第7話 優秀な生徒

その後わたしは、王女としての執務や社交などの合間を縫って、何度も何度も彼の元に通うようになった。

婚約問題もあるので、リュークに他の候補者をより細かく探ってもらっているし、彼らとの社交も怠ることなく続けている。

彼らもそのことを承知のようで、腹の探りあいが続いている。

一方のディウラートはというと。相変わらず無表情で、素っ気なくて、無愛想だけれど、徐々に警戒心を解いてくれるようになってきている気がする。

彼のもとに行くときには、決まって魔術書と魔術道具を持って行った。

彼は魔術に強い興味を持っており、なおかつ頭がよかった。魔力も多いので、どんな魔術でも少し練習すれば会得してしまう。

わたしは彼の置かれた境遇以上に、彼自身が気になって仕方なくなっていた。

外界と交流を持たない彼は、けれど本によって外界のあらゆる知識を持っているのだ。


「ディウラート」

わたしが呼び掛けると、彼は顔をあげてこちらを見る。返事がないことには、もう慣れてしまった。

「今日は占いの書と道具を持って来たわ」

わたしは、木の根元に腰かけるディウラートの隣に座る。

出会った当初ほどではないが、確かにわたしと彼の間には微妙な距離がある。この距離を詰めていきたい。

わたしは持ってきた物を広げて見せた。彼はじっとそれを観察する。

「魔法陣の描かれた紙に、棒状の魔術道具か」

杖を構えることもなく、彼は首を傾げてわたしを見る。

ふふん。これでも、だいぶ警戒心を解いて仲良くしてくれるようになった。

「ええ。この占いには必須なの」

わたしがそう教えると、彼は物珍しそうに魔術道具に触れる。

「今日は、どうする?」

わたしは彼に問いかけた。

わたしたちの時間の過ごし方はだいたい決まっている。本を交換して相手の持ってきた本をひたすら読んで楽しむか、わたしが彼に講義を行うかのどちらかだ。

講義と言ってはいるものの、ただわたしが魔術や魔術道具の使い方について教えているだけだ。教師気分を味わえるのでわたしは結構楽しんでいる。

ディウラートは間髪入れずに即答した。

「決まっているだろう。この魔術道具の使い方を教えてくれ」

「そう言うと思ったわ」

わたしはすかさず準備を始める。

最近はずっとこんな調子で彼に魔術を教えている。本で知識は得られても、術を会得するには講師が必要になることも多いのだ。

それに加え、彼は杖以外に魔術道具を持っておらず、魔術道具を使うことに不馴れなのだそうだ。

「準備ができたわよ」

わたしはそう言って、彼に説明を始める。

広げて置いた魔法陣が描かれた紙は、一辺が両手を広げたほどの長さの正方形だ。

占いに必要な複数の魔術陣が重なりあうようにして描かれている。

その中心に棒状の魔術道具を立てて置いている。

「これほど多くの陣が必要なのか。中心のこの陣は見たことがない。時の魔法陣と似通っているな?」

「まあ!わかるの?それが解れば及第点よ。これは、過去、現在、未来の三つの陣を三角形になるように少しずつ重ねて描いたものよ。では、その周りの陣はわかるかしら?」

「これは……」

ディウラートはすらすらと魔法陣の種類を説明していくのを、わたしは感心しながら聞く。

本当に優秀な生徒だ。

以前教えたことをしっかりと覚えているし、飲み込みも早い。

異母兄であるゼウンとは大違いだ、と心底思う。

「ディウラート、貴方本当に頭がいいわね。教えがいがあるわ」

わたしが微笑みかけると、ディウラートはぐっと眉間に皺を寄せてそっぽを向く。

褒めるといつもこうなってしまうのだから不思議だ。

彼は話をそらすようにわたしに尋ねる。

「マリー、この棒状の魔術道具は何を表しているんだ?」

「これ?これは、世界樹を模しているのよ。実際に見た方が早いと思うから、一度わたしが占って見せるわね」

マリーという普段あまり呼ばれない呼び方に、相変わらず違和感を感じてしまう。

「何を占おうかしら?」

占いは日常的に行うものではないので、いざするとなると何を占うか迷う。

