第22話

「ああ、バレたか。いくらお前たち人間の真似をしていても、外見だけだからな」


 そう言いながら、ぐらり、と頭部を巡らせて大佐は立ち上がった。いや、コイツは大佐じゃない。人間ですらない。


「お、お前は一体、何なんだ?」

「ん? ああ、君らが『タール』と仮称している生命体の一部だよ」


 淡々と、何の警戒感も抱かずに、大佐を模したタールは語りかけてきた。

 すとっ、と俺のわきに着地したエリン、それに拳銃を受け取ったリュンは、二人でそれを構えた。だが、拳銃で対抗できる相手ではない。


 俺は皆に下がるように腕を翳しながら、会話を試みた。


「大佐は? フランキー大佐はどこにいる? いや、どこに連れて行った?」

「もう死んだ」


 あまりにあっさりとした物言いに、俺は息が詰まった。


「私はゼンゾウ・フランキー大佐を模したタールだ。そして、外宇宙探索の司令官として、いろいろと計画を練っている。詳細は教えられんがね」

「お前、まさか……。フランキー大佐を取り込んだんだな? 彼が宇宙漂流し、あの星に下り立った時に飲み込んでしまったんだろう?」


 先行偵察機もどきが、真っ黒い地面からぬうっと出てくる光景を思い出す。


「我々はそういう生物だ。ゼンゾウ・フランキーが落着した時、高度な知性を持つ生物種だとはすぐに判断できた。だから、君たちの星に――地球に潜入を試みたのだ」


 悠々と語る偽大佐。そんな彼を前に、俺は焦りを覚えていた。

 警備兵たちは何をしている? この異常事態は、部屋の監視カメラに映されているだろうし、銃声だって聞こえたはずだ。

 どうして誰も援護に来ない?


「時間稼ぎをしても無駄だぞ、イサム少尉」

「ふん、今に皆が気づくさ。そうしたらお前なんかあっという間に蜂の巣――」


 と言いかけた時、ごどん、といって木製の扉が押し開かれた。警備兵が来てくれたのだ。


「こ、こいつだ! こいつはフランキー大佐の偽物で――」


 だが、その言葉は呆気なく打ち切られた。微かな悲鳴と共に、ユメハとキュリアンが倒れ込んだからだ。彼女たちの背後には、拳銃型のスタンガンを握った案内係が立っている。


「あ、あんたはさっきの……!」

「馬鹿、伏せな!」


 リュンが俺とクリスを突き飛ばし、銃撃。だが、その弾丸は案内係の服の上から吸い込まれるようになくなり、やがてカラン、と床に落ちた。そしてあっという間に弾が尽きた。

 こうなったら……!


 俺は白兵戦に備え、上半身を低めてダッシュ。下から突き上げるようなアッパーカットを見舞う。しかし、襲われたのは俺の方だった。フィーネの時と同様に、敵のどろどろ部分が俺の腕にまとわりつく。

 そして、思いっきり振り回された。


「うわわわわわわわっ⁉」


 床、壁、天井と、俺はまんべんなく打ちつけられた。


「がはっ!」


 するとそばに、もう一つの人影が倒れ込んできた。リュンだ。どうやら偽大佐に気絶させられたらしい。僅かに額から出血している。

 手柔らかにではあるが、エリンもまたおとなしくさせられていた。

 まともに立ちあがることができたのは、バリーただ一人だ。


「動くな、バリー大尉! 逃げ場はないぞ!」

「まあ待て」


 殺気立った案内係を、偽大佐が引き留める。


「バリー・ハミルトン大尉。君はどう思う?」

「どう、とは?」

「この星における我々タールの存在だよ。まだ全てを話すわけにはいかんが、総力を以てすれば、我々はこの星を乗っ取ることができる。それだけの軍備拡張を、たった今この瞬間も進めている。だが、我々がどう足掻いても手に入れることのできない人材がある」

「通訳か?」

「その通り。我々としても、総戦力をこのタイミングで投げうつわけにはいかん。事はできる限り、穏便に進めたい」

「つまり、僕に停戦交渉の任を課す、と言いたいんだな?」


 無言で頷く偽大佐。って待てよ、バリー。お前は何を言ってるんだ?


「よせ……バリー……。な、なんでお前が、そんな奴の……手先に……がっ!」


 後頭部に鈍痛が走った。銃床で殴られたらしい。

 

「悪いな、イサム。それに皆。僕はタールの側につく。皆には、できる限り自由な行動をとれるように配慮させるから、許してくれ」


 バリーは無表情のままそう言った。わけが分からない。どうしてこんなにあっさりと、地球を裏切ることができるんだ?

