第12話 夜会(2)

今夜の夜会には、上流貴族を中心に多くの者たちが集っていた。

中でも、異性との縁を探す若者の姿が目を引く。

皆きらびやかなドレスや装身具で身を飾り、会場の華やかさといったら、目が眩みそうなほどだ。

しかも、わたしのもとには引切り無しに貴族たちが挨拶にくるため、なかなか目的の人物、セルバーを見つけることができない。

「これはこれは、マリエラ王女。お久し振りです。やけに華やかな夜会だと思えば、今夜の華は王女様でしたか」

「まぁ、お久し振りですリドマン侯爵。今夜の華といえばわたくしではなく、侯爵のご令嬢ではなくて?とても注目を浴びていらっしゃいましたよ」

わたしは、声をかけてくる貴族ひとりひとりとにこやかに言葉を交わしながら、広い会場を見渡した。

セルバーのことだ。きっと令嬢たちに囲まれて人だかりが出来ているはず。

探し出すのに時間はかからないだろう。

そう思っているうちに視界の端によく見知った影が映った気がして、振り返る。

すると、予想通りの人物が近付いてくる所だった。

「こんばんは、王女様。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。こちらの夜会にいらっしゃると、存じなかったもので」

「こんばんは。いいのですよ、セルバー。気にしないで下さいませ」

セルバーは柔らかな笑みで、わたしに丁寧な挨拶をした。

この夜会では春を招く会のような堅苦しい挨拶や礼は必要ないため、セルバーの挨拶も極めて砕けたものだった。

先日、ゼウンの礼儀のなっていない姿を見たからだろうか、セルバーがいつも以上に優れて見える。

「セルバー。少し、お話いいかしら?」

「ええ、勿論です」

急すぎるかと思いつつも誘えば、僅かに不思議そうな表情を見せたものの、セルバーはすぐに頷いた。

わたしたちは、立食の形式がとられている一階を後にし、沢山の視線を感じながら吹き抜けになっている二階へ移動した。

婚約者のいない若者同士、しかも王族が連れ立って歩いているのだ。注目を浴びるのは仕方がない。

特にウォルリーカ派の貴族たちの視線は鋭く、その中には先程話した貴族の姿も見受けられた。

二階には椅子や机、所によっては簡易的な間仕切りがそなえられ、また数部屋の茶室があり、ゆったりと会話を楽しめる空間となっている。

話をするには丁度良いだろう。

ひと気のない一角の茶室を選んで入り、エマに人払いを申し付けると、わたしはセルバーと向かい合った。

「人払いもしましたし、楽にして下さって構いませんよ。セルバー兄様」

わたしが言うと、セルバーはにこりと笑って口調を崩した。

「おや、いいのかい?では、マリエラの言葉にあまえるとしようか」

「ええ、うふふ。やはり、セルバー兄様には敬語や敬称をつけられると落ち着きませんね。いつもこうしてお話できると良いのですけれど」

「そうだね、私もだよ。私にとって、マリエラは妹みたいなものだから」

実はわたしとセルバーは、幼い頃からとても仲が良い。

王族同士で昔から交流のあるセルバーは、とにかく面倒見がよく、昔から兄と呼んで慕っているのだ。

けれど、わたしが王女であることも関係して、表だって仲良くすることも、こうして砕けた口調で会話をすることも、今では滅多にない。

「それで?君がわざわざこういう場を設けたということは、あの話だよね。わかっているよ」

セルバーはそう切り出して、わたしを見た。

話が早くて助かるが、もう少し久々の砕けた会話を楽しみたかった気もする。

「さすがセルバー兄様。その通りです」

わたしは少し居ずまいを正して、改まって言った。

「セルバー兄様。わたくしとの婚約を、考えては頂けませんか?」

緊張にごくりと息をのんで答えを待っていると、セルバーは意外なほどあっさりと頷いた。

「良いよ。マリエラに、本当にその気があるのならね」

「えっ?」

断られたり、渋られたりすることを予想していたわたしは、気の抜けた声を出してしまった。

「良いのですか?本当に?」

「嘘なんてつかないさ。本当だよ、マリエラ。君が良いのなら、婚約しようか」

