第120話 『時の剥奪者』
「大体1時間くらいかな? ポーションも尽きたみたいだし、諦めた方が痛い思いもしないんだけど……」
「誰が諦め――」
バンッ!
強烈な爆発音。
爆発は俺の右足付近で起きたみたいだが、不思議とそこまで痛くない。
あれ本当だったんだな。格闘家がアドレナリンが出て痛みを感じないってやつ。
「白石さん!!」
思う様に動かない脚。
それでもこの1時間は立つ為の支えとしては機能していた。
だけど、もう俺の脚はその機能すらないみたいだ。
「猩々緋さん……」
猩々緋さんが大声を上げながらこっちに近づいて来る。
しかし、それを狙う様にスライムに寄生された探索隊の人達が次々とスキルを発動させてゆく。
爆発、竜巻、雷などの遠距離スキルに攻撃力増加の自己バフや、武器への属性エンチャント。
探索者の中でもトップの人達は本当にスキルが豊富で強い。
それに、寄生されているとはいえ戦闘の仕方などは体が覚えているのだろう。相手に攻撃を与える為の立ち回り方や次の行動につながる回避の仕方は素晴らしいものがある。
まぁ、敵になったらそのどれもがただただ厄介でしかないけど。
「くっ! 反撃防壁(リフレクションバリア)」
猩々緋さんは俺に背を向ける形で防御スキルを発動させた。
現れたバリアは瞬く間にヒビが入り、早くも崩壊寸前。
ただ、バリアの効果で攻撃が跳ね返り、それが探索隊の人達を襲う。
こっちに歩み寄っていた探索隊の人達は案の定ダメージはないようだが、少し様子を見る為に1度後退してくれた。
とはいえ、こちらが不利な状況は変わらない。
小紫が言う様にポーションも使い果たした。逃げる事も出来ない。
これは流石にゲームセット、か。
「白石さん、聞いてください」
諦めて俯いていると、猩々緋さんが真剣な口調で口を開いた。
猩々緋さんと言えどこの状況を打破するのは不可能。きっとその口から出てくるのは別れの言葉だろう。
「私のHPとMPはもう殆どありません」
「……はい」
やっぱり、別れの言葉――
「今のHPなら白石さんに『グレイス』を使っても過剰にHPを回復させることはないでしょう」
「えっ?」
「これを渡しておきます。HPが回復したら、何とか小紫の後ろにある階段まで白石さんは突っ走って下さい。道は……私が作ります」
猩々緋さんが取り出したのは帰還の魔法紙。
まさか、この人。
「俺は自己犠牲がかっこいいとは思いません」
「私もそう思います。ただ、さっきも言いましたがメタル系の敵と戦えるのは白石さんと……多分あいつくらい。ここで白石さんを失えば本当に終わりです。いいからここは私のいう事を聞いてください」
「……猩々緋さん」
「『グレイス』!!」
猩々緋さんは俺の肩に手を当てるとスキルを発動させた。
身体に生気がみなぎる。爆発によって動かなくなった脚も動く。
高熱が出た時のような体の倦怠感があるものの、さっきよりかは体の言う事もきく。
これなら全力疾走は出来なくても、ある程度走る事が出来そうだ。
「はぁ、はぁ、はぁはぁ……チャンスは、1度切り。いき、ます」
猩々緋さんが祈る時の様に手を組む。
すると、探索者達が慌てるように攻撃を放とうとする。
「何をしようとしているのかは分かりませんが、すべて無――」
「『時の剥奪者』!!」
小紫の言葉を遮ってスキルが発動されると探索隊の人達や小紫の動きが著しく鈍くなった。まるでスローモーション再生されてる映像でも見ているよう。
相手の動きに対して自分の体は普通に動いているように見える。
自分の動体視力が高くなったというわけではない。
「猩々緋さん! すご――」
どさっ!
スキルを使った猩々緋さんに声を掛けた瞬間、猩々緋さんの体が地面に落ちた。
俺はそんな猩々緋さんを案じて、近づく。
「猩々緋さん大丈――」
「いけっ!! 早、くっ!! 時間、時間は、限られてる!!」
差し伸べようとした俺の手を猩々緋さんははたき落とし落とした。
その力は弱々しい。それに猩々緋さんの見た目が……。
白い髪に額に薄っすら浮かんだ皺。多分このスキルは……。
「くっ!」
「そう、それでい、いんです」
猩々緋さんの覚悟に報いるべく俺は走った。
早く、早く、階段へ。
『瞬脚』! 『瞬脚』! 『瞬脚』!
「ふぅ、まさかこんなスキルがあるなんて……。他より耐性が高くても、回復にここまで時間が掛かるなんてね」
「……小紫」
「ふふふ、捕まえた」
走り去ろうとした俺の肩に置かれた小紫の手。
そして、小紫の一部が溶けるように落ち、俺の脚にへばりつく。
動けない。『瞬脚』も効果が無い。完全に捕まってしまったようだ。
「ごめん、猩々緋さん」
謝罪し絶望しながら天を仰ぐ。
ドサッ!!
その時唐突に頭上から岩や土が大量に落ちてきた。
そして、聞き覚えのある声が3つ聞こえてくるのだった。
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