 もしバリーが本気なら、俺たちに気づかれずにずっと地球を憎んでいたともいえる。だが、彼はそんな素振りを見せなかった。一体何を考えているんだ?


 彼のブーツに腕を伸ばしたところで、銃床による第二撃が俺の思考を奪い去った。


         ※


「ぐっ……ぁ。いってぇ……」


 俺はがんがんと唸りを上げる後頭部を押さえた。寝かされている。極めて清潔な部屋だ。微かに薬品の臭いがする。ここは医務室かどこかなのだろう。


 慎重に周囲の気配を探り、カーテンをそっと引き開ける。医務室は、予想よりずっと広かった。そして、その場に立ち上がっている一つの人影が俺の視界に入った。


「おう、大丈夫か、少尉殿」

「リュン……。お前こそ無事か?」

「ん? ああ、大丈夫なんじゃね?」


 軽々しく言ってくれる。バンダナのように包帯を巻かれながら言われても、説得力はない。取り敢えずリュンは無事だったとして。ユメハ、キュリアン、エリンの安否が気になる。まさか殺されてはいないだろうが。


 そう考えた矢先、軽い布の擦れ合う音がして、それぞれのカーテンの仕切りから他の三人が顔を覗かせた。


「皆、怪我はないか?」


 三者三様で、肯定の意思表示をするメイドたち。しかし……。

 バリー不在で、というか彼に裏切られてしまったら、もはやどうしようもないのではないか。偽大佐が何を考えているか分からないが、俺たちは徐々に地球が侵略されていくのを見ているしかないのか。

 自分たちこそ、タールと接触して生存した数少ない生き証人のはずだというのに。


 不安。自分たちがどうなるのかという不安。自分たちの――直接ではないにせよ――故郷である地球が、どうなってしまうのかという不安。


 そんな機運が胸中で膨れ上がるのを感じながら、俺は一人のメイドに目を留めていた。

 ユメハだ。皆と同じように、医療用の薄手のパジャマを着用している。その表情は、とても心細い様子。


 俺は血が出るほど強く拳を握り締めた。

 すまない、ユメハ。お前を守ってやれると思ったんだが、俺のようなガキには無理だったようだ。俺には、俯いてただただ時間の経過に身を任せることしかできなかった。


 そんな日々に陥って、三日目。朝食の配膳係が来た。

 ん? 今まではロボットにやらせていたはずだが……? 俺のそんな疑問は、しかし入室してきた人物の姿によって掻き消された。


「……バリー……!」

「よう、イサム。皆も、変わりないか?」


 俺は無言で立ち上がり、クリスに詰め寄った。

 どんな言葉をかけるべきか? 知ったこっちゃない。ただただ許せなかった。士官学校時代から、演習船での厳しい訓練、そしてスペース・ジェニシスを託された時の喜び。

 思い出を挙げるのは容易だが、それゆえ、そんな思い出に泥を塗ったバリーに、俺はどうしようもない感情を抱いていた。


「待ちな、イサム。軍法会議にかけられるかもしれねえ」


 リュンが冷静に声をかける。


「そう、リュンの言う通りだな。僕は今、タールの地球侵略を手助けする立場にある。それも、かなりの好待遇を受けながらだ。逆らわない方がいい」

「そうかよ」


 ああ、もう馬鹿馬鹿しい。どうにでもなれ。そう思い、俺はカーテンの向こうに引っ込んだ。


「イサム? 飯、このテーブルに置いてくぞ」


 返答はしなかった。それでも、バリーが俺にシカトされたことに頓着せず、部屋を後にするのは分かった。

 

 しばらく経ったが、俺の食器は下げられなかった。無理にでも食えってか。俺の口は我知らず、あの少女の名前を呟いていた。


「フィーネ……」


 キュリアンとエリンの作った漢方薬入りの飯を、無理やりガツガツと食っていたフィーネ。それを思い出すと、目の前にある飯を食べずにいることが申し訳なくなってくる。


「くっ」


 俺はカーテンを開け、夕日に染まった白い食器を手に取った。それからスプーンを突っ込んで、一気に具材を頬張る。

 その時だった。カチン、と硬質な音を立て、何かが食器の底からプレートに落下した。


「むぐ」


 一体何だ? 訝し気に思いながら、食器を置いてその『何か』を見下ろす。そして、はっとした。


「これって……!」


 電子マネーの普及前、一般的に使われていた金銭・硬貨。まさにそれと同じようなものが、目の前に転がっている。

 だが、俺は知っている。これは硬貨ではない。腕時計型端末に装備して立体映像を再生する、小型のデータ収容器だ。


「あいつ、これを手に入れるために、タールに寝返ったふりを……!」

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