〈炎の勇者〉の初恋リベンジ

 俺は〈ほのお勇者ゆうしゃ〉ホムラ。

 数々の異世界に派遣されて悪党と戦う〈冒険者ぼうけんしゃ〉……だと言いたいところだが、どうやら今は違うらしい。


 今の俺は、何故か子供の姿となっていた。

 しかも、俺がいるのは昔通っていた小学校の廊下。10年くらい前に校舎の建て替えがあったはずだが、今見える景色はどれも俺の小学校時代の記憶と寸分も違わない。


 もしやこれはアレか!人生2周目というやつだな‼︎

 つまり、俺は1周目の32年間の記憶を持ったまま、小学生から人生をやり直すことができるわけか。


 よっしゃあ!…………いや、言うほど嬉しくないなコレ。

 勿論、人生のやり直したいポイントはいくつもあるが、流石に義務教育からやり直すのはしんどい。


 自身の持ち物を調べてみたところ、どうやら今の俺は小学2年生らしい。

 何故そんな中途半端なタイミングからのリスタートなのか、俺が疑問に思っていた時だった。


「ホムラくん、おはよう」

「おう、おはッ…よ…う……⁉︎」


 すれ違い様に挨拶をくれた、可愛らしい女の子。

 思い出した!あの子は俺の初恋の相手、ユカリちゃんだ‼︎

 小学2年生の頃のクラスメイトで、男女問わず人気があったマドンナ的存在!


 当時の俺も例に漏れず彼女にゾッコンだったが、その恋が実ることはなかった。

 小2の1学期末のこと。父親の転勤を理由に、彼女は転校してしまったのだ。

 そして、それ以来彼女と再会することは、一度もなかった。


 せめて思いだけは伝えておきたかったが、小2の俺は1学期最後の3日間、体調を崩して寝込んでしまった。

 結局、お別れの言葉すら伝えることもできず、俺の初恋は終わったのだ。


 慌てて教室に駆け込み、カレンダーを確認する。今日は……終業式の3日前!

 記憶が確かなら、俺は明日から体調を崩してしまう訳で、今日が告白のラストチャンスということになる。

 そうと決まれば話は早い!昔果たせなかった告白を今度こそやり遂げるため、俺はユカリちゃんを追いかけようとした……その時。


「あ、ホムラ!サッカーやろうよ!」

「お前は…………エンド⁉︎」


 サッカーボールを抱えながら颯爽と現れ、俺の前に立ちはだかる少年。

 コイツは、エンド=ライゲート。幼稚園の頃から仲のいい俺の親友だ。

 そういえばこの頃の俺は、休み時間になる度にコイツとサッカーをやってたな。

 だが、今はサッカーより優先すべきことがある。


「どけ、エンド!今の俺には、他にやらきゃならないことがあるんだ‼︎」

「ダメだ!どうしても通りたければ、僕をサッカーで吹っ飛ばしてから行くんだ‼︎」


 チッ……このサッカーバカめ。しょうがない、俺の超次元ランテクニックで華麗に抜き去り……


「させるか!熱血ナッコゥ!」

「ゲフッ⁉︎」


 全体重を飛びつきパンチを受け、倒れる俺。

 コ、コイツ!サッカー用の必殺技で直接俺を攻撃しやがった‼︎


「スポーツマンシップ的にアウトだろ……ソレ……」

「フフ、敗者に口なし。悔しかったら、サッカーで僕にリベンジすることだね!」


 徐々に意識が薄れゆく中、休み時間終了を告げるチャイムが、俺の敗北を嘲る様に鳴り響いた。



 そして、放課後。

 結局、休み時間の告白チャンスは、すべてエンドに潰されてしまった。

 あのサッカー野郎……親友だと思っていたのは俺だけか!


 とにかく、ここがラストチャンスだ。

 ユカリちゃんは今、仲の良い女子たちと一緒に、校門付近を歩いている。

 できれば彼女が1人の時に声をかけたかったが、それを待っていたら、またエンドに邪魔されちまう。

 一刻も早く、彼女に追いついて告白を……


「勝利の……鉄槌ッ‼︎‼︎」


 俺の前方10メートル先に、上空から何かが落下してきた。

 着地の衝撃は凄まじく、巻き上げた砂埃が下校中の生徒たちに降り注ぐ。


「さぁ、ホムラ!今度こそ僕をサッカーで倒せるかな?」


 落下してきたのは、やはりエンド。

 どうやら屋上で俺を待ち伏せて、タイミングを見計らって飛び降りた様だ。

 小2にしてなんっつー身体能力だ。


「クソッ!最後まで邪魔する気かよ‼︎俺が何をしたいのかわかってんだろう⁉︎今日がラストチャンスなんだよッ‼︎‼︎」

「わかっているさ!僕だって友達の恋愛は応援したい‼︎」

「だったら!」

「だが!」


 一度言葉を切って、真剣な表情で訴えてくるエンド。


「告白を理由に、サッカーから逃げるのはダメだ‼︎いつもの君なら、僕を負かした上で、ユカリちゃんに追いつくはずだ!それなのに君は今!ユカリちゃんに追いつきたい一心で、サッカーから逃げようとしている‼︎そんなの、僕の知ってるホムラじゃない‼︎今の君がユカリちゃんに告白したところで、相手にしてもらえるもんか‼︎‼︎」

