廻廊

arenn

出逢い


幾度も、幾度も目が覚めるたびに

天井の木目の数をかぞえる。

木から染みでた油

渦まく紋様と流れゆく線

ひとつとして同じ目はない。


意味はない。

薄く明らむ窓掛の隙間から日が差し込み、俺の目を照らす。



永遠に続く退屈と、

どうにか日々をつなぐために新しいなにかを探しているものの、特に新しいことなどなにもない。

この國の人々は変わることを望んでいない。それぞれに仕事を身につけ、働き、休み、日々を淡々と暮らす。

何の迷いもなく生きている。


ようやく体を起こし、ズレ落ちた寝着を肩に掛け直す。

窓辺の花瓶を手に取り、水場までゆく。花瓶は植物の葉の模様が巻き付いたような突起があり、半透明の白に朱の模様がついた古風なもの。

水場で手をすすぎ、花瓶の水を取り替える。 明るい海棠色の薔薇の鮮やかな緑の茎を摘まむと、こころが穏やかになる心地がする。

あさげは取らず、白湯をたっぷりと用意し、窓辺においた花瓶と花を眺めながら、刺繍をしたり、糸切りをしたりするのが日課である。


朝日の光の鮮やかさが我が網膜を焼くように、集まってくる感覚。


何処からきて

何処へゆくのか


自分、ただ1人。

二階建ての大きすぎる家に棲んでいる。

誰もいない。

身寄りを探してみたが、見つからなかった。誰からも産まれずに生きているというのだらうか。馬鹿げた空想だ。

だがたしかに、俺は生きている。


何も持たざることはかえって幸せなのかもしれない。

糸を取り替え、また小さな針に糸を通す。


この世界は不思議なことが多い。

何故王が統一しているのか、

どうしてこのような規範なのか。

すべてを知りたいと思っていても、宮殿に近づくこともできず、知りうるのは回報紙での少ない文章からである。

直接乗り込もうとしたという人が数人あったらしいが、その後の消息はいずれも途絶えている。

むやみに近づくなということだろう。


ちいさく息をつく。


午前10時になった。

着替えて、一階まで降りる。一階が作業場と居間になっている。居間といっても、

机と椅子があるだけで、他にはなにも置かず空間の広がりだけを感じる場所だ。

朝日がステンドグラスに降り注ぐ。

虹色に光が落ちて、キラキラと深い焦げ茶色の床の木目が揺れる。

今日も安楽椅子に深く腰かけ、机に裁縫道具を用意して住民からの依頼の衣類を制作する。

着物のほつれの補修もあれば、1から作る着物もある。

納期は1月分あるので、それぞれに急がなくとも余裕がある。必要があれば、刺繍細工の加工もする。

機械で一度に糸を掛けるよりも、手で1針ずつ刺すほうが好ましい。

なにせ時間はたくさんあるのだから。


そんないつもと同じ朝だったが、

来訪者がドアをノックした。

ドアの下側を叩くので、不思議な音が鳴る。


針を針山に戻し、箱にしまった。

上着を羽織、来訪者を迎えにゆく。

ドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

そこにいたのは、頭がやたら大きい白い兎だった。

しかも二足でしっかりと立ち上がり、ふさふさとした白い体をむき出しにし、耳は水平に立ち上がり、まさに歩行してきたと言わんばかりに自信に満ちた表情をしている。

「如何されましたか」

「あの、あなたは洋服をつくれると!」

言葉が通じているようだし、話もできる。

なんと摩訶不思議な生き物。

「洋服がほしい」


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