第4話 リュークの調査報告
春を招く会の翌日。
私は、我が主であるマリエラ姫様に促されるままに席についた。
「リューク。今日という今日は、ディウラート・ヴィデーンという方について詳しく教えて頂きますからね」
向かいに座る姫様は、私を逃すまいと奮然とした態度でこちらを睨んでそう言った。
そんな姫様の様子がお可愛らしく、私は緩みそうな頬を必死で引き締める。
ついでに、姫様の視界に入らないからと、こっそり一人だけ笑うエマに鋭い視線を送っておいた。
「承知しております、姫様」
私が頷くと、姫様は満足げに微笑んで先を促した。
「それで?ディウラート・ヴィデーンとは一体何者なのですか?わたくしも知らなかった傍系王族を、貴方はどうやって見つけ出したのです?」
少々お行儀悪く身を乗り出してそう問てくる姫様には、少し焦りの色が見えた。
昨日の社交界でほとんど何も収穫がなかったのだから、仕方がないだろう。
けれど、私は知っている。昨日の社交界よりも、これから私の話す内容の方が姫様にとって重要になってくる。
いや、きっと姫様がそうするだろう。
これから自分のもたらす情報で姫様がどう行動するだろうと、期待に胸が高鳴る。
この方の利発さと行動力の高さには、いつも驚かされるのだ。
私は、内心が顔に出ないように気をつけてながら口を開いた。
「実を申しますと、彼の方の存在を私が知ったのは、今から約半年前の事なのです」
私の言葉に、姫様は軽く目を見張った。
「まあ、そんなに前から?わたくしはてっきり、婚約者候補を調べて欲しいと命じた時に得た情報かと。なぜ王族について情報を得たのにも関わらず、その事を伏せていたのですか?」
姫様はこてりと首を傾げた。
私は弁解のためにも話を続ける。
「いえいえ、もともと姫様にお伝えしようと思っていた情報です。ですが、彼の方の存在を知り詳細な情報を得て、その情報の正確さを裏付けるためには、大変な時間を要したのです。裏付けが終わったのは、つい数日前でしたから」
姫様は、私の言葉に考え込む仕草を見せる。
側近が主へもたらす情報の裏付けをとるのは普通だが、ここまで時間がかかるのは異常だ。それを姫様もわかっているだろう。
「なんだか大変な話に思うのは、わたくしだけでしょうか?直系王族であるわたくしも知らない傍系王族だなんて、それだけで十分おかしな話ですのに」
姫様は、不安そうな中にもどこか好奇心の混じった声音で言った。
エマは心配そうに姫様と私を見比べる。
「リューク、本当に姫様へお伝えしてよい内容なのですか?」
私は頷く。
正直、この情報をどう扱うかは姫様しだいなので何とも言えないが。
「お願いします、リューク。ディウラート・ヴィデーンという人物について、調査の経過を含めて詳しく話を聞かせて下さい」
「少し長くなりますが、それでも構いませんか?」
私の問いに姫様が頷くのを確認して、私は話しはじめた。
あれは、今から約半年前の秋のはじめの頃だった。
毎年秋のはじめから冬のおわり頃までの半年間、姫様は貴族の学舎であるトゥーラハーツェ魔術学院でお過ごしになる。
魔術学院には基本的に、主と同性の少数の側近しか供をできない。
そのため、姫様に仕える者のほとんどが城に置いていかれ、仕事が減り暇になる。
私にとっては一年で最もつまらない期間だ。
その日も私は暇を持て余し、趣味である情報収集をするため、王都の外れにある農村へ出掛けた。
本来、貴族が平民街へ踏みいることはほとんどない。
けれど、私にとって平民たちは常に興味の対象だ。価値観や考え方、物の見方が貴族とはまるで違い、とても興味深い。
皆が私を平民好きの狂者だと言い、後ろ指を指すようになったのはいつの事だったか。
そんな中、姫様だけは私を面白いと言い、側に置いて下さった。姫様は私にとって唯一の理解者であり敬愛する主なのだ。
私は旅商人を装うために用意した荷馬車を村の入り口に停めた。
平民と関わるときは、決まって旅商人に扮する。旅商人ならば知らない顔でも怪しまれず、土地勘がなくても不思議ではないからだ。
身に付けているものは、勿論普段自分の着ているような物ではない。平民街で手にいれた平民服だ。
これでも一応上流貴族だ。この固くてガサガサした布の服にはじめこそ驚いたが、その感覚すら新鮮で面白いと思えた。
今ではすっかり慣れて違和感すらない。
私はあらためて村を見渡す。農村だけあって畑ばかりの村は、けれどどこか違和感があった。
「ああ、畑か」
私は呟いて畑をまじまじと見る。
確か今年の夏はひどい干ばつで、王都周辺はほとんど作物が枯れてしまったはずだ。
それなのにこの村の畑はとても潤っている。
畑をほとんど目にすることのない私だが、それがおかしいことくらいはわかる。
私が首を傾げていると、恰幅のいい女性が近付いて来た。
