なみだ雨踊る街で
夕崎藤火
1. お金と蜜時
「…………嘘じゃん」
バタンッ──。
いま、笑顔で開いたばかりの扉を勢いよく閉める。
無いだろ、アレはヤバいって……。
自分の中の野生的防衛本能が思わず先に動いてしまったのは、プロとしてあまりよろしくないが、久々に出くわす大物を目の前にして「こんにちはー!」なんて言って入室できるわけがない。
「まゆりちゃん……だよね?」
閉められた扉が再び開くと、困ったように眉を下げる気弱そうな男性がおそるおそる声をかける。
「あっ、はい! ごめんなさい、ちょっと手が離れちゃって……ここの扉って凄い勢いで閉まるんですねえ! びっくりしちゃった、まゆりでえす。えっと……なんて呼んだらいいですかね?」
開かれてしまえば入るしかない。
意を決して、後ろ手に扉を閉め密室に入り込めば、男性がもごもごと「まさ」と呟く。
「まささんですね〜、驚かせちゃってごめんなさい。ああ、えっと……とりあえず、タイマーとお店に入室の連絡しちゃっていいですか?」
にこにこと屈託のない笑顔を浮かべれば、相手が良いよと言うように頷くとそそくさとスマホを取り出し、「お店」に電話をかけ、片手間にタイマーをセットする。
「これで準備おっけえ〜。改めて、まゆりです」
慣れた動きでソファーに腰掛けるまさの隣へと肩と肩がぶつかるほど密着し、座る。そして流れるようにするりと腕を絡めてしまえばあっと間に左手を重ね、またにこにこと絶やすことのない笑みを浮かべる。
「まささんの手って冷たいんですねえ」
「あ、ごめんね」
「ええ〜、なんで謝るんですう? これからあったかくなるし大丈夫大じょ……」
ぎゅっぎゅと握る手に特段反応を示さない様子に小首を傾げると、ちらりと視線を手元から顔へ移すと微かに汗が額に浮かぶ。
「んんー? もしかして具合が悪い……? え、お店に連絡しようか? プレイもきついでしょ? おうちでゆっくり休んだ方が」
「まゆりちゃんって視えるの?」
「はい?」
まゆりがはげ落ち、素の声が漏れる。
「いや、僕も何言ってんだって話なんだけど……さ」
「うーん、そうだねえ。仮にもしも視えたら、どうなるの?」
「え」
「まささんは今日ここに、悩み相談? しにきたわけじゃないよね? だったら、ええっと……まゆ、あんまり賢くないから言葉選べないけど、120分もあるんだし、まずはゆっくり一緒にお風呂に入りながらお話でもいいんじゃないかなあ?」
「で、でも」
「そんな目的できたんじゃないの?」
握っていた手が解け、白く細い指がスーツの内腿を撫でる。
「たーっぷり時間はあるんだから、まゆに任せて? ね?」
まだ何か言いたげの様子に、もう一度「ね?」と可愛らしく言ってみせれば、ちゅっと軽く頬にキスをする。
「私はまささんのお話を聞きたいし、いちゃいちゃもしたいから……」
何て言ってしまえば最早、結末は見えたも同然。
あれよあれよと自分のペースに乗せ、お風呂からベッドへ、サービスとばかりに二回イかせて……そして、きっと本来の彼の目的であったであろう霊を祓うことまでをふんだんに120分使い切り行う。
「じゃあ、またねえ」
バイバイとホテル前、姿が見えなくなるまで手を振り続け終えれば、ハアアと盛大なため息を吐く。
「フリーの120分は碌なことない」
信じられるのは諭吉だけ〜と鼻歌を歌いながら、新宿──歌舞伎町のホテル街をプレイバックをぶん回しながら歩く。
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