10. 牛と馬

「さて、少し復習をしようか」


 淹れたてのコーヒーにミルクを零し、スプーンでひと回しするしうと同じように淹れたてのコーヒーを一口飲んだなおが口を開く。


「復習って特になにも情報はないですよ」


「上部はね」


「上部?」


「そう」


「なおさん段々おばあちゃんに似てきて、すっごい面倒くさいですよ」


「師匠に似てるってのは弟子としてこの上なく嬉しいことだよ。……それが、あの灰花はいばなきい子なら尚更ね」


「自称弟子、でしょ」


「しうのそういう細かいところもきい子さんに似てると思う」


 サクッとなにかが砕ける音がし、ほんのりとバターが香ると「食べる?」と小皿に乗ったクッキーをしうの前に差し出す。


「あ、話逸れちゃったけど。復習ね」


「はあ」


「しうはここ数日やたらと耳にする言葉ない?」


「えー、あー……ちょっと待ってください。思い出すから」


「頭を使うならもっとクッキー食べな」


 なおの勧めるがままクッキーを一枚頬張れば、なにか思い出したのか真っ直ぐに彼女の目を見つめる。


「八王子の……女子高生焼身自殺」


「八王子といえば牛頭ごずね」


「ごず?」


「地獄にいる獄卒、鬼」


「それが焼身自殺となにか?」


「さあ? けど、そんな鬼を祭る神社がある街で焼身自殺なんて、ね?」


「偶々じゃないですか?」


「偶々ねえ、でも考えてみなよ。そもそも自殺の原因は」


「いじめ」


「そう」


 一区切りつくように、もう一口、二口とコーヒー嗜む。二人のどちらかの吐息と秒針の進む音、そして遠くで聞こえるクラックションが心地の良いBGMのように耳に届く。


「いじめ、牛頭、自殺、霊」


「もしかして、なおさんは八王子の事件で死んだ子が祟り殺してるって考えてます?」


「まさか、そこまでぶっ飛んだ想像力はないよ」


「なーんだ」


「だけど、可能性としてはアリじゃない?」


「……霊ならまだしも鬼って、私の手には負えませんよ。それ相応のの専門家が適任でしょ」


「現実世界に比嘉琴子ひがことこはいないんだよ」


「わかってますよ」


「あれくらいなんでも祓えて視えるのは師匠くらい……いや、しうもか」


「冗談きついですって、それを言うならなおさんだって」


「いやいや、私は過去と未来、透かして視える万物と霊視だけ」


「チートじゃないですか」


「これを能力と呼ぶか人より第六感が鋭いと呼ぶかは」


「己次第」


「そう、まあ占家業には向いてるから良いんだけど」


 なにが良いんだと思いつつも口にすることはなく、先ほどなおが口にした牛頭の言葉が頭の中をぐるぐると回る。


「古書かスマホか、現地か」


「……人の考え読まないでくださいよ」


「読んでない、顔に出てるの」


「そうですか。……え、あー、スサノオと同一神なんだ」


「牛頭 とは」 とわかりやすい言葉でざっと検索しスマホを凝視していたしうがなにか気づいたように瞳を細める。


「……なおさん」


「ん?」


「確か自殺した子って五神ごかみって苗字でしたよね」


「だね」


「これ見てくださいよ」


 そう言いスマホの画面をなおに見せると彼女もしう同様に考え込むかのように瞳を細める。


「牛頭の当て字……五神」


「これはちょっと厄介になってきたかもね」


 繋がってはいけないものが一つ繋がったような気がし、しうにしては珍しく「気味が悪い」という感情が胸の内に生まれる。

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