはずだぞー

バオケルナ大爆破から1ヶ月


俺はまたなかなか厄介な事に巻き込まれていた



事の発端はやはりウチのレギュラーになりつつあるアイリッシュ


最近では週4ペースで遊びに来るので思わず「暇かよ」とツッコミたい衝動に駆られている



しかし今日はいつもと違い最初から神妙な面持ちで店に来たかと思えば一言目から「お願い、家に来て」ときたもんだ


どうやら急に方向性を変えた彼女がいつも何処に出掛けているのか父親に問い質されたらしい


最初は断ったがその父親、つまりはダグラス氏が正式に仕事として依頼すると言ったらしいので断る理由は無くなってしまった



「君が最近娘がお世話になってるというロージか?」


街の中心部にある立派な豪邸


その一室である豪華な客間で俺とアイリッシュ、そしてダグラス氏は向かい合って座っていた


「ああ、俺が加賀朗志だ」


立派な髭を蓄えたガタイのいいダグラス氏はその鋭い眼光で俺を値踏みするように睨む


「用件があるなら手短に頼む、午後から腰を痛めたドド爺さんのところで家事手伝いの予約が入ってるからな」


「ほう、あの爺さんまた腰をやったのか」


立場の割りに平民の事情に詳しい

これは良い領主だ


流石は民に愛される領主で有名なだけある


「あんたは自分の娘がそんなに可愛くなっちまった事に怒ってんのか?」


「か、可愛いって…////」


アイリッシュ…話が進まなくなるからイチイチ反応するな


「いや、元々強制などしていないからな…この子は良い子だから勝手に責任感を感じてくれていたに過ぎぬ」


娘への理解もある


普通に良い父親だった


「しかし貴様は口が悪いな、これでも儂は領主ぞ」


「俺は基本困ってる人の為の商売をしてんだ、あんたが何も困ってなくて俺に用もないならただの冷やかしと同じなんでね」


「抜かしおる」


「あんたが俺を気に入らなくてこの街から追い出そうってんなら俺は他の場所で店を開くだけの話だ、今日はそこら辺も確認しにきた」


一瞬アイリッシュが寂しそうな顔をする


現状この街から離れるつもりはないがダグラス氏を怒らせれば可能性としては十分に有る話だ


「お前が付いてきたいんなら別に連れてきてやってもいいぞ?」


「うん!その時は僕も一緒に行く!」


「それは…困るな」


威厳たっぷりなダグラス氏もこれには流石に焦り顔


強面な顔をしていてもやはり娘は大事なのだろう



「父親の前で駆け落ちの話をするとはなかなか肝が据わった小僧ぞ…面白い!気に入った!」


なんだかよく分からんが気に入られた

性格の方は見た目通り豪快なようだ


それとも俺が持つ『親愛度・最大』という村人職の隠しスキルのおかげだろうか…

詳細は不明だ



「そういえばロージは何でもする商売をしてると聞くが儂も1つ依頼していいか?」


「もちろん、そのために来たようなもんだ」


ここで領主様に恩を売っておくのも悪くない


だが領主程の人物が1商人に頼む依頼など見当がつかない



「儂の悩みは15年前から変わらぬ……どうか妻の病気を治してはくれまいか」


