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今年の夏休み、犬彦さんは休みらしい休みを取ることができなかった。
普段から仕事で忙しい犬彦さんだから、仕方のないことだ。
俺は俺で、自由気ままに高校一年の夏休みを友人たちと心ゆくまで、しっかりと楽しんだし全然かまわないのに、夏休みのあいだ、俺をどこにも遊びに連れて行くことができなかったことを犬彦さんは気にしていたらしい。
「九月の三連休は旅行に行くぞ」
夏休みもとうとう終わろうかという八月最後の日、夕飯時に、俺の作った茄子の煮浸しを食っているとき、いきなり犬彦さんはそう宣言した。
とにかく犬彦さんは前触れなく何かを始めることが多い。
それは言葉にされたとき、俺たちにとっての決定事項になっている。
「どこに行きましょうか?」
夏休みが終わる。
そして退屈な授業を受けるため、学校に通うという惰性的な日々が戻ってくる。
これが高校生にとって、どれほどの絶望かおわかりいただけるだろうか?
けれどそんな憂鬱な気分が、犬彦さんの旅行計画によって一気に吹き飛んだ。
突然のイベントに顔がにやけてくる。
箸を持つ手を止めて、そわそわと犬彦さんを見た。
高校生の俺と、会社員の犬彦さん。
同じ家に住んでいても、顔を合わせる時間は少ない。
お互い朝は早いし、犬彦さんにいたっては夜の帰宅も遅い。
下手をすればすれ違いで、何日も直接話せないことだってある。
そんな犬彦さんと三日間旅行にいけるのだ、テンションが上がらずにはいられない。
でもそれ以上に嬉しかったのは、犬彦さんの俺に対する心遣いだった。
無愛想なうえに目つきも鋭く、さらに口も悪い犬彦さんは誤解をされやすいが、とても優しい人だ。
きっと九月に三日間の休みを取るのも、重要職に就いている犬彦さんにとっては大変だったはずだ。
それなのに無理をして休みを取ったのは、一般的な家庭の中で暮らしているクラスメイトたちと比べて、俺に引け目を感じさせたくないと思ったからに違いない。
俺自身はそんなこと一度だって感じたことはないのに、そういったことを犬彦さんはすごく気にしている節がある。
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