第78話 夢

「タスケ、テ……。ズキズキ、グルグル、フラフラ。カラダカッテニウゴク。コレ、ジブン、チガウ。マダ、シニタクナイ、シネナイ」


 聞き覚えのある声。

 後ろ向きであってもその綺麗で長い髪と声質でその人物が誰なのか分かってしまう。


「椿紅姉さんっ!」


 俺は叫びながら目の前にいる椿紅姉さんの手を握った。

 人とは思えない程冷えた手。

 


 その手は小刻みに震えながらも俺の手をそっと握り返してくれる。



「椿紅姉さん……。待ってて、いま、今助けるか――」

「オマエ、ウマソウダナ」



 くるりと振り向く椿紅姉さん。

 その顔は深く覆いかぶさる兜のようなものでほとんど見えないが、嬉しそうに口角が上がっている事だけは分かった。


「美味そうって……。俺だよ! テル、ほらっ、子供の時に一緒に遊んで――」

「ウ、ウウ、ウルサイッ!! ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイッ!! コロス、オマエコロシテ、クウッ!!」


 俺が話し掛けると椿紅姉さんは一転して辛そうな声を漏らしながら絶叫し始めた。


「落ち着いて椿紅姉さんっ!!」

「ウルサイッ!」


 椿紅姉さんは俺の手を振り払うと、その長い足でけりを繰り出してきた。

 蹴りは腹を掠めただけだったが、俺の身体を簡単に吹っ飛ばした。


「くっ! 飲まれちゃ駄目だ、椿紅姉さん……。あの時の強くて、優しい椿紅姉さんに戻って……」

「ツヨイ? ヤサシイ? ……。チガウ。ジブンハヨワイ。ソレニ……アアアアァァァァアアッ!!」


 椿紅姉さんは何かを言いかけようとしたが、自我を封じられて再び俺に攻撃を仕掛けてきた。


「くっ! 戦うしか……」


 俺はアイテム欄からジャマダハルを取り出し、『透視』を使った。

 以前見たときと違い、全身に見える黒色の点がいくつも散らばって見える。


 これは『透視』のスキルレベルが上がったからなのだろうか?


「とにかく、こっちも攻撃するしか……」


 俺はその散らばっている黒い点の1つに狙いを定めてジャマダハルの刃先を向けた。

 だが……。


「攻撃? 俺が椿紅姉さんを?」


 手は一向に動かない。それどころか体が硬直してしまって、その場から動くのも難しい。


「ウァァァァアアッ!!」

「くっ!! 『瞬きゃ――』」


 慌てて『瞬脚』を発動させようとしたものの、時すでに遅し。

 

 椿紅姉さんは俺を両腕で抱き、完全に動きを封じてきたのだ。


「イタダキマス」

「う、いや、嫌だ! 椿紅姉さ――」


 椿紅姉さんの歯が首に当たると、そのまま俺の首の肉を引き千切ろうとする。


「や、あぁぁぁああああぁぁあああ!!」


 俺は自分が食われる恐怖に震えながら悲鳴を上げ、咄嗟に目を瞑った。



「あぁああああっ!! ……。え?」


 叫び声を上げてからしばらくしても全く痛みが襲ってこない。

 不思議に思った俺は恐る恐るその目を開いた。


「だ、大丈夫ですの!?」


 すると、目の前には心配そうな表情で顔を近づける桜井さん。

 独特な匂いと高い天井。

 どうやらここは病院のようだ。


 そうか、今のは夢……。


「桜井さん、俺……」

「過労と寝不足で搬送ですわ。灰人に程々にするようにと言われたはずですわよね?」

「えっと、はい。すみません。それで、その、俺のスマホを知りませんか?」

「はぁ……。それなら灰人がそこの充電器で――」


 俺は桜井さんが指差した先に置いてあった自分のスマホを慌てて手に取った。


「……マジか」

「かなり長い間寝てましたが、まだ身体は全快ではないですわ。しばらくは安静に……」

「すみません!! 俺、急用がっ!!」

「えっ!? ちょっと!!」


 俺はスマホに映し出された日付と、大量のメールを確認するとすぐさまベッドから起き上がり、素早く身支度をしてその場を後にするのだった。



-----------------------------------


from:橙谷さん


to:白石輝明


 ダンジョン【スライム】で小紫の捕獲、椿紅帆波の救出を目的とした探索を本日の午後15時より決行予定だ。

 白石君が折角B級に上がって、今回の作戦への同行が探索者協会より正式に許可されたから、回復まで待ってくれと相談したんだが、S級の奴らに小紫を捉えるだけなら我々だけでも問題ないとか、待つのは面倒とか、時間が勿体ないとか言われ反対されてな……すまん。

 今回の探索の結果によっては今後一切ダンジョン【スライム】は侵入不可になる可能性があり、椿紅帆波も見捨てられることになるかもしれん。

 もちろん今回のような探索が行われる事も無くなるだろう。

 出来るだけの事はするつもりだが、最悪の場合もあると念頭に入れておいて欲しい。



 本当にすまない。

-----------------------------------


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る