第117話 叶わない贖罪
「はぁはぁ、んっ、はぁ……」
俺は呼吸を乱しながら刀を拾い上げると、正面に見える椿紅姉さんに刃先を向けた。
椿紅姉さんの姿はレッドメタリックスライムに浸食され始めている所為か、肌の一部がレッドメタリックスライムと同じ色に変色し始めている。
HPの表示も視認出来ているし、体の特徴も既にレッドメタリックスライムと同じになっているだろう。だとしたらやはり急所を突くしかない。
どうしても震えてしまう手にぎゅっと力を入れて急所の黒い点がある右胸に狙いを定め、一歩踏み込む。
「ア、リガトウ……」
「!?」
俺の刀を向ける姿を見た椿紅姉さんは声を絞りながら感謝の言葉を綴ると、一滴の涙を零した。
「あ、あ、あ……。なんで……。嫌だ嫌だ嫌だよっ!!」
その瞬間を捉えてしまった俺は、せり上がってくるやるせなさに耐え切れなくなり、ぎゅっと目を瞑りながら気持ちを吐き出した。
「モ、ウ……。ダ、メ」
「!?」
そうこうしているうちに椿紅姉さんが拳を振り上げながらぎこちなく駆け出す。
椿紅姉さんの動きはぎこちないとはいえ動揺する俺にとっては凄まじく速く感じた。
だから……。
ドス。
俺は刀を下ろす事も、突き出す事も出来なかった。
ただ、気付けば覚悟の籠っていないその刃は、吸い込まれるように急所を貫き、鈍い音を立てていた。
「カワシタ、ハズ……。ウゴキ、ヨマレタ?」
動揺した俺は無意識に刀を少しだけ左に逸らしていたらしい。
手には嫌な感触だけが残り、俺はその感触に耐え切れず急いで刀から手を離した。
刀が刺さった事によってレッドメタリックスライムに乗っ取られた椿紅姉さんのHPは大幅に減り、今もなお持続して減り続けている。
「俺……。俺……。椿紅姉さんを……」
俺は膝から崩れ落ちながら天を仰いだ。
「クッ……ヨコセッ!! オマエノイノチッ!!!」
「え?」
まだ動く事が出来たのかレッドメタリックスライムは椿紅姉さんの体のまま襲いかかってきた。
それは例えるなら肉食獣が草食獣を喰らう時のような獰猛な顔つき。
確かメタル系のスライムは仲間を喰う事で回復が出来た。どうやら俺を喰らう事でHPの回復を狙っているようだ。
本当ならこれは絶対に回避しなくてはいけない場面。
だけど、今は体が放心状態で言う事を聞かない。
いや、そうでなくても俺はこいつに食われることを選んだはず。
俺は椿紅姉さんを助けられず、しかも椿紅姉さんが作ってくれた機会を最後の最後で無駄にしてしまった。
だからその贖罪としてこいつに食われて死んでしまっても構わない。
「……。あれ?」
喰われる覚悟で瞑っていた目。
しかし俺はなかなか襲ってこない痛みや違和感に違和感を感じ、目を開いた。
「グッ、ウッ……」
眼前には何かを喉に詰まらせたような素振りを見せるレッドメタリックスライムの姿。
気付かなかっただけで、俺はどこかの部位を喰われたのか?
だとしても痛みがないのはおかし――
「『回避の加護』が、ない」
レッドメタリックスライムが食ったのは俺の『回避の加護』だったらしい。
こんなものまでこいつは捕食出来るのか。
というか、俺の身体がふらつきすぎた所為でいつの間にか相手の捕食行為を回避していたのか。
まぁ、だからといって俺の体が動かないという事実に変化はない。
命の期限が十数秒増えただけ……。
「コンドコソ!!!」
「……」
「ナッ!?」
再び襲いかかってきたレッドメタリックスライム。
俺は無防備のまま今度はしっかりと目を開いてそれを受け入れようとした。
しかし、またもや捕食行為は失敗に終わった。
俺とレッドメタリックスライムの間にはいつの間にか俺のもう一体の分身が割って入り、その拳を振り上げていたのだ。
しかも分身の拳はレッドメタリックスライムの急所目掛けて真っ直ぐ伸びていく。
流石に今のレッドメタリックスライムのHPでこれは耐えられない。
俺は食われることで罪を償う事も許されないのか?
「さよなら椿紅姉さ――」
せめて最後に別れの言葉だけでもと思い口を開いた。
だがその言葉が言い終わる直前、椿紅姉さんの体から白く鈍い光を放つレッドメタリックスライムが吐き出され、どこかに消えた。
「これって……」
目の前で起きた出来事を理解する為に俺は頭をフル回転させ、そして……。
「『回避の加護』が、レッドメタリックスライムだけに作用した、のか?」
1つの仮説を立てたのだった。
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