VS戦艦5 / 古代戦艦の手盾突撃
敵艦砲がイリスヨナを捉える。
イリスヨナは正面向き。
敵戦艦の体勢は完全に水平射撃。もう観測射撃は不要な距離。
「盾の初仕事よ」
格闘戦で、銃弾を剣で弾く、なんてありがちなファンタジィがあるけれど。
盾を斜めに掲げる。
イリスヨナの軌道予測システムがあれば、敵艦砲の軌道は簡単に捉えられる。
両艦の接触までに、少なくとも1発を受ける。
相手はイリスヨナが盾で守っているとわかっていても、撃つしかない。
『艦内、不意の衝撃に備えよ』
艦砲から閃光。弾体が重力に引かれつつ、まっすぐにイリスヨナへ。
衝撃。
盾を真正面に構えて受け止めるのではなく、斜めに受けてはじく。
盾に一本線を引くように砲弾が弾かれる。
直後に接触信管が作動。
盾に受けた衝撃と直近の爆発で、イリスヨナが海面に叩きつけられる。
「イリス様っ!」
副長が椅子にしがみつき、私もイリス様をかばい損ねる。
が、簡素な艦長椅子のベルトと背当てが膨らみ、また支柱が瞬発して衝撃を和らげる。
エアバッグにアクティブサスペンション。
イリスヨナの船体自体も、船内に伝わる衝撃を動的にキャンセリングする。
前回の戦闘でもやってくれればよかったのに。
自分のことながら、この船には誰も知らない隠し玉が多すぎるのではないか。
とはいえ戦闘ではビックリドッキリに頼るわけにはいかない。
イリス様が顔を上げる。
「ヨナはだいじょうぶ?」
「問題ありません」
私は即答。
『盾は健在。アームに問題発生。稼働は問題なし』
健在といっても、次弾を受けられるかどうかは微妙。
掌砲長より報告。
「後方魚雷発射管、I種魚雷を装填および調停完了」
副長が続ける。
「敵艦は舵で旋回しつつ砲塔を旋回。操舵能力は現状ママです」
「では予定通り」
『船体後方トリムタンクをブロー。乗員は船体傾斜に注意』
イリスヨナの尾部を持ち上げる。
「衝角を避けて魚雷を『投下』します」
敵戦艦の船体は硬い。
魚雷攻撃では撃破の前にこちらがやられてしまう。
だが艦橋構造部は船体ほどではない。
だから魚雷で上から甲板を爆破する。
3本の魚雷を振り分け、前後の甲板を爆撃。
撃破できるかはわからないが、砲塔を破壊して敵を攻撃不能にすることはできる。
ミサイル艦のように格好良くはいかないが。
「敵艦、後ろの砲塔が旋回中」
そこで再度の予想外。
砲塔の旋回角度が私の知る戦艦のそれより大きい。
自分の艦橋を撃ち抜けるほど。
このままでは魚雷投下のあと、前部と後部の両方からの砲撃にも晒される。
盾で受けきれない。
敵の攻撃を止めなければ。
今からこの距離では投射爆雷は使えない。
盾を高く構えるくらいしか。
そうだ、盾があった。
『船体全タンクブロー。メインタンクをエマージェンシーブロー』
魚雷投下のために船体をロールする。
イリスヨナが海面に浮き上がる。見た目にはそのまま転覆しそうにすら見えるだろう。
実際、砲撃を受けたら回転角でひっくり返るかもしれない。
機関出力、船体速度がさらに上がる。
「雷撃タイミングそのまま! 衝撃に備えよ!」
艦内放送に回しそこねる。衝撃警告なんて、いまさらだけれど。
弓を引き絞るように、盾を引く。
敵艦が発砲する数秒前。
船がすれ違う一瞬前。
モータ出力の全力で盾を押し出し、艦橋構造部の根本に盾の先端を叩き込んだ。
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艦橋構造部を貫かれた敵艦が震える。
貫いた盾を押し込むイリスヨナ。
敵艦の前方甲板は、擦り傷による大きな穴が開く。砲塔が歪み、砲身は弾け飛ぶ。
アームが限界をむかえ、盾を敵艦上に放棄。
掌砲長が後方魚雷発射管を操作。
「魚雷投下します!」
予定を変えて、3本すべての魚雷を前方甲板に放り込む。
後方魚雷発射管が、ぎりぎりの小さな回転角度でI種魚雷3本を前方へ射出。
1本が甲板をこすって敵艦を乗り越え、海中へと落下。
しかし、1本が予定外に開いた敵艦の甲板穴はまり込み、甲板に突き立つ。
もう1本が盾により艦橋構造部に開いた隙間へ。
発射された魚雷は天を仰いだ格好のまま疾走をはじめて、高速回転するスクリューが虚しく空を切る。
時限調停による炸裂までの数秒。
後方砲塔がイリスヨナを捉えている。
砲身と目が合う。中に刻まれた施条を数えられるほどの長い一瞬。
その砲身が、一瞬遅れて火を吹く。
でも、それは敵の必殺の一撃ではなかった。
敵艦橋が浮き上がる大爆発。
戦艦があらゆる穴から火を吹き上げて、海面より上がすべて火炎に置き換わる。
イリスヨナは敵戦艦の爆発に押しやられるかのように、その場を全速で退避する。
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「イリス様!」
戦闘状況が終わったと判断して、私はイリス様を顧みる。
呼吸を荒げるイリス様の手が何かを探して空を切る。
細めた瞳を閉じる前に一言。
「おつかれさま、ヨナ。がんばったわね」
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