第24話 王冠の有無

 何時だって時代は待ってくれない。

 主役の座は、望んだものに届くとは限らない。

 “勇者”クリストフ・ローエングリン。

 魔王によって訪れた危機を命がけで救った、この国の英雄主人公

 そして魂を受け継ぐかのように、今、サムナで注目を集めている新鋭。

 愛染主。

 まだ二つ名こそ授かっていないものの、クリストフと同じく最年少で達人ゲゼレとなった新進気鋭。

 異世界から現れ、才能を開花させた彼は既に多くの人を救った――まさしく英雄主人公

 実力や経歴こそ違えど、両名はどちらも公人が求める資質を持っている。

 彼らは望んだのだろうか。英雄主人公と呼ばれることを。

 望んだとしたら、どうやって手に入れたのだろうか――


「なーに黄昏てんの。ダテのダンナ」

「んー?」


 サイダーの瓶から口を離し、背もたれ代わりにしていた屋台の中へ言葉を返す。


「ちょっと考え事」

「ふーん。まだ若いのに難儀だねえ。それよりダンナ」


 売り子がカウンターから苦い顔を飛び出す。

 ちなみにダンナというのは彼の客に対する愛称で、年齢はむしろ彼の方が上だ。


「毎度のご利用本当にありがたいけど、毎度瓶を壊すのを止めてくれねえかい」


 手にしているサイダー、正確にはその飲み口。

 異世界の瓶は多くが王冠タイプで、キャップタイプはまず見ない。

 このサイダーも例に漏れず王冠で栓をされており、公人は自分流で栓を開けたのだが、そのやり方に文句があるらしい。


「だったら栓抜きの一つぐらい置いてくれよ」

「そんなんヨボヨボの年寄りぐらいしか使わないっての」


 密封性が高い代わりに開けにくい――というのは元の世界の常識だ。

 魔術が当たり前のこの世界では、誰もが簡単に素手で王冠を開けられる。むしろ子供の訓練の一種とさえ認識されている。だからわざわざ栓抜きなど用意する必要がないのだ。

 しかし魔術を使えない公人にとっては無理難題に等しい。

 だから公人は飲み口を『魔弾』で開けていた。

 これがもう便利。下手をすれば切り口が鋭利になって唇が切れてしまうが、何の力も入れずに開封出来る。通常の魔術とは勝手が違うとはいえ、この国が魔術主体になるのも納得だ。

 ただ、難点も一つ。


「せめて持ち帰ってくれよ。置いてかれても再利用も出来やしない」


『魔弾』で消したものは元に戻らない。

 つまり飲み口が消滅した瓶だけが残ることになる。

 この屋台は回収した瓶を洗浄して再利用しているが、『魔弾』を使ってしまえばそれが出来なくなる。


「ダテのダンナの魔術が凄いのは分かったからさあ、いい加減普通に開けてくれよ」

「普通に開けられないからこうしてんだろ」

「だから俺が開けてやる、って前から言ってんじゃねえか」

「お前、口で開けようとするだろ」

「楽だからな」

「だから嫌なんだよ」


 飲み干した瓶を手渡すと、露骨に嫌な顔。


「次のご来店時には栓抜きの持参をお願いしますぅー」

「意外と売ってねえんだよ、アレ」


 やはり需要の低さか。言っていた通り、魔術の腕が衰えた老人ぐらいしか使わないし。

 空手になった両腕を高らかにしつつ背筋も伸ばし、あくびとゲップを一つずつ。

 仲間がいれば、間違いなく白い目を向けられていた。


「さて、買い出しすっか」


 サボりはここまでにしないと、アンディの買い物が終わってしまう。

 女三人(内一人は男だが)いればなんとやらと言うし、どうせ長くなるだろうが、こちらも用事を終わらせないと申し訳が立たない。

 良い食材は早く売り切れる。既に遅れ気味ではあるが、手遅れというほどではないはずだ。

 目的地を市場に決めて歩き出して、すぐのことだった。


「あ」


 見知った顔を見つけた。

 碧髪紺瞳アパタイトの背の高い男性が先を歩いている。

 思わず走り出し、その背中に声を掛けた。


「ラギ兄さん!」

「……? おお、キミトか」

「……では、俺はこれで失礼する」

「ああ、またな」


 近づいてから気付いたが、どうやら先客がいたらしい。

 目深にフードを被った男は、ラギに一度頭を下げて立ち去る。

 誰だろうか。少なくともラギのチームメイトではなさそうだが。


「あー、仕事か何かの話でしたか?」

「いや、違う違う。プライベートな知り合いだよ。それよりどうした?」


 持ち前の人当たりの良さそうな態度で、こちらの要件を促す。

 そうだ。邪魔をしてしまったのは申し訳ないが、こっちにも言いたいことがあるのだ。


「今朝クランの方に行ってきましたよ。ラギ兄さん、報告してくれてないじゃないっすか」

「あ、あー、昨日の件な」


 すると彼はワザとらしく、大げさに表情を作った。


「すまん! 実はあの後急ぎの仕事が入っちまってな。戻ってきたのは夜遅くなんだ」

「オヤジに報告は他人に任せるな、って怒られちゃいましたよ」

「はは、まあその通りだな」

「忘れた人が言うセリフじゃねえっすよ」


 これまた大げさに笑いだす。

 相変わらず陽気な人だ。だからこそ人気もある。

 クランの内外問わず彼を頼りにする人は多く、また彼も遠慮なく頼ってくるから対等な関係を築きやすい。自分にとっても頼りになる兄貴分だ。

 人が集まりやすい性格の持ち主だからか、クランを離れた公人でも遠慮なく話しかけやすい。

 だからなのだろうか。見るからに怪しい男とも対等に話していたのは。

 少し違和感があったが、顔の広いこの人なら、と納得も出来る。


「悪かったな。今度メシでも奢るよ」

「じゃあルーイエ区の店で」

「調子に乗んなって」

「あで」


 額にデコピン。ちょっと痛い。


「キャシー達は一緒じゃないのか?」

「ええ、ちょっと別行動してて」

「ふーん、そっか。そういや昨日の子供はどうした?」

「ウチで預かってますよ。事態が収まるまでは一緒に住もうかと」

「そっか。そいつは……」

「どうしたんすか?」

「いや、何でもない」


 なぜか険しい顔をしたかと思えば、あっという間にいつも通りに戻る。

 一瞬だけ見せた到底似つかわしくない表情に、胸の内が不気味にざわつく。


「ま、なんかあったら言ってくれ。いつでも手伝うからさ」


 だがその正体は掴むことは出来ず、会話の中で流されていく。


「どうしよ……また忘れられたらなあ」

「今度は忘れねえって!」


 笑いながら肩をビシバシ叩かれて、ラギは公人が来た道へと向かいだす。


「じゃあな。ツカサに負けずにがんばれよー!」

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