第5話 出逢い(1)
わたしは、自分の姿を見下ろしたり姿見にうつしたり、あちこちに触れてみたりしながら確認した。
「ねえ、おかしくないかしら?わたくし、このような服を着たことがないので新鮮です」
わたしが振り返って聞くと、リュークは大丈夫だと笑顔で受け合ってくれた。
けれど、いまだにエマは渋い顔をしたままだ。
「姫様、本当にそのような物をお召しになられるのですか?」
あまりにも今さらな質問に、わたしは両手を腰に当てる。
「当たり前ではありませんか。くどいですよ、エマ」
エマは仕方なさそうに引き下がって、リュークに鋭い視線を送っている。
リュークはどこ吹く風だ。
「姫様。この衣装は、平民の富豪の娘や下流貴族の令嬢などが着る、ちょっとした外出着です。お忍びで平民の街へ出られるのには、あまり目立たないのでちょうどよいでしょう」
わたしは頷いた。
リュークから報告を受けたわたしは、妖精ことディウラートに会うため、例の禁忌の森へ向かうことにしたのだ。
彼はあの場所から動けないので、わたしが出向くしかない。
そのためには、城下街などいくつかの街を越えなければならない。普段の、王女の服装では騒ぎになってしまうのだ。
わたしは今一度自分の姿を見下ろした。
普段着ている、豪奢なレースやフリルなどをふんだんにあしらったドレスとは全く違う。
スカートは少しだけふんわりと広がるくるぶし丈で、金糸や銀糸で刺繍されたものが流行っている貴族の衣装とは違い、スカートの裾と胸元に、可愛らしく色とりどりの糸で刺繍がしてある。
上半身にはボタンやリボンがいくつか付いていていて、これは側仕えの居ない平民でも一人で着られるよう、工夫されたものなのだという。
わたしとしては、この装いのほうが身軽で好きかもしれない。
貴族のドレスは重ねる布地が多いので重く、どうしても動きずらいのだ。
その場で飛び跳ねたり回ってすると、ほら、とても動きやすい。
エマに睨まれたが、リュークの真似をして気付かないふりだ。
普段こうして動けないぶん、今楽しんでおかなければ。
それに、この衣装は全体的に質素ではあるのだが、なかなかに可愛らしいデザインで気に入っている。
何より、わたしにとっては目新しくて面白いものなのだ。
「それでは、妖精に会いに行きましょうか」
わたしの声に、エマとリュークは同時に動きだした。
わたしは、二人とともに紋章も装飾もない地味な馬車に乗り込む。平民街を走るので、この馬車でなけらばならないらしい。
王女のお忍びとバレてはならないので、普段は使用人や下働きの者が使う城の裏門から出る。
そのまま貴族地区と平民の居住区を隔てる門も抜けてしまうと、そこはわたしの全く知らない別世界だった。
わたしは、窓の外に釘付けになる。
整備された貴族の街とは違い、平民の街はごみごみとしていて、そのうえとても賑やかだ。
しかも、皆が揃いも揃って徒歩で移動している。馬車移動が基本の貴族とはまるで違うのだ。
リュークの話を頻繁に聞くので、平民のことをよく知っている気でいたが、それは間違いだったらしい。
「あれは何でしょう?」
「あちらはどのように使う物ですか?」
平民の街なんて、と同行するのも難色を示していたはずのエマまで、わたしと一緒に窓の外を眺めて興奮している。
リュークはわたしたちの問いに丁寧に答えてくれた。
城下の街を抜けると道はいよいよ舗装されていないものになり、馬車は驚くほどガタガタと揺れる。
わたしはその感覚が楽しかったし、リュークは慣れた顔をしているが、エマだけは酔ってしまって顔色が悪い。
「大丈夫ですかエマ?無理はいけませんよ」
「お気遣いありがとうございます。平気ですわ」
エマの背中を擦ることしばらく。馬車は森の入り口の木立に止まった。
どうやら到着したらしい。
エマの世話を従者に任せると、リュークに手を貸してもらいながら馬車を降りる。
「ここから先は馬車では行けないので、徒歩となります。歩く距離は然程でもないのでご安心を」
「ええ」
わたしはそのままリュークと連れ立って歩きだす。
禁忌の森という名からおどろおどろしい森を想像していたが、そこは予想に反して美しい森だった。
背の高い針葉樹が整然と居並び、まるで神殿の石柱のようだ。
森全体が比較的明るく、森歩きになれていないわたしでも、歩くのにそれほど苦労はしない。
この先に彼が居る。そう思うと、ふと胸がさざめく。
「姫様、いかがなさいましたか?」
「え?いえ、いよいよだなと思うと何だか落ち着かなくて」
気遣わしげに声をかけてくるリュークに、わたしは本音をこぼす。
「婚約者候補に会う、という名目でわたくしは今ここに居ます。けれど、本当に良かったのでしょうか?」
リュークから報告を受けたあの日から、ずっと考えている。
わたしと歳もそう変わらない少年が、たった一人幽閉されているという事実を。
どうにかして助けてあげたい。だからせめてと、この言い訳を使って会うことを思い付いたのだ。
わたしの言葉に、リュークは笑った。
「いいのではありませんか?姫様は今婿探しに来ているのですから」
「ふふ、そうですね」
わたしも笑ってかえす。
そして、ディウラートがどういう人物かということをとりとめなく考えた。
彼は産まれてからずっと離宮に幽閉されているらしい。
わたしより二つ下の十四歳だ。外界と接触のないままに生きてきた彼は、一体何を考え何を思うのだろう。
わたしが考えに浸っていると、ふとリュークが足を止めた。
「姫様、この先はお一人で」
わたしは、すぐそこに森の出口があることを知った。
彼にできるだけ警戒心を抱かせないため、ここから先は一人で行くことになっている。
「ディウラート様は、十日に一度だけ離宮から出て、草原の大樹の近くで時間を過ごされます。逆を言うと、今日を逃せば十日間会えなくなります」
「わかっています。では、行って参りますね」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
わたしは早鐘をうつ胸元を押さえ、軽い足取りで歩を進めた。
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