AH-project #3 「だんらん」


"家には何もない”


ヒラダの潜在意識にはこれがあった。


会社に行っても労働という"苦"しかないが

ヒラダの自宅には、また別種の苦が存在する。

別に家に何かがあるから苦しいというわけではないのだ。



こんな家にいると自然に生まれてしまう、

人生においての空白時間。


人が平等に与えられた有限で大切である時間。

それを無意味に貪っているのを感じずにはいられない。


すると心の何処から来ているのか分からない

"後悔"が襲ってくる。

ヒラダは何かを求めていた。

簡単には満たされそうにない自分を満たしてくれる何か。


ヒラダはそんな何かを求めていた。





今日も仕事が終わり、家に帰って来た。

何もない家に。

しかし、今日は少し違った。


「し、失礼します!」


ウニさんが学校指定バックとコンビニ袋を持って居間へ上がって来た。


このウニさんという子は、帰宅途中だったヒラダに「一日だけ泊めさせてほしい」

と突然お願いをしてきた、事情不明な女子高生だ。


「それじゃあ、ご飯にするか~」

緊張させないように、なるべくフランクに喋る。

「そっ そうですね」

コンビニ袋をもらい、中からウニさんのハンバーグ弁当を取り出した。


「温めるから少し待ってね」

「あっ ありがとうございます」

この家に着いてから、何となくウニさんの歯切れが悪い。


電子レンジのハンバーグ弁当が回ってるのを眺めながら考えた。


(さすがに見知らぬ男の家に上がるのは緊張するか…。

どうしたら打ち解けられるだろうか。)


そう考えていると

チーンという電子レンジの音がして思考世界から現実に戻された。

ハンバーグ弁当を取り出して、ウニさんに渡した。


「どうぞ」

「…ありがとうございます」


ウニさんはハンバーグ弁当を開けずに机に置く。

「…食べないの?」

「いや、ヒラダさんの準備がまだ出来てないので…」

その言葉に何故だか、心にジンと来るものを感じた。


「…ありがとうね、すぐに用意する」

ヒラダはコンビニ袋からグラタンを出し、

レンジに入れて温めた。



ヒラダの方も食事の準備が出来た。

二人は目を合わせると、何をするべきなのかを理解した。


二人は両手を合わせて、

「「いただきます」」

と声を合わせて言い、食事を始めた。


さっきまでは

(どうやったら打ち解けられる?)

なんて考えていた。

だがこうやって同じ動作を少ししただけで、ヒラダはウニさんに親しみが湧いた。

心理テクニックでミラーリングというのがあるが、それの一種だろうか。

そう考えると、多分この感覚はヒラダだけではないはずだ。


しかし会話というものは一切生まれず、静寂が生まれてしまう。

あまりの雰囲気に耐えかねたヒラダが、

「テレビつけるね」

と言ってテレビをつけた。


するとニュース番組が流れた。

それは街中の美味しい店の紹介や番宣などを

していた。

だが少しでも話をしたかったヒラダにとって

丁度良い話題だ。


話しかけようとウニさんの方を見ると、食事の手が止まっている。

下を見たまま、ピクリとも動かない。


「ウニさん大丈夫?」

心配になって思わず声をかける。

「うわぁ!大丈夫です!」

あからさまに大丈夫じゃない。


「本当に大丈夫?」

「いえ、考えて事してただけなんで…」

「ふぅん」

少し話しかけやすくなったので、気になったことを聞いてみた。


「…そういえばウニさん、電車の時に俺の前に立ってたよね?」

「あっ 気づいてたんですか」

「流石にあんなにジッと見られたら気付くよ。あの時に俺に頼もうって思ったの?」

「…まぁ、そういう事です。」

「なんで俺にしたんだ?俺より良さそうな人

いっぱい車内いたと思うけど。」


なんせあの時の俺は酷く疲れていた。

疲労感を隠しきれてなかったと思う。

なのに何故か自分が選ばれた。

単純な疑問だった。


「手ですね。」

そういうと、ウニさんは左手を小さく挙げた。


「テ?」

自分の手を上にあげて見るが、普通の成人男性の手でしかなかった。


「なるべく一人暮らしの人がいいなって思ったので、

とりあえず薬指に指輪をしてない人を探したんです。

そしたら目の前にヒラダさんが居たって感じですね。」


そう言いと箸を持ち直し、ウニさんはハンバーグを口に運んだ。


「そういう理由なのかぁ…」

なんだか複雑な心境になる回答だった。


「いや!

もちろん他にも決め手はありますよ!」

「ホントに~?」

「本当ですよ!」

「例えば?」

「ツンツンした髪型が可愛いところとか」

「もうちょっと良いポイントなかったの?」

ウニさんはハハッと笑ってくれた。


こんな感じでこの後も会話は続いていった。

初めて交わされる、ウニさんとのまともな会話。

 嬉しくないはずがなかった。



食事を済ませると、ヒラダはお風呂の準備をした。

ウニさんはベランダ近くのソファに座ってバラエティ番組を見ている。


「ウニさん、お風呂入る?」

「あ!入りたいです!」

「着替えとか持ってる?」

「ジャージはあるんですけど、下着がなぁ…」

「…野暮な事聞いてすみません。」

「でもお風呂は入りたいから、今日のを履くかなぁ」

ウニさんは頭を横に揺らしながら言った。


(そういうこと俺に言う…?)

もちろん、変なことをしようだなんて一切考えてない。

考えてない。


「お風呂湧かしといたから、入っていいよ」

「わかりました~」

ウニさんは指定バックを持って、ガラガラと更衣室のドアの音を立て、中に入った。


(ちょっと警戒心解きすぎなんじゃないか?)

頭の後ろをかきながら、心配そうな目で更衣室の方を見る。


するとガラガラという音が再び鳴った。

中からウニさんが顔を出し、

「…覗かいないでくださいよ?」

と言ってきた。


「俺は男子高校生じゃないんだよ!」

と思わず言ってしまう。

「えへへっ」

笑ってウニさんは更衣室に引っ込んだ。


(…心配だ。)

そう思わず思ってしまう。

だが久しぶりに、家の時間を楽しく感じれた。



しかしヒラダにゆっくりしている暇は無い。


(ウニさんが風呂に入ってる間に、持ち帰ってきた仕事終わらせないと)


ずっと着っぱなしだったスーツを脱ぎ、部屋着に着替える。

そして、仕事カバンからノートパソコンを引っ張り出して、急いで作業を開始した。


(ウニさんちゃんとリラックス出来てるかぁ…?)

(てか寝る場所とか考えてなかったなぁ… 敷布団出さないと…)

そんなことを思いながら作業の手を動かした。


そして仕事が全て片付いた。

一時間半が経っていた。


(あれ、ウニさんまだあがってないのか。大丈夫かよ…)

そう不安になっていると、風呂のドアが開く音がした。

その音を聞いてホッとするヒラダ。


しかし安心できたのも、つかの間だけだった。



更衣室の扉がドンッと大きな音を立てて開く。

音に驚いたヒラダは反射的に更衣室と居間を繋いでいる廊下の方を見た。


ピチャ ペチャという音が向かってくる。

廊下から目を離せない。


そしてヒラダは目にした。

廊下から出てきたのは、



だった。

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