「病気?」


どうやら領主の奥さんが病気らしいが俺は医者ではない


怪我なら治せるが病気となると難しい


「父さん…それは」


表情を曇らせるアイリッシュに領主は首を横に振って返す


「なに、失敗しても責めん…あれはもう神に見捨てられておる」


領主の発言から相当な重症と見るが実際に見てみないと何も言えない



「でもあんたは、ダグラス・バカン・スは諦めてないんだろ?」


悲しみの奥に抵抗の火を灯す瞳は俺に強く語りかけてくる


それだけでこの仕事には意味があり価値がある



「当たり前だ、愛する妻を諦める者など何処におると言うのか…」


貴族階級なら普通最低でも妻を三人は持つらしいがダグラス氏には1人しか居ない


そのたった1人の最愛の妻をどれだけ愛しているかは俺に推し量れたものじゃないが彼が一途な男なのは犇々ひしひしと伝わってくる



「もしもアイリーンの病気を治せたなら儂の持つ全てをお前にやろう、もちろん娘との結婚も許す」


「ほんと!?」


「いや…そんなに要らんし許さなくてもいいよ」


「え…えぇ…」


落ち込むアイリッシュには悪いが今のところ結婚したいとは思わん


俺の天秤はこっちに残るより現世に帰る方に針が振れている



「何だと貴様!!こんなに可愛い娘を要らんと言うのか!!」


あ…しまった

どうやら俺は地雷を踏んだようだ


ダグラス氏は妻バカであり親バカでもあったらしい


古きよき雷親父のように怒り狂うダグラス氏に手をつけられなくなった俺はアイリッシュの手を引き客間から飛び出した



「いやぁお前の親父恐いなー」


「でもいつもは凄く優しいよ?」


そりゃ親バカなんだからアイリッシュに優しいのは当たり前だろ


「もうこのままお袋さんの所に行こうと思ってんだけど案内してくれないか?」


「それはいいけど…本当に治せるの?」


「一回見てみないと何とも言えんな」



流石に領主の家なだけあって客間からお袋さんの部屋まで走って3分もかかった


途中の廊下でやたらと殺気を感じたが腕のいいボディガードでも雇ってるんだろうか…

寒気が止まらない



「ここだよ」


部屋の前に到着しドアをノックしようとしたら先に中から「どうぞ」と声がかかった


部屋に入るとベッドの上で上体だけ起こす婦人とその傍らに長い黒髪のメイドが立っていた


「コゼットも居たんだね」


「奥様のお薬の時間でしたので」


「すごーい!コゼットちゃんが言った通り本当にアイちゃんが来たわ」


奥さんは元気にはしゃいでいる様に見えるがその目元には痛々しく包帯が巻かれている


病気のせいかは解らないが恐らく目が見えないのだろう


「特殊訓練を積んでおりますので、お嬢様の足音なら駆け足だろうと忍び足だろうと判別出来ます」


「流石コゼット、相変わらず仕事熱心だね」


「お褒めに預かり光栄です」


なんだろう…二人の会話に絶妙な違和感を感じる


メイドの仕事って主人の足音聞き分ける事だったっけ?


つーか足音聞き分ける訓練ってなに?それ必要なのか?



