第3話

 予感は当たっていた。

「一緒に暮らしたい人ができてね、この際うちに来てもらおうかと思うの。なるべく早めにそうしたいんだけど、どうかしら。」

 有無を言わさぬ強い響きが、奈美恵の柔らかな口調に潜んでいた。よくよく入れ込んだ相手なのか。気迫に圧倒されながらも、芙美子は訊いた。

「その人、どういう人なの。」

 顔をほんのり紅く染めて応える奈美子。

「ちょっと年下なんだけどね。フリーのカメラマンで会えばわかると思うけど、とにかく素敵な人なのよ。」

 芙美子は奈美恵がカメラ屋で以前働いていた事を思い出した、そこで出会ったのだろうか。年下とかフリーというのも気にはなるが、付帯状況だけで相手を判断するわけにもいかない。しかし気持ちと裏腹に言うつもりもなかった言葉を口にしていた。

「騙されてるんじゃないでしょうね。」

 途端に奈美恵の目は吊り上がり、鬼の様な形相になる。

「あんたは会った事もないくせに、あの人のことを悪く言うのはやめてちょうだい。」

 奈美恵はもはや母親であることを忘れたようで、恋に一途な女の顔をしている。だが彼女の結婚は芙美子の義理の父ができるわけで無関心でもいられない。奈美恵の決意は固そうで、近いうちに彼を家に連れてくるから、と言い残して自分の部屋に引きこもってしまった。

 幾人かいた今迄の母の恋人、ひとり取り残された芙美子は記憶を遡らせる。彼らとは自然消滅か或いは悲劇に終わることが多かった。同居するという話にまで展開したのははじめてだった。

 雨にあいも変わらず降り続いている。幾重もの雨筋が硝子窓に跡をつけては消え、飽くことなく繰り返していた。

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