可笑しそうにセルバーが笑う。

「あはは。驚いたときのその顔、小さな頃から変わらないよね」

「もう、止めて下さいませ。セルバー兄様」

わたしは状況が理解できず混乱しているのに、セルバーはそんなことを言って面白がっているのだから、のんきなものだ。

セルバーが断りにくくないようにと、わざわざ人払いまでして二人きりになれるこの場を設けたのに、これは何だろう。

まるきりわたしの気遣い損ではないか。

「あの、ええっと。これほど直ぐに答えを出してしまって、よろしいのですか?」

「うん?急なんかではないよ。君が、ゼウン様との婚約を嫌がるだろうとはわかっていたからね。私に婚約の話が来るかもしれないとは、覚悟していたんだ。父上からも、そういう話は聞かされていたし」

のんびりとグラスを傾けながら、セルバーはそう言った。

さすがミルド家の若君だ、上流貴族としての教育がなっている。情報収集と適応力が段違いだ。

頭が上がらない。

「そうだったのですね……けれど、その、わたくしとの婚約は、セルバー兄様にとって不本意な選択なのではないですか?」

わたしは、おそるおそる聞いてみた。

わたしの夫としてゆくゆくは王配という立場に立つことに、セルバーはそこまでの利を見出だしてはいないはずだ。

そういうものを望む人ではないと知っている。

それよりも、ゼウンやウォルリーカからかけられるであろう圧力の方が、セルバーにとっては問題なのではないだろうか。

「マリエラは難しいことを聞くね。本意か不本意かと問われても答えに困るけれど……。そうだね、私はこの選択が、一番収まりが良いと思っただけだよ。それに、マリエラが好ましい女の子だと知っているし」

セルバーは真剣に、けれど最後はおどけた様子で言った。

彼は、王族としての選択をしたのだ。個人の私情ではなく、他に望まれる姿を選んだ。

王族としての覚悟に、わたしは後ろめたさを覚えたと同時にドキリとする。

わたしも、こう有らねばならないと。

「では、わたくしと婚約していただけるのですね?王弟一家と、ひと悶着あるかもしれませんが」

わたしが改めて問うと、セルバーは頷いた。

「勿論、そのことも折り込み済みだよ。それでも、婚約しようと思う。けれどね、マリエラ。私は君の方が心配なんだ」

ふと、セルバーがそんなことを言った。

わたしは訳がわからず首を傾げる。

「わたくしの、何が心配なのですか?」

わたしの言葉に、セルバーは言葉を探すように少し視線をさ迷わせ、困ったような顔をして言った。

「マリエラの方が、私との婚約を望ましいと思っていないというか、あまり乗り気ではないように見えるから、かな。それに君は、もっと他の選択ができる気がするんだ」

わたしはますます訳がわからなくなる。

「何を仰っているのですか、セルバー兄様?わたくしから兄様に婚約を申し込んだと言うのに、望んでいないなんて、ありえないではありませんか。わたくし自身が、兄様との婚約を選んだのですよ」

わたしが意気込んで言うと、セルバーはいよいよ考え込んでしまった。

「それはそうなのだけれど……何と言えば伝わるのかな?ああそうだ。例えばだけれど、私と婚約や結婚をする想像ができるかい?」

わたしは、夜会の前のことを思い出して言葉に詰まる。

あの時は、セルバーとの婚約を想像できなかったのだ。

けれど、今目の前にある笑みは昔からの好ましいそれで、セルバーとの婚約は、わたしにとっていい判断だと心から思う。

それでも、どうしても想像ができなかった。やはり、セルバーではなく彼の顔が思い浮かんでしまう。

「い、いえ。想像できません」

わたしが気まずさに目を合わせることもできず言うと、セルバーは笑い声をあげた。

「あはは、そうだろう?私もそうだから、心配しなくてもいいよ」

「え?セルバー兄様もなのですか?」

わたしが驚いて聞くと、セルバーは頷いて言った。

「私たちは懸想しあっている訳ではなく、政略的に結婚をしようとしているだろう?つまり、心から望んではいないんだ。だから想像だってつかない。そもそも欲しいものは、意識せずとも心に思い描く。心にないものは、端から自分の求めていないものなんだよ」

