たいくつな待機と、せわしない出港

「暇ねー」


出港日時も決まらないまま、積み込みが終わり人員の乗船が始まっている。


昨日、唐突にエーリカ様から手紙が来た。

内容はイリスヨナへの仕事の依頼で、直後からイリスヨナはエーリカ様による貸し切り状態のまま待機している。

『いつでも出れるよう出港準備を万全にして待っていなさい』というのがエーリカ様のご注文だ。

だから積み込み完了・全員乗船済みで待機している。


レインからリークされた事前情報では、依頼は第五皇女様との連名のはずだが、いまのところエーリカ様の名前しか出てきていない。


断れないし断る気もないけれど、内容すら聞かされないまま料金だけ払われて待機というのは実際手持ち無沙汰である。

そういえば料金、いつのまにかレートが決まっていた。思っていたのと桁が2つくらい違う。

こんなの誰が払えるんだ、という金額をポンと払われるので、やっぱり貴人は貴人なのだなぁ、という感想しか出ない。


エーリカ様が来るの、正直楽しみにしているのだけれど。


レインが横目で私を見る。


「ヨナ様の『それ』っていったいどこから来るものなんですかね」


金髪猫耳美少女で獰猛な公爵令嬢に会えるのだから、楽しみでないほうがおかしいと思うけれど。


ともかく暇だ。

レインやイリス様と飲むお茶が美味しいのと、第二発令所から見える大河の風景が見飽きないのがありがたい。


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エーリカ様は高速馬車でやってきた。

イリスヨナ港湾に横付けした馬車から、ゆうに5メートルはジャンプして可憐に甲板に飛び乗るエーリカ様。


「依頼は、大国エルセイア所有の戦略級魔槍兵器『アロン』の輸送よ。随伴員が一人付きます。

引き渡しと出発地点は、ここ。イリス伯領地のイリスヨナ専用港湾。

送り先は2つ先のエルセイア所属辺境国カサンドラにある『水晶の街』。

依頼主は第五皇女様と私の連名。

支払い済みの貸し切り運送料に、追加の日数分と危険料金を別に支払うわ。言い値でいいわよ。

途中戦闘になって使用した武器弾薬は料金と別に現物にて後日補填。

輸送経路は海路とします。到着まで外部との接触は禁止。航路などの詳細は任せるから自由にしていい。

さあ、いますぐ行きなさい!」


(えっ、それだけですか)

みたいな気持ちにはなる。

待ちぼうけされた犬の気分。

私に生えてる耳はやたら大きくて犬のではないようだけれど。


依頼や報酬について、いまさらドウコウ細かい説明をうけたいわけではないですが。

というか白紙小切手とか、扱いに困るのでむしろやめてください。


こういう場合、エーリカ様と第五皇女様が相手では、タダというのも支払能力をナメていることになってしまうのでダメなのだ。


「ここは戦場になるわ。すぐに襲撃があるわよ」


エーリカ様のお言葉の前後をわきまえずに、遠くから小さな衝撃波が伝わってくる。

遠く遅く深い、揺れ。

艦橋ではそよ風のようなものだが、爆心地はちょっとしたクレーターが出来ていそう。


「攻城砲か上位魔術師が来てるわね」


エーリカ様、横顔が凛々しくて素敵です。

やっとこさ、甲板に上がってくるのはエーリカ様の護衛と魔法槍の随伴員。


エーリカ様の護衛は、頭に角、筋骨隆々な体格で、甲冑に大きな剣をかついだ、いかにもという姿の男の鬼ヒト。


随伴員は細身の獣の老人だった。縦にまっすぐ伸びた背に、紳士の笑み。

1メートル弱の楽器ケースのようなものに仕舞われているのが輸送対象物だろうか。

槍というから大人の身長以上はあると思っていたが、意外と小さい。


副長が搭乗案内をするのを横目に、私はエーリカ様の猫耳の輝く毛並みを見やる。

獰猛さを隠しきれていない公爵令嬢の瞳がこちらを向く。


「ヨナ、そんな構ってほしそうな顔するのやめなさい」

「そんな顔してました?」

「イジメたくなるわ」


ぜひお願いしたく。


「でも時間がないから」


と興味なさげな顔。けんもほろろだった。

と、胸元をぐいっと掴まれて引き寄せられ。


「今度ゆっくりね」


ささやく声。

吐息に耳元をくすぐられる。

表情は見せてくれない。

そのまま突き放される。エーリカ様はきびすを返し、もうこちらを見ていない。


「ドラド、行くわよ! 相手が上位魔術師なら私が直接仕留めます」

「応です。攻城砲だった場合は?」

「私が直接撃破します」

「それってどっちも一緒ってことでは?」

ドラドと呼ばれた筋骨隆々な男の鬼ヒトを連れて、エーリカ様が出陣する。

「格好良すぎですって」

私は思わず熱い息を吐く。

童女の背中がこんなに勇ましく見える日が来るとは想像したこともなかった。


----


「イリス様、安全確保のためにもこのまま出港したく思いますがよろしいですか?」


私は、エーリカ様を言い訳にはせず、いつものように素直に理由を話す。

イリス様はご実家を気にかけていらっしゃるから、下命があれば喜んで従う。

でも、私はイリス様の命がいつでも最優先だ。


イリス様の返事はいつもの通りだった。


「ヨナに任せます」


私は仕草で礼を示して、出港シーケンスに入る。


『機関始動。艦内に出港通知。第二種警戒配置。ハッチ閉鎖』


とはいっても、機関は常に火が入りっぱなしだから動力を伝達するだけだけれど。

ハッチは私が制御して閉じることもできるけれど、いまは開いている扉を乗員が閉じる。


動き始めた船の上から、陸を見やる。

イリス伯と使用人たちには警護がついているだろうけれど。

トーエにチセ、『海外旅行協会』のみんなは大丈夫だろうか。


敵の目的がイリスヨナの受け取った積荷なら、出港してしまえば攻撃する理由がなくなるはず。

私たちが出港したほうが、みんな安全なはずだ。


それに、向こうにはエーリカ様もいる。

陸のことはエーリカ様にお任せするしか無い。

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