斬艦刀 伊月

イリス様と副長が、台の上の直刀を見ながら話す。


「斬艦刀、かな」

「そうですね、多分そうでしょう」


斬艦刀って。


いかにも物騒でとんでもない単語が飛び出した。


「もしかして、この一振りで古代戦艦を真っ二つにできるの?」

「違う」


イリス様がふるふると首をふる。

それから少し時間をかけて言葉を探して。


「ヨナの、仲間?」

「斬艦刀というのは、古代戦艦の船体の装甲板から切り出して作った刀のことなのです」


副長の説明によると、『艦を輪切りに斬って作る刀だから斬艦刀』ということらしい。


「そんなものが」


「古代戦艦の装甲はそれ自体がオーパーツです。

古代戦艦同士の戦闘か、航空中隊規模の重爆撃、上級魔術師クラスの実力がなければ装甲を貫くことはできません。

それも力づくで穴を開けることならできるという意味で、細く鋭利な刀に『加工』する技術は、はるか昔に失われて久しい」


なるほど。そんな貴重な品を、私はあの場からちょろまかして来てしまったのか。


それなら確かに、今後私が天使長と会うたびに微妙な顔をするのも当然だ。

当然と思ってもらえる。


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嘘と演技が下手な私は、悪魔のような相手だと知ってしまった天使長の前で平然な顔をしていられない。

私から天使長へのおかしな態度に言い訳が必要だった。


あの後、レインと今後の打ち合わせをしている中で判明した話として。

天使長もレインも、私が現場から暗殺者の刀を持ち出したことは、気づいていたがあえて指摘しなかったそうだ。


だからレインは言い訳には『刀を盗んだ後ろめたさ』が丁度いいと言った。


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イリス様が、直刀から私へと目を向ける。


「ヨナ、この子のお葬式、したかったの?」

「いいえ。それは違います」


船の命運は、乗員の命とは違う。

ヒトとしての私も、船としての私も、艦船を愛するし失われれば惜しく思う。

けれど、船自体を悼むことはしない。


それはヒトや生き物ではない。


「ヨナ様は、これが船体だとご存知で持ち出されたわけではなかったのですね」

「知ってたらどうだったかわからないけれど、すごく惹かれたのは確かね」


刀も綺麗で好きだけれど、私は船を愛するほどには惹かれない。

そういえば前の世界で、刀を集めるブラウザゲームも好きだったな。

お船のゲームの方ばかりしていたから、友達に付き合う程度にしかプレイしていなかったけれど。


むしろ、この刀が船に由来する物品だというのなら納得できる気がする。

そこまで艦船が好きか私、と呆れもするが。


「魅了の呪いの類かもしれないとは考えなかったのですか」


それはうっかりした。

一歩間違えたら、大変危ないところだったかもしれない。


「ともかく、ヨナ様が武装するのには賛成です。

今回は突発な暴力に巻き込まれただけですが、これからヨナ様の周辺はこれまで以上にキナ臭くなるでしょう。

まあ、身につけるならヨナ様自身と同じ船由来のテクノロジーによる道具を持つよりも、魔術的な防御を固めるべきかとは思いますが」

「それは近々の課題ね。さっそく帰りの道中でレインに相談してみるわ」


今回のことはよい機会だったかもしれない。

艦隊を作るためにここから先、否応なく政治と経済と軍事の絡む大仕事をすることになる。

自分の身を守る方法が必要だ。


それに、レインのことをどうでも良いと思っているわけでないけれど。

イリス様が同じように命の危険に晒されたとき、今回のような危険な賭けと偶然に任せたくはない。


机の上に置かれた直刀は、刀身の刃先まで艶消しされているかのように黒い。

だがこれから浴びるであろう血の量を予感して、鈍く光っているような気がした。

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