第121話・RTB(リターントゥベース)②
「レイ――」
「ナギ!」
手足を振り回しながら、レインは上体を起き上げる。泣きじゃくりながら彼の顔を覗き込んでいたナギの額に正面衝突し、頭の内で花火が上がった。
「痛っ!」
「イッテぇ!」
二人が同時に言う。レインはその衝撃ではっきりと目を覚ました。彼は額を押さえながら視線を巡らし、周りの状況を確認する。
白い天井に、白い壁と白い床。レインが寝かされていたのも白いベッドだった。薬品の匂いが鼻を刺し、ピコン、ピコンと電子音が左側で等間隔に鳴っている。
視線を自分の身体に落とすと、心拍を撮るためのセンサーが胸元に張り付けられ、体中に包帯が巻かれているのが見えた。包帯は恐らく何度か取り換えられたようで、赤黒い色に染まった包帯がベッドの上の足元に丸まっていた。
「――レイン!」
ベッドのすぐ右隣。椅子に座っていたナギが目元に涙を潤ませ、起き上がったレインに飛び付く。起きた直後のレインには彼女を押し返す力は無く、押されるがままベッドの上へ倒れ込んだ。
レインの身体には、まだ血が乾ききっていない浅傷がある。そこから流れる血で汚れることなど気にも留めない様子で、ナギは彼の身体を力いっぱい抱きしめた。
「ちょ! 痛い痛い痛い!」
抗議の声を上げるレインを余所に、彼女は更に締め上げる力を強めた。
「痛いって! ホント痛い! マジ痛い!」
「レインの馬鹿!」
「分かった! 俺が馬鹿なのは分かったから! 一回放せ! 話してください!」
「やだ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁア!」
骨が軋むような痛みに、レインは思わず叫び声を上げる。辛うじて傷口は開いていないようだ。
ナギはようやく力を緩め、レインの右肩に顔を埋めながら言った。
「……心配……したんだよ……?」
レインは、ずり落ちないよう彼女の肩に手を回し、ベッドに左手を突いて、再度、ゆっくりと起き上がる。
「あぁ、悪い」
回した右腕で、彼女の頭を撫でながらレインは言った。真っ白い部屋の奥、そこから足音が二つ聞こえてくる。平均的な歩幅のものが一つと、大柄な男が大股で歩くようなものが一つづつだった。
「おい、ナギ嬢! 今の声……んだよ、ピンピンしてやがる」
部屋の奥、廊下へと続く扉の向こうから、カークが顔を覗かせて言ったい。ちぇ、と舌を鳴らしながら、彼は白い部屋の中へ入って来る。
その後ろから、扉の枠を潜り抜ける様にして、大柄なマックスが部屋に入って来た。カークとは打って変わって、心の底から心配していたような、そんな様子だった。
「やっと起きやがった、何時まで寝てんだ」
カークが面白くも無さそうに口を歪ませながら言う。レインはナギを抱いたまま言った。
「随分長く寝た気がするが」
「大当たり。三日も眠りこける奴が居るかっての」
「三日」
「あぁ、医者によれば、今日が山場だったんだと」
レインは溜息を付く。身体が軽い訳だ。
「詳しい話は後でしよう」
マックスが口を挟んだ。彼はカークの肩を叩き、続ける。
「俺達は少しはける。気が済んだら読んでくれ」
「え? いや、俺はまだ――」
彼は言い、半ば担ぎ上げる様にしてカークを部屋から連れ出し、扉の向こうへ消える。
「行っちゃった」
ナギが言った。
「あぁ」
レインは言い、そして続ける。
「アイツ等には、もう少し待っててもらうか」
そう言いながら、ナギの頭を撫でると、彼女は小さく笑った。
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