第13話 恐怖を教え込む

「え、ええっと、まだ痛みがぁ、と、取り敢えずポーションをぉ」


 俺はぐいぐい来る桜井さんの質問から逃れる為にわざとらしく腕を抑えポーションを取り出そうとした。

 

「回復でしたら……『ヒール』ですわ」


 すると桜井さんは、質問攻めを止めてまたスキルを発動した。

 俺の身体が今度は濃い目の緑色の光で包まれる。


「おお……」

「私がいればポーションなんて要りませんのよ。MP3があればいくらでも回復できますの」


 桜井さんの取得したスキル『ヒール』はMP消費が3でHPが15回復するという俺的チートスキルなようだ。

 こんなの持ってたらあのバカ高いポーションいらなかったんじゃないかと後悔すら湧き上がってきた。


「ありがとうございます。一先ず大丈夫そうなんで、次の階層に行きましょう」

「そうですわね。えっと階段は……あら? 親切に赤く灯ってたりしますのね。ここの階段は」

「えっ?」


 俺は覚えのないことを言い出す桜井さんに疑問を抱きながら階段のある方を見た。



 確かに階段の奥から薄っすら赤い光が漏れ出ている。

 それにコツコツと階段を上る音と耳を済ませば何とか聞こえる程のくちゃくちゃという音。何か食べている?


 モンスターは階段に侵入して来ないという情報が共有されている。

 普通に考えれば他の探索者。だがだとしたらあの光は?



 コツ、コツ、コツ。くちゃ。



「他の探索者の方かしら? ダンジョン内だからといって食べ歩くなんて下品ですわね。私注意してきますわ」

「待って桜井さん!」


 足音の主に妙な胸騒ぎがした俺は慌てて桜井さんの腕を握った。


「ちょっと、そんなここでなんて……。そんなに切羽詰まった顔をされても困りま――」

「伏せてっ!」



 ひゅんっ!



 階段からの赤い光が強くなったその瞬間、階段の先から無数の赤い斬撃が飛び出した。


「な、な、なんですのこれ!?」

「赤い斬撃……炎?」


 斬撃をよく見るとその刃の先がメラメラと揺れているのが分かった。

 無数の斬撃はしばらく空を飛び交い、ゆっくりと姿を消していった。


 そして……。


「け、ひひひひ」


 30階層に飛び交った斬撃をなんとか受けずに済んで立ち上がった俺達の視線の先には薄っすら笑みを浮かべたモンスター、いや、人間の形をした何かが居た。



 くるっ。



「けひ」


 そいつはくるっと首をこちらに向けた。

 赤い鎧を身に纏ったような姿。身体の表面はレッドメタリックスライムとかなり似ている。

 目は赤い兜をかぶったような頭部の形状をしている所為でまるで見えない。見えるのはその兜の下から垂れている長い黒髪と口元。

 

 そしてその無邪気な口元と探索者初心者の俺でさえ分かるほど鋭い殺気が俺達に恐怖を教え込もうとする。


「名前が……見えない」


 通常モンスターの名前は頭の上付近に表示されるものだ。

 しかし、俺に見えたのは『レベル差大。モンスターの名前表示不可』という文章だった。


「お前、一体何者なんだ?」

「けひっ!」



 俺が問いかけるとそいつは左の掌を俺達に向けた。


「なっ!?」

「ひっ!」


一瞬にして放たれた斬撃は俺達を威嚇する為のものだったのか、手前に落ちてくれた。


 斬撃の速さ、それにそれを放つまでの所作の速さ。

 まるで避けれる気がしない。


「う、うぁ、う、いやぁ……いやぁあああぁぁああぁぁ!!」


 桜井さんはその場にしゃがむと叫び声を上げた。

 そしてその足元には、恐怖の所為で生まれた水溜まりがあった。


「オマエラ、ウマイ? ウエシッパイ? コレ、マズイ」


 そいつは右手に持っていた何かのモンスターの素材を食いちぎりながら、俺達に問いかけてきた。

 信じられないことにこの人のようなモンスターのような何かは言葉を操れるらしい。



 素材は羽のように見える……。それより言葉の意味を考え――



ひゅんっ!



「けひっ。タベレバワカル?」


 俺の足元に再び赤い斬撃が放たれた。

 ここで間違った答えを口にすれば殺される。

 せめて、せめてもっと考える時間が欲しい。なにかないか。何か時間を作る為のなにか。


 俺は必死にそいつを凝視した。

 そして、頭がフル回転した結果、そいつの姿、長い髪を見て、勝手に言葉が吐き出された。


「椿紅姉さん……」

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