狐持ちの玉依姫
星海ちあき
序章 巫女の誕生
茜色がさす
元気な産声をあげてお母さんに抱かれているのはかわいい女の子だった。
「この子の名前、
「ああ、とてもいい名だ。大勢に愛される子にしよう」
◇
紡が四歳になった頃、境内の隅にある花壇のお世話を私は一緒にしていた。
いつものように花壇へ向かうと色とりどりの花が咲いていた。
「お母さん、みて!お花がきれいに咲いてる!お花のみんながありがとう、って言ってるよ!」
「え?お花が?紡はお花の声が聞こえるの?」
私には何の声も聞こえなかった。ましてや植物がしゃべるなんてありえない。
そう思うも、紡の笑顔を見ると嘘をついているようには見えない。
「うん!お花だけじゃなくて大きな木の声も聞こえるよ。この間もお友達と一緒にその木の周りで遊んだもの」
「そ、そうなのね……。もしかして紡は……」
紡はもしかすると
このままでは紡が危ない目に合うかもしれない。
妖怪を見ること、その声を聞くことができる見鬼の才がある私も今まで苦労してきた。だが、玉依や巫はそんなものとは格が違う。神や精霊の声が聞こえ、目に映すことができる玉依と巫はいろんなものに狙われてしまう。
今はまだ力は弱いかもしれないけれど、成長するにつれてきっと力は増す。そうなれば……。早いうちに手を打っておかないと。
「お母さん?どうかしたの?」
いろいろ考えすぎたせいで紡に心配させてしまった。このままではだめだ、何とか紡の、紡の力の存在を表に出さないようにしなければ。
「え、ああ、何でもないのよ。さ、そろそろ家に戻りましょう。神楽のお稽古に遅れちゃうわ」
「そうだった!急がなきゃ!」
紡が神楽の稽古をしている間に私は千年以上の歴史のあるこの
「海斗さん、話があるの…」
「葵?何かあったのか?」
紡のことを聞いて、海斗さんはなんて思うだろう、解決できる方法を知っているだろうか。不安に押しつぶされそうな私の心情を察してか、海斗さんはそっと寄り添って背中をさすってくれた。
「大丈夫、ゆっくりでいいから何があったか話してごらん」
「あ、あの、紡のことなんだけれど、もしかしたらあの子…」
「紡がどうかしたのかい?」
「紡、もしかしたら、玉依かも、しれないの…違ったとしても、巫の力を、持っているみたいなの・・・」
私の言葉を聞いた彼は驚いた顔をして固まっていた。無理もない、信じられるほうが少ない。
そもそも見鬼の才を持つ人間もその筋の家柄でも数が減っているというのに、精霊と意思疎通をする巫、日本神話に出てくる玉依姫の生まれ変わりや、その魂の一部を持っているなどとされる玉依が現代の日本にいるなんて話を私はほとんど聞いたことがなかった。
だからこそ驚いたし、焦っている。
霊力の高い人間は妖を見ることができる見鬼の才を持っていることがほとんどだ。こちらが妖の姿を見ることができるということは妖からもこちらが見えているということ。それだけで妖がらみの事件に巻き込まれてしまう可能性が高くなる。
その上、霊力の高い人間を食べてしまう凶悪な妖だって存在する。すべての妖が凶悪というわけではないし、使役することが可能な妖も多少存在はしている。私たちも式神という妖の一種を使役して緊急事態に備えている。
とにかく、妖の中には人間に有害な奴も少なからずいるということだ。
玉依や巫の力をどれだけ秘めているのかわからない紡の存在が外に漏れて妖の目に留まってしまえば紡が危険にさらされてしまう。それだけは何としてでも避けなくてはいけない。
「ねえ、海斗さん。何か、何か紡を守る方法はないのかしら。私には、できる限り外部との接触を控えさせることしか浮かばなくて……。でもそれでは、紡の霊力を隠すことはできない。妖たちにはばれてしまう……」
