第137話 1ヶ月
「ふぅ……。俺もだけど、分身達のエイム力も何とかしないとな」
分身達と俺の3人による即死攻撃でなんとかマジックキャンセラースライムを一掃する事が出来た。
ただ、急所への命中率が良くなかった所為で体はヘトヘト。
ただでさえここまで必死に走って戻ってきたっていうのに……あー今家に戻ったら風呂も入らずそのまま寝てしまいそう。
というよりもう――
パチパチ……。
パチパチパチパチパチパチパチパチッ!!
「ありがとうございます!! 私もう駄目かと思いました!!」
身体を脱力させようとした瞬間、小さい拍手が起きた。
その拍手は次第に大きくなり、気付けば受付嬢が俺の手をぎゅっと掴んでいる。
「えっと、なにこれ?」
まるで英雄でも見るような視線、大きな拍手。
ここまで大袈裟にされるとなんだか恥ずかしいんだけど。
「はははははははははっ!! いいところ全部持ってかれちゃったか。じゃあ俺は退散退散」
一色虹一は俺の背中を叩いて笑うと、ひっそりとその場を後にした、というか逃げた?
「みなさんっ!! 賛辞を贈るのは後でお願いしますわ! 今は怪我人が第一ですわよ!」
桜井さんの一声で周りの人達ははっと表情を変えた。
救急車を呼ぶ人、傷の治療をする人、ダンジョンの入り口を封鎖する人。
この場所とダンジョンで起きた事件の幕が急速に閉じていく。
「桜井さん。ありがとうございます。それでえっと、お願いあるんですけど……」
「な、なんですの? 私達が助けに向かったのはその、白石さんが心配だったっていうのもありますけど、そ、それ以上に――」
「すみ、ません。少しだけ、寝かせ、てください」
「え?」
俺は後の事を全て桜井さんに押し付けて、睡魔に身を委ねるのだった。
◇
『探索者白石輝明さんが史上最速でA級へ昇級、しかもいきなりA級8位という事ですがこれについてどう思われますか?』
『ダンジョンから地上にモンスターが溢れ出るというのは、ダンジョンが現れてから3年、1度もなかった緊急事態でした。それをほぼ1人で解決してしまうというのは実績として素晴らしい。それに、ダンジョン【スライム】での事件ではS級探索者の殆どがモンスターに苦戦、その結果病院送りとなっています。そんな中当時B級だった白石さんは最前線で戦っていたと聞きます。A級への昇級は当たり前でしょう。なんなら私はS級への昇級も……』
『いや、そこは流石にS級探索者達のメンツというものがありますから。ぽっとでの探索者にいきなり地位を抜かれたとなれば、やる気をそがれる探索者も少なくないのでは?』
『そんな事ばかり考えていては本当に実力のある人がそれに見合う環境と報酬を受け取れ――』
あれから1ヶ月。
ニュースでは俺があの一件でA級探索者に昇級した事が度々取り上げられていた。
というのも、今回はあの場にいた人達による熱い推薦と映像記録の内容によって上の人達が折れ、俺の大幅な昇級が決まったからだ。
これは異例中の異例。
それを聞きつけたテレビ局は俺を次のS級探索者候補として取り上げる事もあり、街を歩けば誰かしらに声を掛けられるという状況となってしまった。
「すっかり人気者だね兄さん」
「人気というより、物珍しい物を見たいってだけさ。はぁ。次はどこのダンジョンへ? って質問をされると、なんか急かされる気持ちにもなるし」
「でも、今日も行くんでしょ?」
「ああ。いつ目を覚ますか分からないから。灰人は今日も桜井さんと?」
「そう。ここのところ毎日毎日レベル上げだよ。たまには休みも欲しいんだけど……桜井さんのやる気が凄くってさ」
「そっか。じゃあ俺は先に出るから」
「うん。行ってらっしゃい」
灰人に見送られて俺は外へ出た。
一色虹一がしばらく顔を出さなくなっても灰人達はレベル上げに勤しんでいるらしい。
レベル上げの場所は、ダンジョン『スライム』と繋がっていた場所らしい。
なんでもあの日あの時灰人達が急に現れたのは、一色虹一の持つ魔法紙によって移動した場所がダンジョン『スライム』の別の入り口と繋がっていたからだというのだが、そもそもその場所がどのダンジョンの何階層なのかもわからないし、そこに行く事が出来るのは一色虹一と一度その場に訪れた事のある人達だけ。
魔法紙には一度入ったダンジョンへ移動出来るというものが恐ろしく高い値段で販売されていて、しかもその効果は初めに入った場所への移動。
つまりはダンジョンの1階層に並ばずして入ることが出来るという割としょうもない魔法紙が製造コストが高いというだけで悪戯に高額で販売されているという事だ。
普通こんなものを買う人はいないし使いもしないのだが……まさか灰人達みたいな人達が居て、その中にそれを買う事に躊躇いのない人間がいるなんて販売側は思いもしなかっただろうな。
「着いた、か」
家を出てから数十分。
俺は探索者協会の持つ病院を下から眺めた。
あの日から俺はここに通い詰めている。
いつ目を覚ますと分からない椿紅姉さんに声を掛ける為に。
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