第23話

 俺がそれに気づくと同時に、ぱしっ、という軽い音がした。見上げると、天井四隅の監視カメラが停止している。バリーが操作してくれたのかもしれない。


 俺は四人のメイドたちに手招きし、リストバンドに硬貨型情報端末を装備。すると、すぐに立体映像が立ち上がった。


 それは、実に素っ気ないものだった。今から十分間、この区画のセキュリティシステムをダウンさせるから、その隙に逃げ出せと言いたいらしい。ご丁寧に、カウントダウンが〇・〇一秒単位で表示されている。


 しかし、逃げ出してから一体どうする?

 フランキー大佐や案内役だった兵士たちを仕留められればいいが、連中に有効な武器なんて――。


「あ」


 そうだ、メーサー銃だ。タールの体構造は謎だが、これで追い払うことはできる。下手をすれば殺してしまいかねないが、『その遺体が人間のものではない』と証明できればいいのだ。大佐が偽物で、地球に対しスパイ活動を行っていたと吐かせられる。

 半殺しで済ませてやるのは、奴一体だけ。そのための情報が欲しい。


 立体映像が三十秒経過を告げた時、この区画、フロア全体に警戒警報が流れ始めた。セキュリティシステムの異常に気づかれたらしい。


「時間がない、行くぞ! まずはこの医療区画から脱出だ!」


 四人のメイドたちの返答を聞きながら、俺は勢いよく木製のドアを引き開けた。

 メーサー銃を手に入れるには、武器格納庫へ立ち寄る必要がある。しかし、心配は無用だ。ちょうど偽大佐の執務室は、格納庫上のフロアだからだ。


 先行しようとしたユメハの肩を叩く。


「待てユメハ、俺が先頭に立つ。リュン、他の三人を後方で援護してくれ」

「はぁ? 一番厄介なポジションじゃねえかよ……。ま、いいや。行くぜ、お前ら」


 こうして、偉大なる脱走劇が幕を開けた。

 俺はそばにあった長めのスパナを握っている。リュンは、運よく身体検査で見つからなかった小振りのナイフを手にしていた。


「よし、走るぞ!」


 妨害勢力は、意外なほど少なかった。廊下は警備員やら兵士やらでごった返し、負傷者の格好をしている俺たちを気に留める者はいない。

 しかし、問題は武器格納庫前だった。辿り着いたのはいい。だが、警備員たちは整然と自分のパスカードを翳し、個人認証を経て武器を受け取っている。これでは、流石に武器の受け取りは不可能だ。


 列の前方を見遣ると、そこにはいつかの案内係の姿があった。まだ自分がタールなのだと知られていないらしい。

 案内係がパスカードを差し出し、メーサー銃を受け取ろうとした、次の瞬間。


 銃声が轟いた。三発。俺は胸と頭部を撃ち抜かれ、のけ反る案内係の姿を認めた。

 慌てて伏せながら銃声のした方を見ると、そこにはバリーが立っていた。


「あっ、あいつ!」


 すぐさま包囲されるバリー。彼は素直に拳銃を手離したが、黙ってはいなかった。


「気をつけろ、復活するぞ!」


 すると、のけ反ったままだった案内係がぐいっと上半身を戻した。生身の人間にできる挙動ではない。

 バリーの警告の意味を知った皆が、一斉に銃を構える。だが、発砲するには互いの距離が近すぎて危険だ。さて、どうする?


「私が行きます!」

「なっ! ユメハ⁉」


 ユメハは列の横を一気に駆け抜け、案内係に猛烈な蹴りを一発。案内係の腰から上が、ぎゅるり、と半回転する。

 その隙に、呆然としていた兵士の一人からメーサー銃を分捕り、僅かな初弾チャージ時間を置いて、情け容赦なく発砲した。


「あたいらも行くぞ!」


 そう呼びかけたのはリュンだ。彼女は銃器を構えてバリーを狙っている奴らを片づけようとしていた。偽大佐の息のかかったタールの残党だ。


 僅かな実銃の発砲音と、殴打の音が連続した。それらは唐突にメーサー銃の発砲音へと切り替わり、最後には焦げ臭い異臭と、溶けた状態で固まったタール共の死体が残された。

 一瞬の静けさを逃さず、バリーは立ち上がって語り出す。


「見たか諸君! こいつらは、地球を乗っ取るための尖兵として派遣された液状生命体だ! ゼンゾウ・フランキー大佐が、いや、彼とそっくりに変身した個体が、連邦宇宙軍を乗っ取ろうとしている! 今から上階の大佐の執務室に殴り込み、その身柄を拘束し――」

