第92話 『グレイス』
パンッ!! ビチャッ!!
「胴体でも駄目ですか……」
猩々緋さんは何度も頭を破裂させるが、その度にギドラスライムは再生する。
しかも仲間のスライムを呼び、喰うという行為を止めようとはしない。
スライムを喰えば喰うほどギドラスライムの体は大きくなり、手や足もバンプアップされたかのように太くなる。
スライムを喰うことでHPの回復と自己の強化を同時に行っているのだろう。
早めに倒さなければ、ギドラスライムは強くなる一方だ。
「ふぅ、仕方ありませんね。あんまりMP消費の多いスキルは使いたくないんですけど……」
猩々緋さんはふうっと息を吐くと、渋々といった様子で右手をギドラスライムに向け翳した。
「『グレイス』」
猩々緋さんがスキル名を呟くと右手に緑色の薄ぼんやりとした光が灯った。
それと同時にギドラスライムの3つの頭と胴体にも同じ光が灯りだす。
その光からはどこか温かみを感じる。
攻撃スキルとは思えない。
むしろ回復スキルに近い感じだ。
「うが……」
ギドラスライムは痛みを感じるどころか、顔に英気が蘇っているように見える。
「……。さて、あなたはどれくらい私を受け止めてくれますか?」
猩々緋さんは意味深な言葉を溢すと、右手に力を込めた。
すると、光は少し鮮明になり、ギドラスライムの体が少しだけ膨らみだした。
「う、る、うぼえぇえぇぇぇぇ」
ギドラスライムは先程までとは一変して、表情を濁らして嗚咽を漏らしだす。
例えるなら飲み過ぎて吐いてしまう前のサラリーマン。
「ふふ、結構容量があるみたいですね。これは期待出来るかも……」
光が更に強く輝く。
それに比例して膨らむギドラスライム。
口からはさっきまで食べていたスライムが漏れ出し、今にも破裂寸前といった状態だ。
一体このスキルはなんなんだ。
「う、がぁ、あああっぶぁ!!!」
パンッ!!!
空気を入れ過ぎた風船の如く遂にギドラスライムの頭と胴体が一度に弾け飛んだ。
弾け飛んで散った肉片は、動くことなく消えていく。
再生のスキルは一度に全てを破裂させられると発動出来ないものだったらしい。
「残念。あなたも私を受け止めきれる器ではなかったようです」
何故か残念そうな猩々緋さん。
俺はそんな猩々緋さんの元に移動すると、早速スキルについて質問をぶつける。
「猩々緋さん、今の攻撃スキルは……」
「攻撃? 私の使ったスキルは回復スキルですよ」
「え?」
まさかの答えに素っ頓狂な声が出た。
今のが攻撃スキルじゃない? いや、確かに攻撃スキルの感じはしなかったが。
「『グレイス』は私のHPとMPの10分の1を相手に譲渡するスキル。でも、私の持つHPとMPの量が多い所為で相手の許容量を大きく上回って……こうして破裂してしまったというわけです」
10の1のHPとMPを譲渡しただけ?
この人のHPとMP量はどうなっているんだ。
「本当は本来の回復や仲間のHPとMPの上限を増やす為に使いたいんですけどね。その目的で使えたのは今のところたった1人だけなんですよ」
「1人。それってS級1位――」
「あっ! あそこにシルバースライムが!」
「えっ! あっ!」
急いで構えをとるが、シルバースライムは俺が目を向けると既に逃走を始めていた。
シルバースライムの逃げる速さは異常。流石に今から追いかけるのは無理だ。
「はは、行っちゃいましたね」
「すみません。でもさっきのスキルを使えばメタル系でも――」
「いいえ。あの手のモンスターはHPの上限拡張に制限がないみたいなんですよね」
「そうなんですか」
「はい。そんな事より早く先に進みましょう。この階層であれだけのモンスターが出るなら100階層、それ以上の深層はS級を含む探索隊でもきついでしょうから」
なんだか話を逸らされた気がしたが、俺は猩々緋さんの言葉に頷き再び階段を下っていくのだった。
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