「おや商人さん。そんなにじっと見て、うちの畑に何か用かい?何か商品と交換なら、自慢の野菜をくれてやってもいいよ」
この畑の持ち主であるらしい彼女はそう言った。
私は軽く首をふり、気を付けながら平民口調でかえす。
「いいや、大丈夫だ。ただ、少し不思議でな。ここらは夏がひどい日照りで、畑はみんな駄目になっちまったって噂を聞いたんだが。デマだったのか?」
私の問に、女性はカラカラと笑った。
「デマじゃないよ。この辺りも何日も雨が降らなくってねぇ。野菜はどんどん枯れていくし、この村ももう駄目だって思ったもんさ。けどね、ある日突然大雨が降ってね。その日を境に、この辺りだけ定期的に降るようになったんだよ。お陰でこの村だけは助かったのさ」
「ほお、不思議な話もあったもんだな」
私は彼女の話に相づちを打ちながら、少し考える。
ある日を境にこの村の周辺だけに雨が降るなんて、いくらなんでも不自然すぎる。
雨が降った原因を女性に問うてみれば、あたしの知ったことか、と一蹴されてしまった。
「唯一干ばつ被害を受けなかった農村、か」
口に出してみると、俄然興味が湧いてくる。
これが自然現象ならば、いったいどのような条件を満たせばこうなるのだろう。
それに、原因がわかれば以降この国は干ばつを恐れなくてもよくなるかもしれない。
姫様も、きっと楽しそうに私の報告を聞いて下さるはずだ。
この不思議現象について調べよう、と私は決める。
そうとなればこの農村の住民に聞き込みをするまでだ。
女性と別れた後、私は意気揚々と住民たちに話を聞いていく。
けれど、聞き込み調査はそう上手くいかなかった。新しい情報が全く出てこなかったのだ。
休憩のために馬車の荷台に腰掛け肩を落としていると、ふいに幼い二つの声に話しかけられる。
「ねぇ、旅商人のおじさん。雨のこと、知りたいの?」
「知ってるよ雨の降った理由。僕たち、銀色の妖精さんに会ったんだ」
私が目を向けると、五歳を少し越えたところかという二人の少年が、私を見上げて立っていた。
「坊やたち、雨の降った理由を知ってるのか?」
私がしゃがんで目線をあわせると、彼らは目を輝かせて頷いた。
二人を促してあらためて腰を落ち着け、私はさっそく話を聞く。
「これは、秘密のお話だからね」
そんな言葉から彼らの話ははじまった。
夏真っ盛りの頃、この二人の少年はとても大変な思いをしていたと言う。
続く日照りのせいで大人たちは皆ピリピリとしていて、水は貴重だからと、ろくに水浴びもさせて貰えない。飲み水も少なく、大層大変だったそうだ。
「だから僕たち、こっそり水浴びに行ったんだ」
「あそこに森があるでしょう?そこに入って、小川で水浴びをしたんだ」
少年たちは、すぐそこに見える森を指をさしてそう言った。
「あの森は禁忌の森って言って、本当は誰も入っちゃ駄目なんだ」
「入ると、母ちゃんにも父ちゃんにも村長にも叱られる」
「禁忌の森?」
私が聞くと、少年たちは声を潜めて教えてくれた。
禁忌の森とは、村のすぐ側にある森のことだ。
この村には、あの森には踏み込んではならないという古い言い伝えがあるのだとか。
故に村民は誰も立ち入らないし、他の村々からは距離があるため、本当に誰も入ることがないらしい。
そんな禁忌の森は、この少年二人にとっては格好の遊び場となったいるようだ。
いつもは森に入ってすぐの所で遊ぶだけだが、その日は涼を求めて、森に流れる小川へ向かったという。
小川での水浴びを終えると、少し探検してみようということになり、二人は小川にそって森を進んだそうだ。
「少し歩くと、広い開けた場所に出たんだ」
「そのずっとずっと奥には、大きなお屋敷があった」
二人は興奮ぎみにそう言った。
開けた場所と言うのは、森が途切れた先にある草原のことらしい。
そのずっと先には、森の中に埋もれた屋敷が小さく見えるらしい。遠くに見えるだけでもわかるほど立派な屋敷だと、少年たちは言った。
そしてその草原には、一本だけそれは巨大な大樹があると言う。
その大樹の根本に妖精が腰掛け、幹に背を預けていたのだ、と少年たちは熱弁を振るう。
「とっても綺麗な銀色の髪をした妖精さんだよ」
二人があまりにも真面目に語るので、妖精は居ないのだとは言えなかった。妖精はずっと昔に絶えているが、信仰は根強く残っているのだ。
「妖精さんは僕たちに気づいて、はじめはすごく怒ったんだ。綺麗なお顔をこんな風にして」
少年は眉間にぐぐっとしわを寄せると、小難しい怒り顔を作ってみせた。
彼らの言うその人物、妖精は、十代前半くらいの姿をしていたらしい。
また、彼らが呼び名としているのに相応しく、妖精かと見紛う美しい容姿をした少年だと言う。
「妖精さんはね。お前たちは誰だ、何処から来た?って睨んできたんだ」