初対面のメイドさんに少しヤバい臭いを感じながら俺は軽く会釈した



「お嬢様、そちらの殿方はどちら様ですか?」


「え!?殿方ということはつまり噂のロージくん!?」


噂になってるんすか…俺


「アイちゃんの王子のロージくんなの!?」


「かかか、母さん!それは言わないで…!」


俺の知らないところで何だか恥ずかしい噂が広まっている……本当に止めてほしい


あと変な韻を踏まないでほしい



予想に反してえらくテンションの高い奥さんに俺は若干置いてけぼり


既に半分くらい目的を忘れかけている


「はじめまして、王子のロージです、よろしくお願いします」


「~~~ッ…////」


奥さんという荒波に乗っかってみたら隣のアイリッシュが顔をトマトのような配色にして悶えた


「ロージくん面白いわねぇ、流石はアイちゃんの未来の旦那様」


「いや、あの…予定は未定で」


既に決定事項みたいに言われても困る


毎日ウチでスイーツを食ってるだけの女を嫁にする予定は今のところ無いのだ


「あら、そうなの?てっきり今日はダーくんに「娘さんを僕にください!」って言いにきたのだと思ってたわ」


ここの家族は全体的に糖度が高いな


ダグラス氏のことを「ダーくん」って…

呼ばれてる現場に居合わせてみたいとちょっとだけ思った



「今日は奥さんの病気を治しに来たんです」


「え…」


奥さんは一瞬だけ素の表情を見せるもすぐに微笑む


「アイちゃんの王子様は優しいのね、今日は私を励ましにきてくれたの?…でも別に私に気を遣わなくてもいいのよ?」


優しい顔をしてるのに何処か寂しさと悲しさを漂わせる奥さん



諦めている


ダグラス氏は必死なのに本人が生にしがみつく事を止めてしまっている



「今日は調子が良いけれど…この前お医者さんにはあと半年持たないだろうって言われたわ……だから…わかっているから…そんな優しい嘘なんてつかなくてもいいのよ?」


「奥さん、最近ダグラスさんに会いましたか?」


「…………あの人、私を見ると悲しむもの」


「それは違う」


俺はハッキリと、切り捨てるように否定した


あんなに死に物狂いな男に悲しんでる暇なんて無い



「悲しいのはあんただろ」


あの優しい大男を

諦めない男を

愛した男を


残して逝くのが何よりも辛いのだろう


まだまだ生きていたいと

想わされてしまうのだろう



「あの人は何処の馬の骨ともわからん俺にあんたの病気を治したら自分の全てをやるって言ったんだ」


アイリッシュが微かに震える手で俺の手を握る


どうやら俺にその先を言ってほしくないみたいだ



しかし俺は言う


空気も読まず

雰囲気をぶち壊そうとも


何故なら仕事には関係ないから



「あんたがそんなんじゃ旦那さんも報われないな」


「………ロージくん、案外意地悪なのね」


膝を抱えて丸くなる奥さんに俺は悪いとは思わない


メイドさんに睨まれても俺は動じない


「アイリッシュはあんたによく似てるよ」


見た目も性格も


「潔過ぎるところも美人なところも本当にそっくりだ」


「君には…私の気持ちなんて解らないわ」


「解らないね、解りたくもない…」


俺は諦めるのが嫌いだ

どれだけ無茶な仕事を押し付けられても一度たりとも諦めた事はない


泥臭くても結果が伴わなくてもいい

必死に食らい付いてこその仕事、それすなわち人生



『諦めは心の手抜きと見つけたり』


お調子者の恩人は昔酔っ払ってそんな事を言っていたが正にその通りである



「ちっとばかし荒療治だがあんたの命は保証する」



俺に医療系のスキルは殆んど無い

使えるのは医者の初期スキル『応急処置ファーシルトレットマン』だけだ


本来の効果は風邪の症状を和らげる程度…

しかし俺の場合はそれを莫大な魔力で行う


それだけでこのスキルは俺だけの特殊スキルに早変わりだ



あとは例の如く

足りない部分はお金の力で何とかする



「これを飲んでくれ」


俺はアイテムボックスから『妖精王の涙』という小瓶に入った液体を取り出し奥さんの口元に近付ける


「何をなさるおつもりで…?」


メイドさんに腕を掴まれるがその握力が尋常ではない


華奢な身体のどこにこんなパワーがあるのだろうか…?


「痛み止めみたいなもんだ、放せ」


これは決してそんなちゃちな物じゃない

錬金でしか作れないアイテムであり1個作るのに1億2000万Gかかる


その効果はHP完全回復、全ての状態異常完治、肩凝り腰痛頭痛生理痛を和らげ血糖値を下げダイエットにも効果があるがこのアイテムの最も優秀な性能は『病の進行を止める』という所にある


