第61話・共同戦線⑩
凄まじい風圧が車内二人の身体を襲う。左右で回転するジェットエンジンの音と、吹き荒れる暴風の音が混じり合い、実にやかましいオーケストラを奏でていた。
助手席のカークが喚く声も聞こえた。
高速で飛びながら、白黒コンビの二人は息の合った連携で、追手からの攻撃を前後左右にひらひらと躱す。
ガルタ公国軍との合流地点が近くなると、地上からの援護射撃が激しくなって来た。対物ライフルの弾丸や、対空ミサイルが敵のワルキューレに向かって発射され、フレアが射出される音や、回避行動を取った際のサブブースターの噴射音が後方で鳴り響く。
「ダメだ! 追いつかれる!」
カイエの叫び声が、レインの耳元で響いた。いくらワルキューレ二機とはいえ、二トン近い鉄塊を持って飛んでいるため、必然的に速度は落ちる。重ねて、拡大した前面投影面積によって、空気抵抗が増加する。
つまり、二人はワルキューレアーマーの性能を百パーセント引き出せていないのだ。
「カイエ! 六時方向!」
レーナがカイエの方を向き、悲鳴にも似た叫び声を上げる。その声に振り向いたカイエが見た光景は、斧の様な武器を振り上げた敵ワルキューレの姿だった。
カイエは咄嗟に左手の前腕で頭をガードする。しかし、敵はそれを読んでいたのか、斧を振り上げたまま、脚部装甲で覆われた右足を彼女の左腕へ蹴り上げた。
防御姿勢が崩れ、背中ががら空きになる。敵はカイエのそこに搭載されていたメインブースターへ斧を振り下ろし、空中で彼女のジェットエンジンを脱落させた。
「クソッ!」
レインは悪態を付きながら、ジーンズのベルトに差していたリボルバーを引き抜き、敵ワルキューレへ向けて発砲する。
距離は十分近い。クウェルのワルキューレが例外なく頭に付けているヘッドバイザー程度なら、M627に装填されている三五七マグナム弾でも貫通できるはずだった。
しかし、高速で飛行する車内。レインは薄目で照準することを余儀なくされ、更には伸ばした腕を捥ぐ様な風圧に狙いを引かれ、彼の放った弾丸が敵を捉える事は無かった。
敵ワルキューレは灰色の機体を翻し、空戦機動の一撃離脱戦法の様に急上昇。夜の闇へ逃げ込み、レインの視界から消える。
二機エンジンの片方を失ったFJクルーザーは大幅に失速し、右側へグラリと傾く。
レインは咄嗟に運転席側のドアを開き、地面へ落下するカイエの腕を掴んだ。
「レイン! ダメ!」
その様子を見たカイエが叫んだ。ワルキューレアーマーを纏った彼女の身体は重く、彼自身も道連れに地面へと引かれる形となる。
しかし、レインは彼女へリボルバーを向けると、腰の辺り、ナギが纏っていた物とと一緒の位置に取り付けられていたパージレバーに向かって引き金を引いた。弾丸は見事に狙った位置に命中し、鉄の鎧はカイエを開放する。
レインは車外に身体を投げ出す形で、カイエの身体に銃を持った右腕を回し、左腕でドアグリップを掴む。
傾き、真下を向いた運転席側の窓にぶら下がる形になった。
「あぶねぇ! 怪我は!?」
「無い……けど……」
レインが声を張り上げると、彼の胸に抱かれたカイエが顔を赤くしながら言う。
その時、鉄が破断するバキッという音と共に、ドアと車体を繋いでいたボルトが一本飛んだ。
「……嘘だろ!?」
歪み、鉄が力で曲げられる嫌な音が頭上で響く。どうやらドアが剥がれるのは時間の問題の様だ。
レインは左手一本で自分とカイエの身体を持ち上げ、身体を振って勢いを付ける。小さく上へ飛び上がり、FJクルーザーの車内へ飛び上がった。
ピラー部分を掴み、窓枠に残っていた窓ガラスの破片が彼の掌を切り裂く。
苦痛の呻き声を漏らし、落下していく黄色いドアを見下ろしながら、レインは言った。
「マックスがブチギレるぞ……」
その時、彼の頭上からレーナの声が掛かる。
「レイン! 後ろ!」
レインはそちらに顔を向ける。
そこに居たのは、バルカン砲の銃口を真っ直ぐにこちらへ向けた、先程とは別の灰色の機体の姿だった。
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