パパ(勇者)を殴るために魔法学園を主席卒業したいのに、自称魔王転生者の転校生の面倒をみることになっちゃった。お願いだからもう問題を起こさないで……
うーぱー(ASMR台本作家)
プロローグ 勇者の娘と魔王の転生者は、出会う
第1話 勇者の娘は、自称魔王転生者と出会う
勇者アルトール・キーラライトが魔王アーシュラを倒してから、十五年が過ぎた。魔王討伐後に人類と魔族は和平を結び、手を取り合って戦後の復興と交流に取りくんだ。交流の象徴ともいえる学園都市ヴィーグリーズでは、人間、魔族、エルフ、ドワーフ……様々な種族の子弟が勉学に励んでいる。
都市に五つある学園の一つ、王立サイファングル学園の学園長室に、サーラ・キーラライト学園長と、その娘、中等部三年のミル・キーラライトがいる。
ミルは母親譲りの青銀色の髪を右側頭部で結わえて背中側に垂らしている。その毛先を背中から胸に抱き直してから、小さな体をソファに下ろすと、広いおでこの下にある銀眼を大きく見開いた。
「問題児の転校生?
ママがそんなこと言うなんて珍しいね」
「ママじゃなくて学園長です。
ここには私達しかいないからいいけど……。
市長のことを、友達の前でパパなんて言っていないでしょうね」
二人分の紅茶を用意したサーラが眉をひそめながらミルの正面に座る。
「市長が元勇者で私のパパだってことは、みんな知ってるよ」
「知られることが問題じゃないの。
公の場で、パパやママと呼ぶことが問題なの。
ソレを、親の権力で手に入れたと思われたくはないでしょ?」
学園長はソファに立てかけてある武器に視線を送る。かつて、魔王討伐時にサーラが装備していた魔剣デュランダルだ。現在は娘のミルが所有している。学園都市では全学園統一の中間試験と期末試験を実施して、成績優秀者に勇者武器の所有権を与えている。
「模擬戦で挑戦者を返り討ちにする度に、
親の七光りだって風評は減ってきているよ。
で、問題児って?」
魔剣の所有権争いではあまり良い思い出がないので、ミルは話を戻す。サーラは紅茶を口にしてから、僅かに言い淀む。
「その……。人間なんだけどね……。
自分のことを魔王の生まれ変わりだって言うのよ」
「中二病か。
うちのクラスにも三人くらいいるよ、自称魔王」
「違うのよ。その、ね……。
本物かも――」
「ママどうしたの?」
急にサーラが目を細めてドアに視線を向けたので、反射的にミルもつられる。 直後、ドゴンッと外から殴りつけたような硬い音。
「えっ?!」
弾かれたようにミルは魔剣の鞘を取って立ち上がると、いつでも抜剣できるように構え、侵入者に備える。外からの音はさらに続く。
ドゴンッ、ドゴッ――バキイッ。
ドア中央のやや下に穴が空き、小さな拳が突きでてきた。
「ママ、下がって」
視線はドアに向けたまま、ミルはサーラを庇える位置に移動する。
(勇者パーティーにいたママを恨んでいる魔族の襲撃?)
息を止めて注視する先で、ドア穴から拳がゆっくりと外に戻っていく。そして、数秒の静寂。
(突入してこない?)