その言葉にはっとして、わたしはセルバーを見た。

望んでいないものは、端から心にない。逆を言えば、心にあるものは、自分の望んでいるものなのだ。

わたしには、それが衝撃だった。

「私はそれでもいいと、心からの選択でなくともいいと、割りきっている。けれど、マリエラはどうだい?君はそれでいい?ゼウン様との婚約が嫌だから、私を選んだのだろ?それはただの消去法で、望むものではないはずだ」

セルバーが、諭すように言葉を紡ぐ。

どくんどくんと、心臓が拍動する音が大きく、早くなっていくのを感じながら、わたしはセルバーの話に耳を傾けた。

「私はね、嬉しかったんだよ。最近のマリエラは、何か望むものに手を伸ばそうとしているように見えたから。私との婚約は、その妨げにはならないかい?妨げにならないなら良いんだ。けれどそうでないのなら、時間切れまで、君が十七歳になる直前まで、もがいてみればいい。手を伸ばせばいい。それでも駄目だったら、私と婚約すればいいのだから。私はそう考えているのだけれど、どうだい?」

そう聞かれても、どう答えていいかわからなかった。

けれど、わかったことはある。気付いてしまったことがあるのだ。

先程から頭を離れない人が居る。

いつのまにか心の片隅に住み着いたその人に、いったい自分がどういった種類の想いを抱いているのか、まるでわかりはしないけれど。

それでも、これだけはわかった。

わたしは、ディウラートを求めている。望んでいるのだ。

「セルバー兄様。わたくしは、兄様と婚約をするという選択が間違いだとは思いません。きっと、貴方を愛し慈しんで、共に歩んでいけます。けれど、わからないのです。わたくしは……」

いったい、どうすればいい?

声が、震える。

セルバーと婚約する選択は、きっと正解だ。一番正当で、幸せになれる選択。

けれど一方で、全く別のものを望んでしまっていることを、どうしようもなく自覚させられた。

セルバーと婚約したからといって、それが手に入らないことも。

わたしは、ディウラートを望んでいるこの心に、どう向き合えばいいのか全くわからなかった。

自分の中に知らない感情を見付け、すっかり動揺してしまった。

泣きたいような苦しいような感情に胸が締め付けられるのに、心はどこか温かくて心地よいのだ。

もう、何が何だなわからない。

「大丈夫だよ。マリエラならきっと。何かあれば、私に相談しに来るといい」

「はい……」

「それから、婚約の話はどうしようか?いったん保留にするかい?」

「あ、ええっと。どういたしましょう?婚約をしても、良いと思いっているのですけれど」

それどころでは無さすぎて、頭の中が回らない。

そんなわたしをどこか微笑ましそうに眺めて、セルバーは言った。

「では、内定という形にするかい?正式に婚約する訳ではなく、互いの両親や一部の側近だけに話を通しておいて、私たちの判断でいつでも事を進められるようにするんだ。つまり、内々でだけ事が決まっている形にするんだよ。これならそれなりに融通が効くから、婚約の時期も自由だ」

わたしは、働いてくれない頭で何とか理解すると、こくこくと頷いて同意を示した。

「わたくしも、それが良いと存じます」

「では、決まりだね」

セルバーはそう言って微笑んだ。


夜会が終わった後、わたしはエマとリュークに、掻い摘まんでセルバーとの話を伝えた。

すると二人は、婚約内定をとても喜んでくれた。

内定という形をとった理由は、婚約後にセルバーが受けるであろう王弟一家からの圧力をぎりぎりまで避けるためだった。

セルバーは他にも、わたしの望むものへの妨げにならないようにするためだと言ったが、別に何も妨げにはならない気がする。

その後、自分の望むものに気付き明らかに様子のおかしいわたしを心配してか、すぐに寝台へ寝かされた。

けれど、全く寝られない。

明日、ディウラートにどんな顔で会えばいいのだろうかと、そんな考えばかりが頭をぐるぐると回っていたからだ。

頭の隅の冷静な部分で、セルバーとの話を伝えるため、お父様やお母様に謁見の予約を取り付けなければと考えてはいる。

だが、結局わたしは寝ることもできないまま、寝台の中で朝を迎えることになってしまったのだった。

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