第8話

 二泊三日の旅行は天候にも恵まれ、これといったトラブルもなく過ぎた。最終日は現地解散で東京に戻るメンバーと田舎に帰省するメンバーと二手に分かれた。芙美子は仲間三人と帰路を共にしたが、不安は日ごとに膨張していた。昨夜から奈美恵が家の電話にも携帯電話にも出ないからである。

 仲間たちは、芙美子の憂鬱が孝雄との恋の破局のせいだと勝手に想像している。「秋になったら合コンしようよ素敵な男の子いっぱい集めるから。」と、遠回しに慰めようとしてくれるが、孝雄との恋の顛末を説明する気など更々ない。そうねと曖昧に微笑み、仲間の善意に何とか合わせた。

 午後をいくらか回り、東京に着いた。芙美子は仲間と別れ電車を乗り換える。家に帰る途中、何度かメールや電話をしたが奈美恵の応答なない。ちひろの連絡先を聞いておかなかったことが悔やまれてならない。

 ようやく家に着いた芙美子は、雑草が生い茂った庭を横目に通り抜けて、はやる気持ちで合鍵を回した。扉をあけ、玄関に靴を脱ぎ捨てて奈美恵の姿をさがした。だがどこにも居なかった。家中の部屋を丹念に見て回るが、置手紙も何も発見できない。

 と、その時、居間の電話が鳴った。芙美子は飛びつくように受話器をとる。

「もしもしお母さん?」

 一瞬、間があり、事務的な中年の女性の声が続いた。

「こちらは病院です、神崎奈美恵さんのお宅でしょうか。」

「はい、娘です。」

「昨夜お母様は骨折をして入院しました。携帯談話をどこかに置き忘れて娘さんの番号も不明というのでご自宅に連絡しました。命に別状はありません。近日中に手術の必要はありますが。」

「交通事故ですか?」

「階段からの転落事故です。お知り合いの方も入院しています。」

「知り合いの方?」

「詳しい内容はこちらではわかりかねますので、なるべく早めにこちらにお越しいただけますか。保険証と身の回りのものを持ってきてください。」と、病院の場所を告げて電話は切られた。

 病院は、ちひろが暮らしている駅の近くにあった。都心は家賃が高いから六畳一間のアパートに住んでいると聞いてはいたが。母は昨夜ちひろに会いに行き事故にあったのだろう。とりあえず鞄に、寝間着や下着、スリッパやタオルを手あたり次第に放り込み、あとは保険証と財布だけ持つと、芙美子は帰宅した時と同じ服装で家を飛び出した。病院まで電車を乗り継ぎ、駅前からタクシーをひろった。車内から、ごみごみした外の風景が見える。この町にちひろが住んでいるんだと、ぼんやり思った。

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