2-8

 きっと管理人の有理さんが、俺たちを駅まで送るために用意してくれた車がやってきたのだろう。


 そう考えて、俺は残っていたクッキーを全部口に放り込んで、バリバリと噛み砕いた。

 ちょっと名残惜しいけれど、ここを去る準備をしなくては。



 「おい、江蓮、行儀が悪いぞ、散らかすんじゃねえ」



 犬彦さんは俺をたしなめながら、静かにティーカップをソーサーへと戻した。


 よっし! 静岡へ行っくぞぉぉー!


 いきおいソファから立ち上がったそのとき、玄関の呼び出しベルの音が響いたので、俺と犬彦さんは思わず顔を見合わせた。


 管理人さんが、俺たちを呼ぶためにベルを鳴らすとは考えにくい。ということは来客だろうか。

 ベルが二回鳴ったあとで、まもなく玄関扉が開く音がした。

 その後に、誰かを呼ぶような人の声がする。


 ちらりと犬彦さんを見ると、無言のままでも、その目は「江蓮、お前ちょっと行ってこい」と命じていたので、俺は静かに談話室を出た。


 まあ、そうだよな。


 管理人の有理さんが不在で、来客の対応ができないのは、遭難者の俺たちが迷惑をかけているからだ。

 代わりに様子を見に行くのは当たり前だろう。


 少し廊下を歩くと、すぐに玄関ホールにたどり着いた。

 観音扉の脇に、若い女性がひとり立っている。



 「あら、こんにちは」



 「ど、どーも」



 とりあえず、へらっと笑ってみる。

 女性もにっこりと微笑んでくれた。



 「はじめましてよね、あなた、おじさまのお知り合い? それとも使用人の方とか?」



 「えっと、俺はですね、その…」



 なんと言ったらいいのだろう。

 ひとことで説明するなら、山越えに失敗した遭難者だけど…、初対面の人にする自己紹介にしては間抜けすぎる。

 

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