第82話・入隊試験④

 基地付近になり、格納庫の屋根が視界の向こうへ見えて来る。


「そういえば」


 レインが口を開く。


「さっき、ナギがどうこう言ってただろ。アレは何だったんだ」

「あぁ、あれな」


 ニールが前を向きながら、思い出したように言った。


「嘘だ」

「はぁ!?」

「あぁ言っとけばついて来ると、ある男から言われたんでな」

「ある男って?」

「確か……金髪で、口の悪い男だったな」


 金髪。口が悪い。思い当たる人間は、レインには一人しかいない。


「あの野郎……!」


 かつての戦友の顔を思い浮かべ、レインは舌を打った。




 車は基地のゲートをくぐる。助手席のレインに門番のおっさんが気づき、二人はお互いに会釈を交わした。


 基地内を進み、無機質なビルの前で止まる。二階建てで、建物の側面には等間隔で小さなガラス窓がはめられていた。


「ここだ」


 ニールは言い、エンジンを止める。シートベルトを外し、車から降りるのを見て、レインもそれに倣った。


 彼の背後で後部座席のドアが開き、中から隊員が押し出されるようにして、転げ出て来た。


 レイン曰く、彼だ。


 レインはそちらへ振り返り、起き上がろうとする彼に右手を差し出す。戦闘用の目だけを露出したマスクの内側から、視線でレインを切りつけ、彼は差し出された手を叩き、自分で起き上がった。


 鼻を鳴らし、レインを追い越して、建物の中へ消えたニールの後を追う。


 その後ろ姿を、レインが肩を竦めながら見送っていると、後ろから笑い声が聞こえた。


「悪いな。アイツは最近入隊したばっかりで」


 その声に、レインは振り返る。戦闘兵の一人、後部座席の真ん中に座っていた男が、車から降りながら言った。


「――ったく、息苦しいったらありゃしない」


 マスクを取り、彼は灰色の髪を弄りながら言う。顔に皺から、レインより少し年上だろう。


「ライド、と呼んでくれ」


 ライドと名乗った彼は、レインに右手を突き出しながら言った。レインはその手を取って、言う。


「俺は――」

「レイネス・フォーミュラ、だろ?」

「そうだ。隊長さんから俺の事を?」

「それもあるが、一番は三か月前だ」

「あぁ……」


 レインが喉を鳴らして、相槌を打つ。


「あまり目立つのは好きじゃないんだが」

「あんなことをすれば、嫌でも目立つさ」


 互いに手を離し、レインはバツの悪そうに頭を掻いた。


「また今度、話を聞かせてくれないか?」

「面白く話せる自信は無いが」

「構わんさ。真実は小説より――」


 ライドが言い終える前に、別の声が掛かる。


「おい」


 四輪駆動車を挟んだ向こう側から聞こえた声に、二人の視線が向く。そこに居たのは、浅黒い肌の男だった。目が鋭く、瞳が茶色い。後部座席の左側に座っていた男だ。


「与太話は後だ。隊長についていけ」

「あっそ、了解」


 レインが怠惰そうに言うと、彼は何も言わず、ニールの後を追って、建物の中へ入る。


「悪いな、変わり者揃いで」


 ライドが言った。


「慣れてる。俺がいた部隊もそんなもんだったさ」


 レインは言い、踵を返してニールの後を追った。


 

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