12. コロッケ

「全然八王子と違うじゃん! 高尾山? え? ナビふざけてんの?」


「八王子神社ってとこに行くんですよね?」


「そう、牛頭ごずが祀ってある神社に行きたいの」


「じゃああってますね」


「マジ?」


「マジです」


 聞くに耐えぬ悪態を吐くと、うーんと伸びをする。

 途中休憩で訪れたSA、東京に出てきて初めての遠出に心なしかわくわくしているあいに「見てきて良いよ」とぬるくなったお茶を飲みながらしうがふっと笑う。


「え」


「気になるんでしょ?」


「……まあ、でもあの」


「うん?」


「牛頭についてちょっと気になることが」


「あー、なんか熱心にスマホと睨めっこしてたね。てっきりゲームでもしてんのかと」


「違いますよ!」


「で? 牛頭がなに?」


「あ、え。……思い違いならその」


「なあに?」


「牛頭と牛頭天王って別物なんじゃって」


「は?」


「ごっ、牛頭は地獄の鬼ですけど今から向かってる八王子神社に祀られてるのは牛頭天王なんですよ……ね」


「鬼を神と崇めて祀ったんじゃなくて?」


「じゃないと思います、多分」


「多分って」


「あまりにも難しくて、別に俺は仏教とかの勉強してないし……」


「あー、もしかして牛頭って神でも仏でもないカミの話に繋がるの?」


「なんですか? それ」


「今、話すと夜になるよ」


 車の鍵を閉め、気分転換とばかりに駐車場から歩き出すしうの後を慌てて追いかける。

 トントンと軽やかに階段を登る後ろ姿に視線を奪われていれば、来なよと言うようにしうが振り返る。


「なんか食べる?」


「へ?」


「お腹減ったの」


「えっと、じゃあしうさんと同じもので」


「おっけ」


「あ! しうさんお金!」


 藍の声など届いていないのか、スキップをしながら売店へとさっさと行ってしまえば出した財布が虚しく思え五百円玉だけ取り出し、握りしめるとその場に立ち尽くす。


 ふわりと嗅ぎなれた悪臭が漂う。


 ハッと辺りを見渡せば、コロッケを両手に持ったしうが首を傾げている。


「どうかした?」


「いや、なにも」


「なにもないって顔じゃないでしょ。まあ美味しもんでも食べて落ち着きなよ」


 はいと藍の手に出来たての熱いコロッケを渡せば、先に食べ出すしう。

 食べ出すことなく手元のコロッケを見つめ続ける藍を心配そうに見れば、ごくんと最後の一口を飲み込む。


「食べなよ」


「はい」


「……キミが怖がってるものは祓った」


「はい……は? 祓った?」


「そう、だから安心して」


「……そういうことはしないんじゃなかったんですか?」


 湿った生ぬるい夏の風がピンクベージュの髪を揺らし、目が眩むほどの太陽に照らされながらしうが笑う。


「キミは特別だよ」


 張り詰めていた緊張の糸が解け、つうっと涙が頬を伝う。

 涙でぐしゃぐしゃの顔でまだ熱いコロッケを頬張れば、零した雫の味なのかいつもよりも塩っけが増したような気がした。


「まッ、細かいことは現地に行って確かめよ。藍のその知識頼りにしてるし」


 藍、初めてしうから名前で呼ばれまた涙が溢れ落ちれば「泣き虫だな」と彼女の笑い声が夏空に広がる。

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