19. 信仰

「なおさん」


 集中力が切れたのか、いつの間にかスウスウと寝息を立て眠るしうを起こさぬようあいとなおも一旦休憩と、なおのいれた珈琲と紅茶をそれぞれ静かに楽しむ。


「ん?」


「この前しうさんが神でも仏でもないカミって言ってたんですけど、それって普通の神様とは違うんですか?」


「また入り込んだ話を。それっていつ話してた?」


「えっと、八王子神社にいく時だった気が……」


「なるほど。そうねえ、神とカミの違いなあ〜」


 うーんと唸りながらなおは珈琲を一口、口に含む。


「まんまの意味なんだよね、神でも仏でもないって。ほら、日本って神仏習合じゃない? あ、……神仏混合の方がわかりやすい?」


「用途によって崇める神様が違うってことですか?」


「うん、まあ大まかに言えばね。その神仏混合に牛頭ごずは当てはまらない、神でも仏でもない」


「え、だけど牛頭って神様なんですよね?」


「そう、まあ地獄にもいるけど、神様なの。さて、どうしてでしょう?」


 なおの話し方は、しうによく似ている……。

 そんなふうに彼女の質問の答えをこの数日でつちかった知識で導きだそうとしたが、いかんせんまだまだ浅い学の為か早々に「わかりません」と素直に藍は告げる。


「素直に認めることはいいことだ。そうさねえ、人の願いで祈りで、人の勝手で欲で、信仰という呪いで作られたカミ」


「え?」


「カミの大元の話」


「でも他の神も信仰や願いでですよね?」


「まあね、なんつーだろうなあ。……元々いたモノを神として信仰するか無から信仰するか。ってわかる?」


「あんまり……」


「だよね。んー、じゃあ天照大神ってわかる?」


「それはさすがにわかりますよ。確か……イザナミノミコトの左目から生まれおちた太陽神ですよね?」


「そうそう、天岩戸に隠れちゃった神様。それじゃあ現人神あらひとがみは?」


「えっと、え……わかんないです。すみません」


「謝らなくて全然いいよ。現人神っていうのは、これもそのままの意味だけど人の姿をした神。藍ちゃんが知ってそうなのは、織田信長とか安倍晴明に信玄公かな」


「歴史上の有名人ですよね? 有名だから神に?」


 藍の言葉にふふっとなおは小さく笑うだけ笑うと、珈琲と共に机に置かれた金色の包み紙に巻かれたチョコを口に入れる。

 そして、たっぷりと甘いチョコを堪能すると、珈琲を一口飲み真っ直ぐに藍を見つめる。


「逆だよ、逆」


「逆……ですか?」


「神だから有名に、人を導くために、生を全うしたんだ」


「じゃあ、牛頭はそのどれにも当てはまらないってことですね?」


「簡単に言えば、ね。もっと詳しく知りたいならこれ読むといいよ」


 初めから藍に読ませるつもりで、準備をしていたのか。なおの座る横に置かれていた一冊の古びた本を藍に渡すと、読んでというようにあごで促す。

 乱雑に扱えば今にも解けそうな本の表紙を丁寧に開くと、ここを読めと言わんばかりにしおりが挟まっていることに藍は気づく。壊物を扱うようゆっくりとページを開くと文字の世界に集中する。



『……「神」 「仏」に区分できない「カミ」の中には、牛頭天王も含まれる。

 信仰、祭儀の「場」をいかに捉えるかという課題がある。(ここでいう場とは信仰を指す)

 信仰を伝える各主体による祭儀の「場」の違い。さらには時間軸や地域性など物理的な違いを無視し、牛頭天王という「カミ」を一つの像に規定することには無理が生じる。牛頭天王は、それぞれの「場」において、それぞれ固有の姿を現していたのではないか』


 

 読み途中のページから顔を上げ、困ったように藍はいつの間に取り出したのか、煙管をふかすなおに視線を向ける。


「そんな顔しないで、もう少し読み進めてみな」


 読み終わらない限り質問は許さないとばかりに、静かに首を振るなおに大人しく従うようこくこくと頷くと藍は再び読み途中のページへと目を向ける。



『……各「牛頭天王縁起」本文の異同や「場」によって生じる信仰の差異への言及に終始することになりかねない。差異を前提とした上で、それぞれの縁起世界がどのように独自の「場」を創り出し、他方でそれぞれの縁起や「場」がどのように関係し、影響を及ぼしていくのか。…………「牛頭天王縁起」の定義を寺社縁起に限定せず、 その内容から牛頭天王の由来を語り、 「場」を想起させるテクスト全般としたい。しかし、牛頭天王をどの程度、信仰対象として規定しているかは、 「縁起」によって「濃淡」があることも念頭に置かねばならないのである』



 ハアと長いため息と共に薄暗い部屋の天井を仰ぐ藍に、「難しかった?」とまるで、本の内容を理解できていない藍をからかっているかのようにほくそ笑むなお。

 ふぁぁと呑気な欠伸をこぼし、ゆっくり起きたしうは二人の様子に寝ぼけ眼を擦りながら不思議そうに首を傾げる。




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