今一番知りたい、というか気になっているのは、ディウラートのことと婚約のことだ。

人のことを勝手に占うのは気が引けるので、一年後わたしがきちんと婚約できるのかどうかを占うことにする。

「先ず、魔力を流して魔方陣を発動させるわね」

わたしはディウラートに示しながら進めていった。

魔法陣に手をつき魔力を陣に流していくと、黒のインクで描かれている魔法陣が次第に淡く光り始める。

そして世界樹を模した魔術道具を中心に、ふたつの魔方陣が宙浮かび上がった。

「これが世界樹だとすれば、この魔法陣はそれぞれ、神界・人間界・冥界を模しているということか?」

「さすがディウラート。正解よ」

この世界の縮小して魔法陣上に表し、占っていくのが今回の占いの方法だ。

占いたい事柄を心に思い浮かべながら、わたしたちの住む人間界を表す真ん中の魔法陣に触れ、呪文を唱えていく。

魔法陣が徐々に色や形を変えていくのが、目に見えてわかった。

「これで占いは終了。魔法陣の形や色をもとに、占いの結果を解読していくの」

わたしが教えると、ディウラートはわたしが貸した占いの書を広げ、解読のしかたを勉強し始めた。

解読の表を見なくても解読できるわたしは、早速占いの結果をみてみる。

『目標は達成されるがその道のりに難あり、警戒を怠ることなかれ』と、出ている。

微妙に落ち込む結果となってしまった。難ありだなんて、恐ろしいではないか。

「何を占ったか知らないが、難ありと出ているな」

表と見比べながらディウラートが言う。他人の言葉で聞くと余計に刺さる。

「きちんと結果の解読ができるのはわかったから、そういう事をわざわざ言わなくていいのよ」

わたしがじとりと睨むと、ディウラートはふんと鼻を鳴らした。

「いいではないか。結局は達成される事柄なのだろう?」

最近だんだんと遠慮がなくなっているような気がする。

そのぶん、遠かった距離感が近づきつつあるのはいいことなのだが。

「ディウラート、貴方も占ってみて」

わたしが話を打ち切って言うと、ディウラートはいそいそと魔法陣の前に移動しだ。

わたしは横で細々としたことを教えながら彼が占っていくのを手伝う。

こういうとき、ディウラートはとても活き活きした目をする。

それが彼の唯一の素の反応のような気がして、わたしはその表情に見入った。

ふと、彼はいったい何を占うのだろうか?と疑問に思う。

本で得た知識以外に離宮の外をほとんど知らないはずなので、どんなものを占おうとするのか皆目検討も付かない。

「何を占うつもりなの?」

わたしが聞くと、ディウラートはちらりとわたしを見て、すぐに視線をもどした。

「マリーだって言わなかっただろう?」

正論を突き付けられ、わたしは言葉に詰まる。確かにその通りだ。

聞き出すことを早々に諦めたわたしは、占いの結果が出るのを待った。

この占いは未成年の子供がするにはかなり高度なものだが、彼は難なくこなしていく。

占いの結果が出ると、彼はすぐに占いの書を広げて解読を始めた。わたしも解読してみる。

「困難と決別ですって?貴方、本当に何を占ったのよ!?」

わたしは思わず声を上げた。ディウラートの占いの結果が、あまりにも重い。

「大したことではない」

「どう考えても大したことじゃないの」

わたしが突っ込んでもディウラートは素知らぬふりだ。けれどわたしは気付いてしまった。いつも無表情な彼の顔が、ほんの少しだけ強張っていることに。

「ディウラート……」

わたしは声をかけようとして、言葉を見失う。

何と言えばいいのかわからない以前に、ここで何か言っていいほどわたしたちの距離は縮まっていなかった。

その日はそれ以来気まずくなり、互いに言葉少なく別れた。


「今日の夜会にはクードも参加するのでしたね?傍観する、と言われてしまっていますから、会ったところで進展があるとは思えませんけれど」

「はい、姫様。それと、エドヴィン・ハーヤネンのことですが。春の社交界で連れていた方と、正式にご婚約なさるそうですよ。姫様の婚約者候補からは、完全に抜けることになります」

