在処
「そんな」
眼福男性から事情を聴いた父親は絶句した。
眼福男性は狼で、人間に化けられて、主食は苔で、苔を食べ続けたら不老不死になって。
呪いの副作用で苔へと変化するゼンバッテンを食べて少しして、駆けこんで来た娘にゼンバッテンを食べた旨を伝えたら、娘が吐き出させようとして眼福男性の腹に殴る蹴るを繰り返して。
吐き出したら、ゼンバッテンはいたいけな少年に変化していて。
もしかしたら、眼福男性の腹に入って、なんやかんや吸収して排泄して、呪いも関係して、ゼンバッテンも不老不死の存在になっちゃったかもしれないなんて。
そんな、
そんな。
「僕も食べていたいけな少年にしてください!」
「いえ、恐らく苔に変化しないとだめだと思いますよ」
「そーじゃないでしょうがあ!」
多枝は肩を掴んでいたゼンバッテンを思い切り、眼福男性に詰め寄っていた父親めがけてぶん投げた。
「ほら、父さん。ゼンバッテンにビシって言いなさいよ!成敗は私がしといたから」
「ああ、うん。そうだね、うん」
可哀そうに。
多枝に往復ビンタを喰らわされている最中はまだいたいけだと認識できていた顔が見るも無残に膨れ上がっていて。
呪いをかけたゼンバッテンが百割悪いのだけど、こうも痛ましい姿を見せられたら、もういいじゃないかと温情がむくりむくりと湧き出てくるも、多枝の破壊光線が怖くてそんなことできやしなかった父親。ゼンバッテンがぶつかってきた衝動で倒された身体を起こしては座を正して、床に寝かせたゼンバッテンに向かって言ってやったのだ。
常日頃温和な表情だと褒められる顔を厳めしくて。
「めっ。でしょう」
「そーじゃないでしょうがあああああ!」
「なんでえええええ!?」
ちゃんと叱ったのに!
今度は自分が往復ビンタを喰らわされる羽目になった父親は痛さのあまり滂沱の涙を流したが、多枝は温情の欠片も見せず父親の性根を叩き直し続けるのであった。
この一帯にはもう苔の気配がないので、次へ行くか。
とも思った眼福男性、もとい銀狼は、しかしその場に留まった。
ゼンバッテンに用があったからだ。
腹に入って吸収していた時に、流れ込んで来た苔の情報の一部。貴重なそれは今や泡沫のように消えてしまって、あの人間が苔の在処を知っているという事実しか残らない。
だから訊き出す必要があるのだ。
しかし。
(唾棄すべき存在なのに、位置を把握するなんて。まあ避けたいからでしょうが。その為に苔に多く触れなければならないなんて、本末転倒でしょうに)
銀狼は薄く笑い、次に未だ痛みを訴える腹を軽く撫でた。
「しかし本当に破壊力のある殴蹴ですね」
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