同好の造船技師ミッキと出会う2
ミッキ・クロウド・エヴナは、河川で使われる漁船の若い設計士だ。
エヴナ家は陸軍閥の技官系貴族の一門として、国中に散らばった血統が300人以上いる大集団だという。
ミッキはその傍流の子女で、民間の設計仕事を手伝いつつ、本家筋の大叔父が残した技術資産の管理人として暮らしているとのことだった。
イリス家にお願いしてアポイントメントを取り、早速会いに行く。
彼女が暮らしているのはイリス伯領地内だった。イリス邸から馬車で行ける距離。遠くなくて助かった。
造船技師とのことだから、アドレオ河の近くに工房を置きたかったのかもしれない。
大叔父から継いだというミッキの家は、河から少し離れた丘の上、大きな平屋建て民家を改造した工房になっている。
玄関から覗き込むと、広い平屋の中が見渡せる。
民家の壁は邪魔なので抜かれ、床も重量物を置くために地面まで抜いてある。
柱と壁とついたての、あらゆるところにメモや設計図が貼られている。
奥まったところに高くなった床があり、生活物資はその周りに集められていた。簡易なベッドが無造作に置かれている。ベッドの周囲を本棚が囲う。地震が起こったら下敷きは免れないだろう。
それ以前に、壁を徹底的に間引きされた改造民家の天井が、揺れに耐えられるとは思えないが。
地震大国出身者として、一瞬、踏み込むのをためらう。
奥で何やら書類を見ていた少女がこちらに気づいて近づいてきた。
雨合羽と白衣のあいこののような、飾り気のない服装。どこか眠たそうな目。ストレートの短い茶黄色の髪。年頃は、中学と高校の間くらいか。
「イリス様とヨナ様ですね。私がミッキ・クロウド・エヴナです。ご要件は?」
互いの自己紹介をさっと済ませ、私の話を聞いてすぐに、ミッキは鉄板で箱を作った。
工房の脇に置かれた、人魚が飼えそうな大きなプールにそれをそっと浮かべて手を離す。
「こうですか」
浮いた。
「魔法は使っていないんですよね?」
ミッキが頷いた。
「ヨナさん、ヨナさんが建造したいと仰っている戦艦のことなのですが。
どなたか師匠がいらっしゃるか、本で読んだりした考えなのでしょうか?」
「えっと、師匠がいるわけではないのですが」
私の元いた世界では、船は金属で出来ているのが普通というだけです。
あとは、艦船美少女擬人化ゲームにハマって得た知識です。
「ヨナさんの語る『艦船』、巨大な鋼鉄の人造戦艦。
実は、大叔父様の構想スケッチに、構想がとても似ているのです。
それは私が大叔父様から受け継いだ構想であり、私自身、生きている内にいつか設計したいと望んでいる船そのものです」
真剣な目。
出会ったばかりで、相手のことをこんな風に思うのがおかしいことはわかっている。
けれど、今のミッキが日ごろしないであろう真剣な表情をしているのが私にはわかる。
私と同じ、大洋を往く船への憧れを持っている人物だと信じられる。
この世界でも、私が知っているのと同じ艦隊を考えている人がいたのだ。
当然だ。きっとミッキやその大叔父以外にも、たくさんいたのだろう。
ただ、構想を実現する機会がなかっただけで。
ミッキの手をがしっと掴む。
「鉄で出来た大きな船を作りたいの。一隻じゃない。たくさん作る。大きさも種類も。
内火艇、水雷艦、補給艦、練習艦、巡洋艦、駆逐艦、戦艦、潜水艦、航空母艦。
作った艦船で艦隊を組む。
海獣を倒せる艦隊。それで海に出て、海獣を恐れること無く、漁業や交易をしようと考えてる。
そして、私はひとつの答えを知ってる。
古代戦艦ではない、本物の艦船を見たことがある。
鉄製の戦う船に必要な、機能と装備と艦種を知ってる」
この世界で現在実現可能な造船知識を持っている設計技師で、同好の士。
エーリカ様の人脈、本当にすごい。
ミッキを捕まえた手に力がこもる。絶対に手放すわけにはいかない。
「とは言っても、見た目と機能くらいしか知らないから、どう作ればいいのかは全然分からないし、海獣と戦う船にちゃんとなるかは正直わからないけれど。
お金...は、さすがにイリス伯におねだりってわけにはいかないし、必要な額もたぶん国家予算レベルだから稼いでいかないとだけれど、元手を作る手段は考えてある。一応」
だんだんと語尾に自信がなくなっていく。
「なんだったらイリスヨナから沈まない程度に部品取って使っていいわよ!? 何しろ私自身の身体なんだから!」
「それはさすがにちょっと」
引かれた。
「それに、イリス伯の許し無くそういうことはまずいのでは?」
「いやだってイリスヨナは私自身だし」
と、服の袖を引かれて。
「ヨナ」
と一言だけ、イリス様が。
怒っているわけではなく、悲しそうに。
「...すみませんでした。私はイリス様のものなのに勝手に」
「違う」イリス様が首を横にふる。「イリスヨナとヨナを、大事にして。私、ヨナのこと、好きよ」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
その言葉、次はもっと明るい声で聞きたい。
そうなるように、がんばろう。
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「ところでヨナ」
その少し後。
イリス様が適当に作った鉄の箱が、水に浮いていた。
「ねえ、ヨナ」
「はい」
「前から、そんな気はしていたの」
「えっと...」
「ヨナ、手先が不器用?」
「どうせ私は工作センスが無いですよ!」
そういうことじゃなくて、というイリス様の言葉が私には虚しかった。
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