「それには及ばんよ」


 クリスの演説を堰き止め、声が上から降ってきた。フランキー大佐の声だ。がたん、と天井の板が外れる音がして、フロア全体を震わせるような轟音と共に偽大佐は着地した。


「イサム!」


 ユメハが背後から駆けてくる。しかし、俺は眼前の光景に目を奪われていた。偽大佐の腕がどろり、と融解し、代わりに何かを形作ったのだ。これは――まさか。


「ユメハ、伏せろ!」


 彼女の横から飛び掛かり、頭に腕を伸ばして守る。あまりの勢いに俺の腕は痺れるような痛みを訴えたが、今はそれどころではない。


 俺の予想は当たった。ジェットエンジンだ。偽大佐の腕は、宇宙船――恐らくは本物の大佐が乗っていたもの――に付属している、姿勢制御用のエンジンを解析、コピーし、身体の一部としたのだ。


 その思考は一瞬。俺たちの頭上を、猛烈な熱風が吹き荒れた。幸い皆がしゃがんでいたので、重傷者は出なかった模様。

 

 だが、俺は致命的な過ちを犯した。そんなことを確認している場合ではなかったのだ。


「イサム!」


 俺は横たわったまま、胸を思いっきり押されて堪らず転がった。慌てて振り返ると、ユメハの頭上に偽大佐の足が振り下ろされるところだった。


「ユメハッ‼」


 メキッ、と嫌な音がした。思わず逸らしていた顔を振り向ける。

 ユメハは、なんとか耐えていた。眼前で両腕を交差させ、頭部を守っている。しかし、そこからは紫色の液体が滴っていた。骨のみならず、筋肉も損傷したらしい。


「てっ、てめぇ! ユメハから離れやがれ!」


 何だか小悪党のような台詞だが、俺に言えるのはそんなもの。このままでは、ユメハも被弾しかねない。


「イサム……早く、撃って……! 私と同じアンドロイドなら、いくらでも造れるから……!」


 はっとした。同時に寒気が背中を駆け上って来る。ユメハはまだ、自分がいかに大事なのか分かっていないのだ。どれほど俺が、彼女のことを好きであるのかも。


 俺がメーサー銃を投げ捨て、がむしゃらに殴りかかろうとした、その時だった。

 すぱん、といって、偽大佐の首が跳ね飛ばされた。


「今だ、イサム!」


 リュンの声がする。彼女がナイフを投擲したのだ。あとは俺が突撃するしかない。


「うおあああああああ!」


 俺は何の衒いもなく、軽く跳躍してそのまま蹴りつけた。ドン、という鈍い衝撃と共に、ユメハの上から引き下がる偽大佐。


「伏せて、イサム様!」


 キュリアンの声。俺は蹴りつけた反動でわざと横転し、ごろごろと転がった。さっとユメハに抱き着くようにして、少しでも距離を取る。

 その直後、バシッと鋭利な音を立てて、雷光が偽大佐の身体を貫いた。


         ※


 それから十分後。医務室にて。


「そうか、偽大佐の奴、死んだのか」

「申し訳ありませんわ、イサム様……」

「いや、キュリアンは悪くない。あんな状況だったんだから」


 目の前で肩を落とすキュリアンに、俺は声をかけた。

 現在のところ、偽大佐を中心としたタール連中は皆仕留められた。一応、地球に潜入していたタールは一掃できたと見ていいだろう。


 問題はユメハの腕だ。アンドロイドだったからか、致命傷どころか重傷にすら及ばなかった。一週間も安静にしていれば、骨も神経も筋組織も、無事繋がるという。キュリアンの見立てだ。

 当然それを聞いて素直に喜べるほど、ユメハは単純ではなかった。自分が普通の人間ではないことを、証明されてしまったようなものなのだから。


『私と同じアンドロイドなら、いくらでも……!』――そう言った時の、ユメハの苦しげな表情。あれは偽大佐に踏みつけを食らっていたから、という理由だけでは説明がつかない。


 そんなユメハは、カーテンで仕切られたベッドの上で休んでいるようだ。当然、その表情は窺いしれない。

 俺が額に手を遣り、嫌な汗で掌を濡らしていたその時だった。すっとドアがスライドし、バリーが飛び込んできた。


「緊急だ、皆!」


 顔を上げる俺、一瞥を遣るリュン、姿勢を正すキュリアンとエリン、そしてカーテンを引き開け、顔を出すユメハ。

 そんな俺たちに対し、真っ青な顔でバリーは言った。


「初の地球外生命体との戦争になりそうだ」

「……は?」


 俺はぽかんと口を開けた。いつもなら、バリーが『ぼさっとするな!』と喝を入れてくれるところだが、彼にもそんな余裕はないらしい。


「地球外生命体との戦争って……。まさかあのタールと戦うのか?」


 ぐびり、と喉仏を上下させるバリー。


「作戦会議だ。とにかく全員来てくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る