第65話・蟷螂の斧①
地獄の鎌の底から轟いてくるような、そんな声だった。
茂る大木の枝を折り飛ばし、太陽を背にした状態で、カインは怒号の声を上げる。背負ったロケットエンジンのメインブースターからは、不完全燃焼を示す赤い炎と煤交じりの黒い煙が吹き出ていた。
腕に携えたレーザーライフルは、先程の戦闘で損傷したのだろう、荒々しく半分に切断されている。
小さな爆発が彼の背中で起こり、ネジや鉄片が欠け飛ぶ。
「おのれ!! フォーミュラァァァァァ!!!!」
カインは草原に立つレインの姿を見つけると、怒りに任せジェットエンジンをフル回転させる。
ファンの回転音が、悪魔の断末魔と呼ぶにふさわしい不協和音を奏でた。
その様子を見たガルタ兵達が一斉にカインの方へ銃を向けるが、彼等が引き金を引く前にメインブースターを無理やり点火させ、凄まじい速力でレインの方へ飛翔する。
「まだ生きてッ――!」
レインは悪態を付きながら、腰に差したリボルバーを引き抜こうとする。
が、カインの方が速かった。
彼はレインの首を前から掴み、銃に手を掛けたレインの右腕を左手で掴んだ。そのままの状態でアフターバーナーを点火させ、垂直上昇を試みる。
「レイ――!」
下に引き戻そうと、未だレインの身体にしがみ付いていたカークを、レインは蹴り飛ばし、彼を地面に転がす。
それと同時に、全身の血が下へ流れるような、とてつもないGがレインを襲った。
首を絞められ、呼吸もままならない状態で彼は地面から打ち上げられる。その衝撃でレインはリボルバーを取り落とし、唯一の対抗手段を失った。
大空の上、呻き声を上げるレインに顔を寄せ、カークは言った。
「苦しいか!? リーザの兵よ!?」
「うぐッ……、がッ……!」
声を出そうと試みるが、圧迫された喉が声帯の動きを邪魔し、上手く声が出せない。
「誉めてやる! 私の部隊をここまで手こずらせたのはお前が初めてだ!」
そう言うと、カインはガラクタと化したレーザーライフルを捨て、レインの首を左手に持ち替え、右手で脚に巻いたデザートイーグルを引き抜いた。
「認めてやろう。お前は戦士だ! だが、それもここまでだ!」
銃口をレインの額へ当て、彼は悪魔の様な笑みを浮かべて言う。
その時、何処からともなく無数のミサイルが白煙を伸ばしながら飛来し、カインを襲った。
「何ッ!?」
彼はブースターを再度点火してアフターバーナーを伸ばし、チャフ、フレアを焚きながら回避行動を取る。レインは繰り返される三次元機動に何度も気絶しかけたが、不屈の精神力で何とか意識を繋ぎ止める。
カインはそれらすべて躱し切り、遂にはミサイルの時限信管が作動して、夜明け空に炎一色の地味な花火が上がった。
「誰だか知らんが、無駄な事を!」
そう悪態を付き、彼は再びレインに銃口を向ける。
「感じるぞ! 私の死期は近い! だがその前に!」
彼の額へ銃口を押し付け、カインは叫ぶ。
「お前だけでも道連れにしてやる!」
しかし、怒声を上げる彼とは対照的に、レインは至って冷静な様子で潰れる喉から声をひり出した。
「悪いが、お断りだ」
「断れる立場だとでも!?」
カインは引き金に掛けた指に力を入れ、それに連動して撃鉄が起きる。
「なら、俺から一つアドバイスだ」
「何?」
レインは口角を上げ、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、言った。
「相手をデートに誘うなら、もっと色の付く言葉を選びな!」
彼がそう叫ぶと同時に、鉄の刃が空を裂く鋭い音が響き、カインの右肘がスッパリと切断される。
「何だと!?」
彼が動揺の声を上げるのと同時に、二人とは別の人間が口を開いた。
「相手の腕が届く範囲で――」
ザイツの声。彼のアーマーの速力なら、スクラップ寸前のワルキューレに追いつくことなど造作も無い事だっただろう。
予想外の出来事でカインは左手を離し、レインの身体が自由になる。
レインは切り落とされた敵の右手からデザートイーグルを奪い取り、それを持ち主の額へ向け、続けた。
「銃を向けるな!」
そう声を張り上げ、彼は引き金を引いた。
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