「だから僕らは、水浴びをしに来たって説明したんだ」
妖精は二人をひどく警戒していたらしい。一定の距離を保って近付いてこなかったのだ。
二人が説明してもしばらくの間は信じていないようで、訝しげに二人を観察していたと言う。
少年たちは少年たちで、美しい妖精の姿に見惚れていたらしい。
二人がすっかり事情を説明し終わると、妖精は驚くようなことを聞いてきた、と少年たちは言う。
「日照りが続き雨が降らないと、なぜ困る?って、本当にわからないみたいに聞くんだ」
「だからそれも説明したんだ。定期的に雨が降らないと畑が駄目になって、生活できないんだって。当たり前の事なのに妖精さんは知らなかったんだ」
そうすると妖精は、雨が定期的に降ればいいのだな?と言って長細い棒を取り出したという。
魔術を使うのに使用する杖だろう。ということは、妖精は貴族ということになる。
妖精は、まるで歌を歌うかのように何か言葉を口にしながら杖を天へ向かって振るい、杖の先から溢れた光の筋は天を突き抜けて弾けたという。
光の降り注ぐ神秘的な光景に目を奪われていると、妖精は二人を置いてその場を立ち去ったらしい。
まるで、春を呼ぶ儀式で降る光のようだった、と少年たちは声を揃えた。
そして、二人は先程まで晴れ渡っていた空に暗雲が立ち込めていることに気付き、慌てて村へ戻ったと言う。
「雨はすぐに降ってきて、それから何日かおきに、雨が降るようになったんだ」
「妖精さんが雨を降らせてくれたんだよ」
それから彼らは妖精に言い付けられたことを守り、二度とあの場所に近づかず、口外もしなかったという。
けれど、どうしても誰かと驚きを共有したかった。そこにたまたま、私が来たという訳だ。
私は話を聞き終わると、少年たちの話をもとに禁忌の森を探り、小川を見つけた。
そこから小川にそって森を抜けると、妖精こそ居ないが少年たちの言った通りの光景が広がる。
森の屋敷は、貴族の住居と思われる大きなものだった。
「妖精は貴族の少年か。思わぬ結果になったな」
姫様へのちょっとした土産話にするはずだったのだが、貴族が関わって来るとは思いもしなかった。
妖精と呼ばれる謎の少年貴族。なんと探求心をくすぐる話だろう。
その後私は、好奇心の赴くままに妖精の正体を探った。
禁忌の森に張り込みもしたし、屋敷の持ち主についても調べた。時には姫様の許可を得て、城の書庫の隠し部屋に入りもした。
こうして約半年の間に様々な情報をかき集め、驚くべき事実を知ることになる。
森の中の屋敷は今は使用されていない、犯罪を犯した王族を幽閉して古い離宮であること。
今の所有者は王弟であるイルハルド様であること。
イルハルド様には既に亡くなっている第二王弟妃がおり、その忘れ形見であるディウラート様というお子様がいらっしゃること。
彼が、ウォルリーカ様と異母兄であるゼウン様に疎まれ、あの離宮に幽閉されていること。
そのディウラート様が、妖精の正体であること。
罪のない子供が、母もなくたった一人幽閉されている。この事実を知ったとき、私はひどい怖気に襲われた。
私が全てを話し終わったとき、姫様は毅然とした表情で私を見つめていた。
けれど、よくよく見れば唇は引き結ばれ、指先は小刻みに震えている。
それでも、その瞳は強い意思で真っ直ぐに私を射抜き、目をそらすことを許さない。
「リューク、報告ありがとうございました。わたくし、彼に会いに行こうと思います。他の婚約者候補たちには会っているのに、彼だけに会わいないのは不公平でしょう?」
「ディウラート様にお会いになると?」
ああやはり、と思いながら私は聞いた。
姫様はこくりと頷く。
「天地を操るは民を統べる。天候を操るほどの魔力を持っている時点で、彼は王族の中でも強い魔力を持っているとわかります。王弟の子であり身分も申し分ない。彼は、わたくしの婚約者になりえる人物です」
国の歴史書の一文を引き合いに出し、姫様は言う。その様子は、まるで苦いものを呑み込むようだ。
確かに、王家にしか春を呼べないように、天地を操るほどの魔力を持つ者は非常に少ない。姫様の言っていることは道理にあっている。
けれどこれはきっと、姫様の言い訳にしかすぎない。
心根の優しい姫様は、恐らく私などよりもずっと衝撃を受け、お心を痛めていらっしゃる。
そして、ディウラート様に強い興味を抱いているのだろう。
私はこたえる。
「わかりました。それならば私がお手伝いいたしましょう。彼に会うのは大変ですよ、姫様」
「望むところです。わたくしに、彼を放っておくことはできません」
固い声音からも潤んで揺れる瞳からも、姫様の思いと覚悟が伝わってくる。
私は、我が主の望みを叶えるために思考を開始した。
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