「エンド、お前……」


 そうだ、すっかり忘れていた。

 今でこそ勝つためならどんな汚いことでもする俺だが、小学生の頃はそうじゃなかった。

 どんな困難にも真っ向から立ち向かい、打ち破る馬鹿野郎。それが、昔の俺だった。

 小2の頃に果たせなかった思いを伝えるんだ。当然俺自身も、昔の俺にならなきゃなんねぇ。


「悪かったな、エンド。俺としたことが、どうかしてたぜ。こうなりゃ堂々と、サッカーでテメェをぶっ飛ばしてから、先に進んでやる!」

「それでこそ、僕の親友だ!だが、手加減は一切しないよ!」


 そう言うと、エンドは俺の足元にボールを転がしてきた。

 俺はそのボールを上空に蹴り上げ、必殺技の体勢に入る。


「行くぞ!エンドォォォォォォォォ‼︎‼︎」

「来ォい!ホムラァァァァァァァァ‼︎‼︎」


 俺のシュート技とヤツのキーパー技が激突する‼︎

 そして……



「ハァ、ハァ……待ってくれ、ユカリちゃん!」

「あれ、ホムラくん?」


 エンドとのサッカー対決に勝利した俺は、下校中のユカリちゃんになんとか追いつくことに成功していた。


 もはや躊躇っている時間はない。

 昔の俺が伝えられなかった思いを、今ここでユカリちゃんにぶつけてやる!


「ユカリちゃん、好きです!俺と付き合ってください‼︎」


 俺の告白を聞いたユカリちゃんは一瞬目を丸くした後、いつもの優しい笑みで返事をくれる。


「気持ちは嬉しいけど……ごめんなさい。私、他に好きな人がいるの」


 初恋、実らず。

 そうか……ユカリちゃんにも好きな人がいたのか……。

 フラれたことはショックだが、思いを伝えることが出来た俺は、どことなく晴れやかな気分になっていた。

 やらずに後悔するより、やって後悔する方が良いってのは、本当なんだな。


「私ね…………エンドくんが好きなの」


 マ、マジか⁉︎ユカリちゃんが、エンドのことを⁉︎


 その瞬間、自ら封じていた過去の記憶が蘇る。

 そうだ。俺は体調を崩して告白が出来なかったんじゃない。

 フラれた挙句、ユカリちゃんの好きな人がよりによってエンドだったという事実にショックを受けて、寝込んでしまったんだ。

 そして、自己防衛の為か、体調が回復した頃にはその記憶を失っていた。


 なんて……情けない真実なんだ!この頃から割とメンタル弱かったのかよ、俺‼︎



「うわぁ!待ってくれ、ユカリちゃん‼︎」


 ユカリちゃんに縋りつこうとした次の瞬間、俺は目を覚ましていた。

 窓に映る自分の姿はどう見ても小学生ではなく、冴えないおっさんだ。

 そうか……やっぱ2周目じゃなくて、夢だったか。そりゃそうだよな。


「あ、兄さん。ようやく起きましたか」


 声のした方に視線を向けると、レアがちょうどドアを開けて、部屋に入ってくるところだった。


 そういやコイツが施設に来たのは俺が小学3年生の時だから、今回の夢の頃はまだ他人だったんだよな。

 俺の人生にコイツとまったく関わらない時期があったという事実に、今となっては少し違和感を覚える。


「あー、そういや今日は映画を観に行くんだったか?ワリィ、すぐ支度する」

「いえ、映画は次の回もありますし、そこまで急がなくても大丈夫ですよ。それより……」


 途端に、ヤツの目が鋭くなる。


「ユカリちゃんって、誰ですか?」

「⁉︎」


 しまった!まさか寝言で、ユカリちゃんの名前を出していたのか⁉︎


「ことと次第によっては、本日で兄さんとお別れすることになるかもしれません。死別という形で」

「ま、待て!話せばわかる!ユカリちゃんは俺の初恋の女の子で、とうの昔にフラれたんだ‼︎」


 改めて口にすると、悲しくなるな。

 大体なんで俺は、妹相手に浮気がバレた男みたいな釈明をしてるんだろうか。


「嘘ですね。これまで兄さんが好きになった女の子のことは全員覚えていますが、ユカリちゃんなんて子はいなかったはずです」

「俺の初恋は、お前と知り合う前だよ!……ったく、しゃーねぇな。映画館に向かう道すがら話してやるから、出かける準備くらいさせろ」


 やれやれ。こんなめんどくさいヤツと関わる人生をやり直すなんざ、やっぱり死んでもゴメンだぜ。

 人生の周回プレイは俺より賢いやつに任せて、俺はこの情けない現在いまをそこそこエンジョイするとしよう。

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