第14話 圧倒的格上
「テ、け、テ、けへへ……。うぅがぁぁぁぁあっぁぁ!」
「なっ!?」
俺が言葉を発するとそいつは両手で頭を押さえ、苦しそうに唸った。
それと同時に俺の視線に映っていた地面や壁の一部が揺らめき始めた。
一気に汗が噴き出し、体感では真夏のそれ。
いやそれ以上、ほとんどサウナのような状態に30階層は一変した。息が苦しい。
これもスキルの一種なのか?
分からないがこれを引き起こしてるのは間違いなくそこにいる存在。
「仕掛けるなら今……。≪透視≫」
俺はそいつの動きが止まっている今しかチャンスが無いと思い≪透視≫を発動させた。
急所の赤い点は左胸の辺りだが、それ以上に気になる事が1つ。
「なんだよ、このデカい黒点は……」
もはや黒い点では収まりきっていない程、そいつの身体は黒で染められていた。
もしかしてそいつの身体が赤い光沢なのは、レッドメタリックスライムに体を殆ど乗っ取られているからなのか?
「だとしても俺なら攻撃が通る……喰らえっ!」
俺は暗殺者見習いの高い敏捷を活かしてそいつとの距離を縮めると、右手に装備したジャマダハルの先端でそいつの胸目掛けて突きを繰り出した。
「う、ぁ」
「くっ!」
俺の渾身の突きはそいつの人差し指と親指でつままれただけで簡単に防がれてしまった。
更に力を込めてみてもピクリともしない。
「うぅっあっ!」
「うがっ……」
そうこうしていると身体全身にとてつもない衝撃、痛みが走った。
ただ子供が大人に何かを邪魔された時に出る雑な手払い。
それが、腹の辺りに当たっただけだというのにボススライムの一撃よりも重い。
「うっ、テ、ル、ごめ。……ヤッパリウエハズレ。ゼンブヨワイ。シタ、50、モドル」
そいつは、動揺するような一瞬仕草を見せたかと思えば、今度は、すっと姿勢を良くして階段を戻っていった。
助かった。
俺は完全に脱力して、その場で仰向けになった。足は震え、顔からは汗とは違う液体も流れている。
「泣いてるのか、俺」
顔を手で拭きながら呟いた。
そういえば動揺した仕草を見せた時のあの人みたいなモンスター? も頬の辺りを湿らせていた。
泣いていた? なぜ? 長い黒髪、俺の言葉への反応。
そういえば、最後『テル』って聞こえたが……。
椿紅姉さん。……。
そういえばテレビでダンジョン【スライム】の踏破を目的って言ってたっけ。
「まさか、な」
俺は最悪な予感を頭に過らせながら身体を起き上がらせた。
いつまでもこの階層にいれば30分後にボスポイズンスライムが現れる。
それまでにはここを出なければなれない。
「桜井さん」
「こ、こないでくださいませっ! う、後ろ、後ろを向いてっ!」
そういえば、桜井さんはさっき……。
桜井さんは俺と同じ26歳。いい歳をした大人が粗相したとなればこんなに恥ずかしいことはないのだろう。
「見られましたの見られましたの見られましたの……。しかも白石君に」
ぶつぶつと呟く声から悲壮感が漏れ出ていた。
俺は一体どう声を掛ければいいのか。こういったときの気の使い方は一切習っていない。
「も、もういいですわよ」
10分ほどで振り向く許可が下りた。
桜井さんはさっきとは違うザ・スポーツ用の服装で堂々とそこに立っていた。
どうやら桜井さんは替えの服などを持ち歩いているタイプの人らしい。
ダンジョンがこの世界に現れてから一番世に影響を与えてるのはこのアイテム欄の便利さだろうな。
「さっきのあいつは50階層に戻るって言ってましたわよね。だったら問題はありませんわ。私達はあいつにこのまま追いつかないように40階層に向かいましょう」
「さっきまであんなだったからもう一生戦えないとか、ダンジョンにはいかないとか、そんなこと言い出すかと思ってましたけど、大丈夫そうですね」
「あ、あああ、あんなとは何のことですの? 私は疲れて地面に腰を着けただけですし、着替えたのだって、ここが熱くて汗でべとべとになったからですわよ。あー熱い熱い。さっさと次の階層へ降りましょう」
なるほど。失禁の件はなかったことにすればいいのか。
俺は桜井さんのすっとぼけに適当に合わせてあげるとゆっくりと階段を下っていくのだった。
「それにしてもあのモンスター? は何だったのかしら。帰ったら探索者協会に報告しに行きませんと」
「……そうですね」
俺の嫌な予感。それが的中していないことを俺はただひたすらに願うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。