6. 偽りの愛

「キーヨさん、いる?」


「ここは……」


 都心部の繁華街には似つかない大きく立派な神社にわあと物珍しさから、あいは忙しなく視線を動かす。


「花園神社……?」


「え、まさか知らんの?」


「……東京に出てきてまだ三ヶ月なんで。それに滅多に新宿には」


「あー、それはなるほど」


「ここなんだか安全な気がします」


「ほーん、わかるんだね」


 いつの間にか離れたしうの手の名残を感じながら、境内をあっちこっちと歩き回る様は小さな子供のようで静かに見守るしうは珍しく柔らかな笑みをこぼす。


「いると思ったんだけどなあ」


「誰が?」


 聞き慣れない声に藍がしうの方へ振り返ったのと同時に、男性の顔に彼女の長い足が直撃する。それが綺麗な形の回し蹴りとわかるには数秒かかった。


「しーちゃんひどい」


「手をわきわきさせて後ろから現れたら、そりゃ誰だって蹴り飛ばす」


「思考がゴリラじゃん」


「はあ?」


 顔を抑えながらシクシクと泣く真似をする男性としうの側に、状況が全く読めぬ藍が慌てて駆け寄る。


「しうさん!」


「正当防衛だし」


「そういう問題じゃないですよね?」


「そう?」


「そう……ですよね? えっと」


 心配しているのか意見を求めているのか、男性に助けを求めるよう視線を移す藍。捨てられた子犬のように縋る視線を投げる姿に男性が声を上げ笑い出す。


「キミめちゃくちゃ変だけど、いいねえ。僕、キヨ。よろしく」


 カタコトで自己紹介をするキヨに「生咲藍きさきあいです」と名乗れば、両手を捕まれブンブンと上下に振られる。


「男の子であいって珍しいねえ」


「ですよね」


「でさー、あいあいたちはなんで僕のこと探してたの?」


 パーマのかかった前髪が結え切れていないのか、夏の蒸し暑い風に染めた金髪が揺れる。マンバンヘアーがやけに様になるキヨを思わず藍は凝視してしまう。


「こいつが自殺者の霊の未練を晴らしたんだって」


 しうの親指が横にいる藍に向けば、ゲラゲラとキヨの笑い声が境内に広がる。@「笑いすぎてお腹痛い」と一頻り笑い続け、言葉通りお腹を抑えては目尻に涙を浮かべると、ヒヒっとまた笑い出す。


「ちなみにその自殺した霊ってあいあいの知り合い?」


「いや、全く。ほら、先週の事故のアレ引き起こした奴を助けたいんだって」


「ま?」


 ぶっと遠慮なしに吐き出すように笑うキヨに、段々と藍は居た堪れない気分に陥る。そんな藍の様子を知ってかしらずか、しうの「笑いすぎ」と注意をする声がかかる。


「しーちゃんさ、こんな面白い子どこで拾ってきたの? お客?」


「まさか、それこそ先週の現場で。たまたまね」


「ふーん、でも声をかけてくれたのがしーちゃんで良かったね」


「どういう意味ですか?」


「だあって、あいあいみたいに愉快な体質の人がそばにいたらいくらでも詐欺とかに使えるじゃん? 騙しやすそうだし、純粋に助けてくれたのはしーちゃんだからだよ」


 キヨの言葉が何度も頭の中を反復し、ようやく意味がわかってくればゾッと背筋に悪寒が走る。


「……東京って怖いですね」


「えー、全然怖くないよう」


「そういえば、俺の体質って言いましたっけ?」


 疑問が口をついて出れば、にやりと怪し気にキヨが微笑む。初めて声を出さず笑う姿にどうしてか藍は微かに恐怖を覚える。


「言わなくてもわかるよ〜、大体しーちゃんだって初見でわかってるのに。そだ! 純粋なあいあいにちょっと忠告、いい? 同じモノが視えて感じる僕らはなんとなく察せるの。同族だからかなあ? ただね、それをわかった上で利用する……さっきも言った悪ーい奴がいることを忘れないで」


「はい」


「いいこー。ああ! で、なにが聞きたんだっけ?」


「あの彷徨ってるやつについて」


「死んだ子って、あっこらへんのどこかのお店のエースだったみたいだね」


「へえ、ホストのことはてんでわかんないけど。本営? 本カノ?」


「ほんえーい」


「ふうん」


 まるで興味などないのか、ふああと欠伸をこぼすしうの腕を話しに全くついていけていない藍がくいくいと引っ張り、困った顔で彼女を見つめる。


「あー、えっとね。本営って言うのは、本命の彼女のように接した営業で本カノは言葉のまんま」


「……それって騙してるってことですか?」


「まあ見る人によってはそう思うんじゃない? あ、で? 他にヒントは」


「あーっとねえ、地元にいれなくなったいじめっこ。現代のSNSは怖いからねえ」


「なるほどね」


 眠たいのかまた大きな欠伸をこぼし、伸びをする。不思議に穏やかな時間が流れ、藍までもつられるよう一つ欠伸をこぼすとにやにやと微笑ましいと顔に書いてある二人の大人と目が合い、恥ずかしさに暑さと羞恥で頬が赤くなるのを感じる。


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