第14話 羅李

パカン……、パカン……、

規則正しい間隔の音で、羅李は薪を割っていく。

さすがに宮廷に居た頃は薪を割るなんてことはなかったから、この山での生活を始めてから斧を振り上げ薪を割ることが日課となった。が、結構、規則正しく音を響かせることが目標となっている。お蔭でなかなかの腕前だ、と自負している。


羅李は本当の名ではない。本当の名は、ライファン=シアルガ。

その名は愁陽と翠蘭の父王と始めて出会い、家と家族を失ったその日に失くした。わが父が目の前で死んだとき、いまの名を蒼王より貰ったのだ。


彼の生い立ちは複雑だ。王家に生まれたのなら、この戦乱の世ではよくある話なのだろうが。彼の性格が少し、いやだいぶひねくれているのは育ってきた環境も影響あるのだろう。


彼は今はもう無い蒼国より西の国シアルガ国の王家に六番目の子として生まれた。彼の金の髪と青い目は、それより西の方より連れて来られた妾の母のものだ。だから蒼の都ではとても珍しい。街にいた頃は、隠す必要もあったが、こんな山奥では自然体でいられるから有り難い。


六番目の妾の子。宮廷の中では正直どうでもいい子といった扱いで、母も異国から連れてこられた妾であり、すぐに父からの寵愛もなくなり、宮廷の人々の中では蔑まされていたが、けれど母子とともに宮廷の奥でそれなりに穏やかに仲睦まじく過ごしていた。宮廷に蒼の兵士が攻め込んでくる日までは。


ライファンの父は、何人も側室や妾をもち、豪傑で厳格でもあった。父の、王の命令は絶対であった。攻め込まれたあの日、父が血に濡れた剣を持ち、女、子供たちが住まう後宮にやってきたのは夜半すぎだった。


一箇所に集められた女、子供達は敵の手にかかるくらいならばと、父が皆殺しを決めたのだ。もう父も最後だと思ったのだろう。自害をすることを決めたのだ。

ライファンは心中など考えられない。


彼が部屋へ連れてこられた時、目の前にしたのは、戦には似合わない綺麗に着飾った女達の死体が転がり、まだ幼い弟や妹たちが血に塗れて床に横たわってる姿で、まさに血の海という有様だった。

彼が十一歳の時だった。

その日の昼間にも、手を繋いで遊んでやった弟や妹もそこに息絶えていた。小さな手のぬくもりを手に思い出した。

父に怒りを覚えた。これまでに感じたことの無いほどに。

今、まさに一つ上の兄を父は自分の剣で斬り、兄が血を吹き出しながら床に倒れるところだった。

真っ赤に染まった剣を手にした父と目が合う。彼の目は狂気だった。

しかしライファンに沸き起こったのは、恐怖や恐れではなく強い怒りと反発。こんなこと許されない。こんな父の手にかかって自分も殺されるのか、そんなの嫌だ。

あとから連れてこられた母が部屋に入れられて、惨状を目の当たりにして悲鳴をあげるのを聞いた。


「母上っ」

後ろを振り返ると、恐怖に青ざめ顔をひきつらせる母の顔を見た。

「あああ!!やめてっ、ライファンを殺さないでくださいっ!!!」

母の叫びで父のほうを振り返ると、彼が剣をぶら下げたままこちらへ歩いてくるところだった。

ライファンが目を見開いて、身構えたとき

「そこまでだ。シアルガの王よ」

低く、鋭いよく通る声が背後から聞こえた。

そこには真っ青な外套マントを羽織り、黒い鎧をつけた蒼の王が立っていた。


「貴様っ!東の賊めっ」

「これはお前の家族ではないのか」

「貴様らの汚い手にかかるくらいなら、誇り高き我らは死を選ぶっ」

「果たしてそうなのか?」

蒼の王がチラリとライファンのほうへ視線を移す。


俺は……、

ライファンは頷くことも首を横にふることも出来なかった。

代わりに父王が叫んだ。

「この城の者ならば、この王とともに死を選ぶ!」

そのとき母がライファンに駆けより跪くと、庇うように抱きしめた。

「どうか、どうか!この子だけはお救いくださいっ」

「この下衆なものめっ!この高貴な血を辱めるな!」

そう叫ぶと父が母の背を切りつけた。母がライファンを抱き締めたまま悲痛な叫び声をあげた。

抱き締めながら、ライファン……と見上げる母の目と視線が合う。優しく微笑んだ母の目だ。綺麗な自分と同じ青い目。

「ライファン……生きて。ごめんね、…こん、な、母…で」

最後は目の焦点も合わないまま、力尽きて床に倒れながらだった。これが母の最後だ。

ライファンは叫ぶことも泣くことも出来なかった。この感情はなんだ。

次は、自分の番か。

むごいことをする」

蒼の王が言った。

「これは俺のものだ、貴様らに渡すくらいなら俺が始末してもよいものだ」

蒼の王の後ろには蒼の兵士たちも並ぶ。蒼の王が一人、歩みを進めライファンへと近づく。


「うおぉぉぉぉ!!!」

父王が剣を我が子に振りあげ斬ろうとしたとき、蒼の王が素早く動き、振り下ろされた剣を大きな音を立て弾いた。

怒りに狂った王と蒼の王の斬り合いとなる。その間もライファンは動けず、逃げること無く、母の亡骸の横にいた。


なぜ、こんなことになるのだ。もし王と関わらなければ、母も自分も違う人生だったのだろうか。いや、王家でなくとも民であっても、この戦乱に疲弊し乱れた世の中に平穏な幸せなんてないだろう。なんのためにこの世に生を受けたのだ、自分以外の人間に所有物として生死を決められるためにか?

生きて十一年、俺は何をしてきた?まだ何もしてない。まだ満足していない。きっと目の前に横たわる幼い弟や妹たちはそんなことも考えることもなく死を決められた。この傲慢な男に。

弟や妹たちは、無邪気にただ明日も遊べることを楽しみにしていた。ただそれだけだ。なのに……大人たちの勝手なエゴだ。


「お前、ライファンと言ったか」

蒼王が父王の剣を力で抑えながら、ライファンへ視線を向ける。

「お前はどうする。生きたいか、それともこの男とここで果てるか」

そんなことを訊かれるとは思わず、答えに戸惑う。

「生きたいならば、名も家も国も捨て、俺とともに来い!そうでなければ、お前もここで斬る」

「俺……」

「そんなことは赦さんっ!お前もこの王家の人間だ!恥をさらすな」

「生きたいのか、生きたくないのか、どっちだっ」

「俺、俺はっ、生きたいっ!生きて、こんな世の中を変えたいっ」

ライファンは全身で叫んでいた。


「ふむ、よく言った」

蒼の王は父王の剣を弾くと、その首を容赦なく斬った。父の頭が転がるのを、ライファンはぼうっと見ていた。最後はどんなクズ野郎だと思っても、こんな男でも父は父だ。

蒼の王がまだ父の血で濡れた剣先をライファンの顎先につける。

「よく見るがいい。これが戦だ」

ライファンはもう感情が動かなかった。さっき自分はこの王についていくと決めたのだ。

「これからお前は俺とともに来い。お前の母が命を賭して守ろうとした命を大切にしろ。母を誇りに思え。お前の母の名は確か“李利亜いりあ”といったか」

なぜ、母の名を知っているのだろうか。ふと疑問に思ったが聞けなかった。

「今からお前は“羅李らい”だ。いいな」

その日から彼は羅李として、蒼の宮殿で普段は翠蘭や愁陽の世話係をしながら、ともに勉学や武芸を学ぶことになった。

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