「……そうですか」

わたしはリュークの報告に、ため息を吐き出す。

ディウラートに占いの魔術を教えたあの日から、悪いことが続いている。

占いに出ていた、難あり、がこれなのだろうか。

ディウラートとの間にもあれ以来どうにも微妙な空気が流れていて、出会った当初に戻ってしまうのではないかと気がきではない。

二人で居ても、とても気まずいのだ。

「ディウラート様とのことですか?」

リュークの問いに、エマまで心配そうな顔をする。

「春から通い始めてもう夏だというのに、なかなか思うようにはなりませんね」

「ええ。最初の頃のようにほとんど返事が返ってこないのでは、流石に心が折れてしまいそうです。やはり、あの占いで何かあったのではと思うのです……」

こればかりは、ディウラート本人でないとわからない。

夜会に出てクードと仲を深める暇があるなら、ディウラートとの関係を修復したいと思う。

王女として忙しく過ごすのもいいが、あの草原の木の下で流れる穏やかな時間も、わたしは気に入っている。

ディウラートの小さな表情の違いや態度の違いを見付け、少しずつ仲良くなっているのを感じるのはとても嬉しいのだ。

はじめ、わたしは婚約者探しのために彼との接触をはかった。

だが、今ではそんなことに関係なく、彼をもっと知りたいと思う。仲良くなりたいと思う。

婚約のことなど考えている暇はないのだ。

「今度会う予定だった五日後は会いに行けませんから、次にディウラートに会えるのは十五日後ですね。長いわ」

わたしはむくれる。

それでなくともディウラートに会える日は十日に一度と限られているのに、たまたまその日に王弟一家との予定が入って会えなくなったのだ。

よりによってゼウンやウォルリーカと会わなければならないのだから、余計に気分が悪い。

「考え方を変えてはどうですか、姫様?王弟一家と会うのだと考えるから気が重くなるのですよ。ディウラート様の父と義母、異母兄に会うのだと考えれば、いかがです?」

「なるほど。ついつい忘れそうになりますが、ディウラートと王弟一家は家族なのですよね」

わたしはひとつ頷いて考える。

ディウラートを幽閉している人たちと考えれば怒りを隠せないが、それと同時にディウラートの情報を持つのも彼らだけなのだ。

「そう考えると、怒りが込み上げて来ますね。情報源としてはもってこいですが」

「そうでしょう?気になってしかたのない、ディウラート様の情報収集の場だと思えば良いのですよ。怒りはお鎮め下さいね?」

リュークの言葉に、確かにそうだ、と思う。

どうにか新たな情報を得られないだろうか?

勿論、わたしと彼が会っていることがばれてはいけないので、そこまで期待もできないが。

「ありがとうございます、リューク。わたくし、少し気分が晴れましたわ」

「それは良かった。お力になれたようで、嬉しく思います」

「ええ。あ、そうだわリューク。次に会うまでに、ディウラートが一番興味を示していた、天文学の書物と、魔木や魔法植物についての書物を集めて下さいませ。次こそ距離を詰めて見せます」

「承知いたしました」

リュークが一礼して下がっていくのを見送ると、エマがすすっとわたしに近寄ってきた。

「姫様、最近ディウラート様のことばかりですね?それほど気になられるのですか?」

そう聞く声は、明らかに面白がる口調だ。

「そんな事はありません」

わたしがつんと言い返すと、エマは笑う。

「そんな事ありますわ。いつも気にかけていらっしゃるでしょう?それに先ほど、クード様に会う暇があるのならディウラート様に会いたい、と仰っていたではありませんか」

わたしはハッとして口元を押さえた。考えていたことが口に出ていたらしい。

急に恥ずかしくなって、わたしは顔を扇ぐ。

顔に熱が集まって赤くなっていくのが、自分でもわかる。ディウラートのことで赤くなるなんて、どうかしている。

エマは、そんなわたしの様子を楽しそうに見ていた。

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