第60話・共同戦線⑨

 浮遊感が襲い、車内二人の身体がゆっくりとシート上で浮き上がる。車体後部が傾き、レインにはゆっくりと下へ沈んでいくように感じられた。


 フロントガラスの先。ヘッドライトが照らしていた地面が、ゆっくりとボンネットの下へ消えて行く。


(あぁ、嫌な感じ)

 

 ハンドルにしがみ付きながら、レインはそう心の中で呟く。パラシュートを背負い航空機の機内から空中へ飛び出すのなぞなんて事は無い彼だったが、昔から絶叫マシン等の類のモノはあまり得意では無い。


 ヘッドライトが上を向き、漆黒の空を映し出す。


「おいこれ――」


 この暗さの中、例の二人は俺達を見つけられるのか? 語尾や口調は違うだろうが、カークはその類の事を言おうとしたはずだ。


 そして、その時だった。


 闇空を割るようなジェットエンジンの高温が響き渡り、航空機に取り付けられる翼端灯の赤と緑の光が見えた。

 赤と緑、赤と緑。合計四つだ。航空機一機に対し、赤と緑の一セットが取り付けられるので、フロントガラス越しに見えた機体は二機となる。


 その二機はレイン達の視線の先で交差すると、重力に引かれ崖下へ落下するFJクルーザーの側面に回り、車体を挟み込むように機動を取った。


 直後、左右から衝撃が走り、車体の屋根が凹むベキベキ、という嫌な音が車内に響く。

 

 それと同時に、重力に逆らったように車体の落下が止まった。


「キャッチ!」

「捕まえた!」


 少女二人の声が響く。レインには聞き覚えのある声だ。


「無事か!? レイン!」

「怪我、ある?」


 声の方向から、右、運転席側に居るのがカイエ、助手席側に居るのがレーナだと判断する。


「何とか死んでない。怪我だらけだけどな」


 レインは右の親指を立てながら言う。


「おいなんだよ、随分親しげじゃねぇか」


 助手席のカークが口を尖らせながら、茶化すように言う。


「まぁ、色々あったもんでな」

「けッ、羨ましいヤツ。こちとら野郎二人ではるばるこんな所まで来たってのに」

「その果てにこれだぞ?」

「なに、終わり良ければ総て良しだ。さっさと帰ろうぜ?」

「言い終わり……なのか?」


 車内二人がくだらない会話と続けている内にも、FJクルーザーはワルキューレ二人に持ち上げられ、ゆっくりと上昇していく。


 しかし、崖上に頭を出したとき、眼前で待ち構えていたのはレオパルド2の砲口だった。


「嘘だろ!?」

「うわ! やべッ!」


 レインとカークは目を見開き、反射的にシートの上で前屈みになる。


「させない!」


 それと同時に、レーナが鋭い声で言った。右手をFJクルーザーの屋根から放し、アーマーに取り付けられた彼女の主兵装、六十ミリのカノン砲をレオパルド2へ向ける。


「レーナ! それじゃ――」


 カイエが言い終わる前に、レーナは引き金を引き、カノン砲が火を放った。爆音がレインとカークを襲う。


 撃発された砲弾は、今まさにチビを食い殺さんとする戦車の砲口から砲身へ侵入し、砲塔内部の弾薬庫に着弾する。

 

 猛獣は断末魔の咆哮を上げ、かつて砲塔があった部分から火を噴き上げて爆発した。


「ブルズアイ!」


 咄嗟に耳を閉じていたレインが叫ぶ。


 その直後、白黒コンビのアーマーが突如警告音を上げた。


「レイン、マズいかも」


 レーナが言う。珍しく、その声には小さく動揺が見えた。


「レイン! 全速力で飛ぶぞ! 敵のワルキューレだ!」

「マジかよ……ッ!」


 そう言われ、レインはドアグリップとハンドルにしがみ付く。そして、カークに警告するために、声を張り上げた。


「カーク! 身構えろ! 急加速するぞ!」


 しかし、カークは先程の砲撃で、耳を塞ぐ暇すらなかった。その上、砲弾が撃発されたのは彼のすぐ左。


 つまり、こうなる。


 

「あ、ダメだこれ」


 その直後、白黒コンビの二人はジェットエンジンをフル回転させ、アフターバーナーの青白い炎を夜空に伸ばしながら、目的地へ飛翔した。





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