ミッキの新兵器
盾の引き上げが終わったので、甲板から艦橋を迂回し、船体後方へまわる。
艦内放送にアクセスして後部魚雷発射管室のミッキに声をかける。
『こちらヨナ。ミッキ、積載した魚雷の点検はそろそろ終わった?』
放送の声が船外まで聞こえてきた。
視界に入った後部甲板は、最後尾積載扉のハッチが開いたままになっている。
立てかけられたはしごを登って、遠くにいる豆粒サイズのミッキが手をふっていた。
私はミッキが甲板に上がり、はしごが仕舞われるのを確認してから、開閉装置でハッチを閉じた。
お互い近づくが、幼いイリス様は歩幅が小さいので、合流は艦橋近くになる。
「魚雷の積み込みは概ね終了しました」
「手伝ってもらって悪いわね」
「いえ、勉強になります。魚雷の積み込みも人造戦艦で必要な手順ですから。手伝いというよりは実地調査のようなものです。本来は妖精の乗員だけで完結しますし」
「なるほどね」
「しかし驚きましたね。皇女様から魚雷が6本も届くなんて」
第五皇女様は前回の戦闘中に『使った魚雷は補填する』と言っていたが、あの戦闘では結局魚雷は1本も使わなかった。
それが状況によっては使ったかもしれない魚雷2本の3倍、6本もくれたのだ。
古代戦艦の魚雷が職人謹製の貴重品であるこの世界で、礼にしても太っ腹な話である。
「インタフェースも概ね互換品でした」
まあ、そのへんは魚雷直径が合っていないとそもそも魚雷発射管から発射できないけれど。
「添付されていた非互換情報がすごいです。実際にその調停と組み合わせで撃ったことがないと得られない知見ですよ。過去の実戦の蓄積ですね」
100年以上前の話か。
ちなみに大国エルセイアは内陸国だが、河川港湾に式典を主とした直営艦隊を持っている。
魚雷はそこの備品だろう。
いいなぁ艦隊。
私も早く欲しい。
「新型試作魚雷は、自動装填装置のラックに積みました」
私としては、ある意味でそちらの方が本命だったりする。
「ありがとう。試作品をいきなり積み込みさせてしまってごめんなさいね」
「魚雷の素材に、貴重なイリスヨナ専用魚雷の純正ロットを使わせてもらいましたから。他に使えるものがない状況では仕方ありません」
古代戦艦同士の戦闘はここ100年近く無かったというが、前回までの経験から、今後も不意の遭遇戦が想定される。
そのためイリス伯領地の母港に戻った直後から、使えそうな戦力をあわてて探してかき集めているのだ。
盾と魚雷はそれがあって急いで艤装した。
いざとなったら信頼性も何も無視して使わざるおえないので、事実上の実戦配備となる。
「積載したまま出港するわ。洋上の実環境で、耐久性確認と振動試験をします。無事に何も起こらなければ、帰路の最後で海上公試になるわね」
「構いませんが、ヨナさんは、試験も足りていない安全性のわからない魚雷を乗せるのは嫌なのではありませんか」
「私は大丈夫。そこは、ミッキを信頼させてちょうだい。申し訳ないけれど」
こういうとき、よく言われるのは『大丈夫。ミッキを信じているわ』という言葉だろう。
実際、私はミッキを信じている。
しかし技術者の一部は『それ』を嫌うのだ。
『信頼するのは個人ではなく、試験の方法と結果でなければならない』というのが彼女らの思想であり信条だから。
もちろん技術者は最善を尽くす。だが、ここで個人を信じるという言葉をクチにすることは、彼女らの思想の否定であり、研鑽を踏みにじる。
今回でいえば、新型魚雷はミッキと私の関係によらず、信頼性テストを終えてはじめて『信用に足る』兵器となるべきだ。
ミッキはそのテストに、古代戦艦イリスヨナという私と、イリスヨナ乗員の安全を守るために心血を注いでくれるはずだった。
それを今回は、私の都合とワガママでスキップしてもらう。
「構いませんよ。ヨナさんの頼みなら」
「ありがとう」
「そのかわり、というわけでもないですが、今回の航海では私もイリスヨナに乗船させてください」
ミッキからの提案に、私はイリス様を見る。
イリス様は言葉もなく『ヨナに任せる』と許してくださる。
「私はいいけれど、いいの?」
「洋上での魚雷の状態を常に把握しておきたいのです。それに、私が乗っていれば魚雷に問題が発生しても対処できるかもしれません」
「何度でも言うけれど、私が無理をお願いしたのだから、責任を持つ必要はないわ」
そうじゃない、とミッキは首を振る。
「いまはまだ準備段階ですが、これから初期艦と以降のロットの製造に入れば、私はいま以上に現場から離れるのが難しくなります。
建造が順調に進めば、イリスヨナの長期航海に付いていって実地調査しながらログを収集する機会は、これを逃せば当分ありません」
それは確かに。
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