思わず縋り付いてしまった私を海斗さんは優しく包み込んでくれた。まるで小さい子でもあやすかのように優しい手つきで頭に手を置いて背中をさすってくれた。
「葵、まだ決まったわけではないよ。まあ、植物の声が聞こえるということは花の精、神に近しい存在の声が聞こえるということだし可能性は大いにあるけど。ちゃんと対処法はあるから。あまりにも力が強いと長くは効かないが、霊力を一時的に隠すことはできる。外部との接触も控えさせる。万が一のために神社付近の結界も強化させる。僕たちで紡を守ろう」
強くそう言ってくれた海斗さんをとても頼もしく思った。
それから私たちは紡の霊力がどれほどなのか計るため、普段なら絶対に入ることのできない神社からだいぶ離れた小屋に紡を連れて行った。
「ねぇ、お母さんお父さん、ここで何するの?大事なことって?」
「あのね、紡。よく聞いて。あなたにはお母さんやお父さんにない力を持っているかもしれないの。そのことを調べないと紡のこの先の人生が危険になるかもしれないの。そんなの紡だっていやでしょ?」
そう問いかけると紡は不思議そうな顔をしていた。あまり理解できていない様子だ。
「紡、安心して。難しいことは何もしない。少し紡の血がいるけど、それだけだから」
「え、痛いの?それはいやだよ…」
あからさまに青ざめる紡を前に私たちは顔を見合わせた。
「もう、海斗さん?怖がらせちゃダメじゃない」
「そんなつもりはなかったんだが…」
仕方ないと言いながら海斗さんは手で印を結び、小さな声で何かをつぶやいた。
その瞬間、紡の周りがほんの少し光った。
「え、なに?」
紡にも見えたようで、突然の出来事に驚いている。
私はため息しかつくことができなかった。なぜなら、私はその光が何なのかを知っているから。
だいぶ強引だと思うけど、紡の霊力を計るためには仕方ないことかもしれない。
光が消えるのと同時に紡の小さな体はガクンと傾いた。
海斗さんがその体を受け止め、苦しそうにごめんとつぶやいた。
「仕方ないとはいえ、眠らせるなんて強引じゃない?」
「わかっているさ。それでも、こうしたほうが紡のためでもある。葵はそう思はない?」
私は苦笑を浮かべて海斗さんとともに計測の準備を始めた。
霊力計測のための陣の上に紡を横たわらせ、紡の血液は計測器に垂らす。
これで計測準備は完了だ。あとは私と海斗さんの二人で陣と計測器に霊力を流し込むだけ。
「じゃあ始めようか」
海斗さんのその言葉を合図に計測が始まった。二人で霊力を流すと陣が青白く光りだし、計測器が動き出す。計測にかかる時間は約一分。
割とすぐに終わるが、その間ずっと意識を集中させて霊力を流し続けなければならない。これが結構きつい。途中でやめてしまえば計測が失敗して無駄に体力を消耗するだけだ。
一分間の間、私も海斗さんも口を開かずにただひたすら霊力を流していた。なんとも重苦しい時間だ。
計測器が鳴り、終了したことが告げられると同時に流すのをやめ、二人で計測器に目をやる。
「嘘だろ…」
「こんな数値、見たことないわ。そこらの妖より高くない?」
「ああ、下手したら上級妖と同じくらいかもしれない」
「紡はまだ四歳なのよ?!霊力は大人になるにつれてあがる。今でこんなに高いなんて、この先隠すなんて!どうやっても無理よ!」
「それでも、やるしかない。何度も何度も術を重ねてかけるし、実家からも結界が得意な術師も呼んで何重にもする。それしかできることはないんだ。それならできることを精一杯しよう」
「そ、そうね。外部との接触も極力避けないと。学校に通う年になったらもっと大変になってしまうけど、そんなこと言っていられないものね」
私たちは紡を守るということを固く誓い合い、小屋を出た。
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