第79話 猩々緋

「はぁ、はぁ、んっ、はぁはぁ、くそ、遅延で時間が……」


 時刻が15時を少し過ぎた。

 大慌てで病院を抜け出し、支度をしてきたが直前になって電車が遅延。


 結果、時間に間に合わず、探索隊は既にダンジョン【スライム】へ侵入してしまったようだ。

 ダンジョン【スライム】のあるこのビルにそれらしい団体はどこにも見当たらないのだから。


「あ、あの!!」

「は、はい、いかがなさいましたか?」

「探索隊……S級探索者の団体が来ませんでしたか? その、来てたらどのくらい前に入っていったか教えてもらえると嬉しいんですけど」


 俺はここまで駆けてきたせいで荒くなった息をそのままに、ダンジョン入口の受付の女性に問いかけた。

 俺の表情や息遣いに受付嬢は若干顔を引き攣られていたが、今はそんな事を気に掛けている場合じゃない。


「えーっと、15分位前に――」

「それなら間に合うっ! 直ぐに俺もダンジョンへ向かいます!」

「かしこまりました。ただ、ちょっと時間を空けた方が……他の探索者さん達もそうされているみたいですし」


 俺は受付のお姉さんの言葉を聞き、周りを見渡した。

 確かにいつもと違い、入り口に人の様子が殆どない。


「えっと、あれだけの実力者の方達がダンジョンに入った後だとモンスターがしばらくいない状態になっている事が多いのでそれで、だと思います」

「モンスターが……。でもだったらその方が追いつけるかも……」


 道中のモンスターを気にする必要が無ければ、こっちの方が圧倒的に速い。

 なんなら急がなくても難無く追いつけるかもしれない。


「これ、探索者証です!」

「は、はい! 確認致しました! どうぞ行ってらっしゃいま――」


 俺は慌てて受付の女性に探索者証を提示すると、そのまま駆け足でダンジョンに向かうのだが……。



「はぁ、はぁ、全然追いつけない……。15分。15分でこんなに差が開くなんておかしいだろ……」


 ダンジョン【スライム】39階層。

 ここまでモンスターとの遭遇無し。ボスも全て倒されていて、障害は全くなかった。

 それだというのに、ここまで探索隊に合流出来ないなんておかしすぎる。


「ステータス……敏捷がS級A級の探索者とそこまで差があるのか」


 職業による補正があるにも関わらずこれだとは流石に思っていなかった。

 それだけにこの事実はどうしても凹む。


「40階層以降の侵入は、たぶん俺1人で突っ込めないようにしてるだろうし……。いや、とにかく今は急ごう」


 条件の提示があっただけに、俺が1人だけでは侵入出来ないように何かしらの手立てがされている、もしくは通常の侵入規制の魔法紙に上書きされている可能性はあるが、ここまで来て引き下がるなんて出来るはずもない。


 俺は階段を一段抜かしで駆け下りる。すると



「ごがぁあああぁぁああ!!」



 40階層から聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。


「よし!! 追いついたっ!!」


 ボスと戦闘中。

 という事はこの先に探索隊がいるという事。


 俺は気持ちを逸らせながら40階層に足を踏み入れた。


「おや? まさか本当に来るとは……。橙谷さんの言ってた通り……いや、こんなに早くに来るのは橙谷さんの発言よりも遙か上ですね」


 40階層に居たのは1人の青年。

 それに、その横にはミニドラゴンスライムの鳴き声が聞こえる赤黒い大きめの不気味なアイアンメイデン。


「あの、あなたは……。それに探索隊の人達は……」

「合流する為の条件が整っている事は周知済み。ですが、上は君の実力不足を懸念しています。勿論私もB級に成りたてのあなたを信用していません」

「えっと……」

「ですから早々にあなたがここを通れないよう細工をするはずだったんですけど……。橙谷さんがあんまりにしつこいので特別に機会を設ける事にしたんです」

「機会?」

「ええ。半日以内にここに姿を現し、私にあなたがこの探索に有用な存在だと示せれば合流を許すという機会をね。これは上の意思に背く行動になるんですけど、私の我儘という事なら上も納得いくでしょう」


 青年は顎に手を当てながら余裕の表情を見せる。


「おおっと、自己紹介がまだでしたね。私は猩々緋芽(しょうじょうひいぶき)、S級2位の探索者です」

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