ミルが額に汗を浮かばせていると、ドアの向こうからお気楽な声が聞こえてくる。
「む。ノックをしたのに、入室を促す返事がないぞ。
ヴリトラよ、我は人間共のマナーとやらを何か間違えたか?」
「力が足りなかったのではないでしょうか。
アーシュラ様、私にお任せください。
えいっ」
ゴパアアアアアアアアアアアアアアアアンッ。
轟音と共にドアが粉砕し、破片が散弾のように飛び散る。ミルは咄嗟に身を引いて回避、サーラはテーブルを立てて身を隠した。
「ちょっと、なに!」
ミルが抜剣し切っ先を向ける先にいるのは、小柄な二人。
「畏服せよ。
我が、明日から中等部三年に転入する魔王アーシュラだ」
不遜な口調の少年が八重歯をむき出しにして笑う。ツンツン黒髪に黒目の人間だ。初等部と見紛うほど背は低いのに腕を組んでふんぞり返っている。
その隣には一目で魔族と分かる、角が生えたピンク髪の少女。じと目で無表情。少年より身長は僅かに低い。は虫類のような鱗付き尻尾が揺れている。
ミルはちん入者に攻撃の意思はないと判断し、剣から手を離して構えを解く。そして、溜め息を強調して、サーラに尋ねる。
「ママ、この生意気そうな子が魔王って名乗ったけど、これ?」
「これよ」
サーラは肩をすくめ、盾代わりにしたテーブルから顔だけ出して、ちん入者達を見つめる。
「アーシュラ様、手が擦りむいておられです」
「この程度、放っておけば治る」
「人間の体は脆弱です。傷口からばい菌が入ってしまっては大変です」
ヴリトラが跪きアーシュラの手を取ると、傷口に舌を這わせる。
「えっと……。
ママ、話と違って二人いるけど?」
「女の子の方は聞いていないわ。
でも、二人に常識を教えてあげて……」
「パス」
「キーラライトさん。貴方に特殊課題を与えます。
彼等が卒業できるように面倒を見るのです。
くれぐれも彼等が問題を起こさないように、
貴方の班に入れて、しっかりとフォローしてあげるように。
いいですね。
貴方も留年したくなければ、課題で良い成績を残すように」
「え、ずるい! 職権乱用!」
ミルが抗議するとサーラは子供っぽい仕草で両耳を押さえて無視を決め込む。ミルはもう、取り付く島がないことを悟らざるをえない。ミルは中等部を首席で卒業したいから、課題をこなすしかない。
(首席で卒業すれば高等部の入学式で、生徒代表として壇上に立てる。
そうしたら、祝辞を述べに来たパパをひっぱたける!)
それが、ミルが学園都市に通う理由である。誕生日にすら会いに来てくれなかった父親を叩くには、首席卒業するしかない。
「仕方がないか。
うちの班、三人だからあと二人くらい欲しかったところだし」
ミルは髪や服についた埃を払い、アーシュラの前に向かう。
「初めまして。私はミル・キーラライト。
貴方が所属する魔法剣士課程一班の班長よ」
ドアをぶち破る非常識人とはいえ、さすがに握手は知っているらしく、ミルが手を出したらアーシュラは応じた。ちいさいけれど男の子らしく、硬い掌だ。
「我は魔王アーシュラだ。
美しい青銀色の髪の娘よ、気に入ったぞ。
我に尽くすことを許そう」
「ど、どうも」
上から目線の生意気発言ではあったが、ミルは髪を褒められたので悪い気はしなかった。
「貴方もよろしくね?」
ミルはヴリトラにも握手を求めるが、反応はない。
「んー?」
「ヴリトラよ。
貴様も学園都市に来た以上は人間と友好にせよ」
「アーシュラ様がそう仰るなら……。
矮小なる人の子よ、魔王様の
「き、きんぶ? ははっ……こっちも中二か」
ミルはヴリトラの言葉を理解できなかったが、とりあえず握手しておいた。ヴリトラの小さな手はひんやりしている。
「じゃあ、アック行って歓迎会してあげる」
「アック? ヴリトラ、分かるか?」
「ハンバーガーショップですね」
「じゃ、キーラライト学園長、失礼しました」
ミルは普段の癖でドアを閉じようとするが、そこにあるべき物は木片と化して室内に散らばっている。長居するとドアの修理を命じられそうなので、ミルは足早に学園長室を離れた。
それから魔法剣士課程一班の他のメンバーと合流し、ハンバーガーショップ・アクマナルドへと向かった。そこでさっそく騒動を起こし、アクマナルドを爆破、消滅させ、退室から一時間で再び学園長室に呼びだされて怒られることになる。
しかし、アック爆破事件はアーシュラが巻き起こす騒動の序章に過ぎない。僅か一ヶ月後にはアックどころか、学園都市に消滅の危機すら招いてしまう。ミルはアーシュラの、真の問題児っぷりを、まだ知らない。
◇ あとがき
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