20. 小さな変化はやがて……。

「私だっていまだに理解してないのに。なおさんってば、意地が悪いですよ」


「そう?」


 昼寝から目覚めたしうは、机に置かれたチョコレートを一口ずつ小さくかじりながら、煙管を吹かすなおに小言を告げる。


「まあ、勉強と思えばいいよ」


「物は言いようでしょうに」


「何事も知識と経験、でしょ?」


「……おばあちゃんにそっくりですね」


「それはとても光栄だ」


 しうの隣で静かに一人読みふけていたあいがふと、顔を上げる。


「なおさんは、しうさんのおばあさんをご存知なんですか?」


「……しうから何も聞いてないの?」


「え、はい」


「お前はまた……」と言わんばかりに、なおの文句の言いたげな視線が痛いほどにしうに突き刺さる。


「……ったく。この流れだと、もしかしてきい子さんの事をろくに説明してないんじゃない?」


「ホンモノとしか……」


「拾ったんなら最後まで面倒見る」


 気まずそうに俯く藍の姿に、なおからしうへの非難が飛ぶ。

 ふう、と吐き出した煙が天井へと高く上り揺れる。


「稀にみる本物であり、なおかつ信頼信用をその手の仲間内からは得る最強の霊媒師」


「なんですか、それ?」


「きい子さんを紹介するときに、みんなが口を揃えて言ってた言葉」


「……本当にすごい方だったんですね」


「すごい人だったよ。……千里さんはまあその反動かな」


「ちょっと!なおさん!」


 非難するようにしうの怒鳴る声が上がるも気に留めることのなく、揺ら揺らと紫煙をくゆらす。


「どうせ一緒にいるなら知るでしょ」


「…………勝手にしてください」


 怒ってしまったのか、拗ねたのか。眠るよう瞼を閉じ俯くように下を向いてしまったしうに、ははっと軽くなおは笑ってみせると再び口を開く。


御神千里おがみせんりって聞いたことない?」


「……千里眼が使える有名なカルト教団の教祖で、近年稀に見るある意味で天才の詐欺師ですよね」


 吐き出すように苦々しく呟く藍に「おや?」となおの視線が僅かに動くも深く追及することはなく、淡々と続ける。


「そう、星蓮教せいれんきょう


「けど、あの人には何もないよ」


 話を拒むよう俯いていたしうが顔を上げ、隣に座る藍を真っ直ぐに見つめる。


「あの人にはそんな力はない。ただの平凡で可哀想な人」


「じゃあそもそもが嘘なんですか?」


「うん、嘘。あの女は平凡に平和に普通に生きて欲しかったおばあちゃんを、私を、羨んで捨てた。大勢の人を不幸にして……いや、今も不幸にし続けてる。そういう女」


「そう……だったんですね」


「日本で有名なカルト教団の娘と何て関わりたくないなら、今からでも手を引ける」


「え……?」


「何かあるんでしょ? あの女とあそこと」


「なん……でですか?」


「だって」


 そういうと無意識に強く握り締めていた藍の手を、しうのひんやりとした手が優しく包み込む。

 冷たいはずなのに、どこか温かい彼女の手に意識していない緊張が解けてゆく。


「ね?」


「……御神千里としうさんは別物です」


「え?」


「親が親ならなんてことはないです。別です、仮に俺が御神千里を嫌っていたとしてもそれは御神千里でしうさんじゃないです」


「キミって……バカなの?」


 半ば呆れたように、けれど小さく笑うしうの瞳は柔らかくそんな彼女の手を藍は僅かにぎゅっと握る。


「…………いい感じのところ悪いんだけど」


 仲間はずれがお気に召さなかったのか、ぷかぷかと煙で輪っかを作りジト目で二人を見つめるなおに藍は「すみません!」と慌てると握っていたしうの手を振り解く。


「被害者のフルネーム、わかった」


「え、本当ですか?」


「三流のクソみたいな雑誌に載ってた」


 本を大切に扱う古本屋の店主がまるで、ゴミでも投げるよう少し古びた雑誌を投げて寄越す。

 動きに嫌悪感がでるほどに下世話で、胸糞の悪い記事だったのかとしうは悟ると丁寧に付箋の貼られたページを開く。

 内容なってあってないようなものだったが、小さく載った女の子二人の写真に目が留まる。


五神清良ごかみきよら五鬼篝ごきかがり


「五神さんが亡くなった方ですよね?」


 しうの開くページを横から覗き込む藍の質問にこくんとなおが頷く。


「この親友ちゃん、五鬼、ねえ……。鬼じゃん」


「そう、鬼」


「鬼……ですか」


 シーンと静まり返る室内。自死した霊の未練を探していたはずなのに、やたらと聞いて目にする「鬼」。

 いったい何がどうなっているのか、藍には皆目見当もつかないでいた。


「名前がわかれば……まあまあ。二日ちょうだい」


 しうが自分に話しかけているのだと理解するのに藍はたっぷり三十秒必要とした。


「……すみません」


「いいって、手伝うって言ったし」


 二人のやり取りを見守るなおは、しうの表情の変化に気づく。

 もしかしたら、藍との出会いは自分の力ではどうしてあげることもできぬ彼女の奥底にある葛藤やよどみに変化をもたらしてくれるのではないか。

 そう、親のように姉のように……友のようそばにいたなおは願うのだった。



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