簡単に言うなら病気を封印する感じ



「私がそれを信じるとお思いで?」


ごもっとも

はいそうですかで済む方がおかしい


「いいのよコゼットちゃん、私の心配をしてくれるのは嬉しいけれどここはアイちゃんが信じたロージくんを信じましょ?」


「…かしこまりました」


府に落ちなさそうだがメイドさんは正しい

これが彼女の仕事なんだから


さて、彼女に習い俺は俺の仕事をするとしよう



奥さんが『妖精王の涙』を飲み干すのを確認すると俺は体調を尋ねる


「ふわふわしてとても身体が軽いわ」


「そうか、そんじゃ遠慮なくやらせてもらう」


問題なさそうなので俺は右手に『応急措置』を、左手に『完全回復』を纏わせ更に俺と奥さんとの間に『同調守庇』を繋ぐ


これくらいしないと今の奥さんは治せない


俺は今から奥さんの身体の中に残ってる病を完全に除去する


『審美眼』で見た結果、病気の侵食度は体内外合わせおよそ20%


体組織の20%が一気に欠損すれば人は死ぬ


だから除去しつつ回復も持続的にしなければいけないがこれがまた激痛


一度試した事があるから分かるが奥さんの様に弱った人間ならまず間違いなくショック死する




奥さんの腹部に右手を翳すと電子機器がショートしたような音が部屋に響き渡る


これは悪い細胞が死滅する音であり音が大きければ大きい程効果がある証拠

しかしそれに伴い痛みも増す


音が鳴る度に身体の中で小さな侍に切りつけられてるような痛みが駆け巡った


「お客様…」


「集中したいから黙っててくれ」


吐血に鼻血と格好のつかない姿にメイドさんは心配してくれるが俺は冷たく突き放す


ただでさえスキル四つ同時発動で神経磨り減らしてるのに初期スキルを莫大な魔力で使ってるんだ…


古いパソコンみたいにすぐ熱が籠って頭がショートしちまう



「…もう少し」


俺は最後に奥さんの痛々しい顔の包帯に手を当て今日一番の魔力を注ぎ込んだ



「くっ…う…」


眼球が焼けるように熱く、ぼやけて赤く滲む


だがこれで全部終わった


今の奥さんは健康体そのもののはずだ



「終わったけど一応しばらく安静にしててくれ」


激しく疲れた

今すぐ横になって爆睡したいが家具や絨毯に血をつけるのが嫌だったので座ることすら出来ずにいるとメイドさんに耳元で囁かれる


『私、治癒魔法を心得ておりますので少々お待ちください』


そんなもんよりポーションの方が手っ取り早いとは思うがメイドさんの気遣いを無下には出来ない


黙って頷くと額の柔らかい感触と共にぼやけた視界が幾らかマシになった


『お嬢様の前なので今回はこのくらいで』


「………?」


何が何だかわからんがスッキリした視界で捕らえたアイリッシュはどこかもどかしそうな顔をしていた



「信じられないわ…久しぶりに光を感じられる」


安静にしてろと言ったそばから起き上がろうとする奥さん

病も完治し妖精王の涙の影響で体力も人並み以上にあるはずだが包帯を付けたままなのでフラフラとよろめく


「おいおい、せめて包帯くらいはずしてからに…」


「待って」


包帯を外してやろうと顔に手を伸ばすと奥さんに手を掴まれ止められた



「お願い、まだはずさないで…最初に見るのはあの人が…ダーくんがいい」



見事な夫婦愛に俺もこれ以上無粋は言えなかった


俺の仕事は終わったのだ

飛ぶ鳥の様に跡を濁さず帰ればいい



「メイドさん、ダグラスさんを呼んできてくれ」


「かしこまりました」


メイドさんが退室するのを確認すると俺も無言でドアノブに手をかける


「ロージ、もう行っちゃうのかい?」


「仕事は終わったんでな、あとは家族団欒でよろしくやっといてくれ」


「ロージももう家族みたいなものだよ?」


いやいや…勝手に家族認定されても困るんだが



「とにかく…俺は行く場所あるから」


「何処に?」


そんなのは決まってる


俺はポーションをエナジードリンクのように飲み干してアイリッシュに答えた



「次の仕事」



呆れを孕んだため息を背中で感じながら俺は奥さんと約束をする


どうやら奥さんは俺の顔も見たいらしい



異世界に指切りはない

それでも俺は押し付けがましく小指を絡ませ合うとたがったら針を千本飲ます誓いを立てた



「これで貴方の顔もちゃんと見せてくれるの?」


「ああ、拳万も針千も嫌だからな」


「怖いおまじないだけれどとても暖かいわ」


暖かい

そう、温かい



余計な物なんて無い母親の温度に俺は昔を思い出し、少しだけ


ほんの少しだけ家族に会いたくなった




.

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